側仕えと聖女
丁寧なお辞儀で食事の間を出たエルは、人目がなくなった途端にわたしの腕を掴んで、そのまま無言でわたしの部屋へと歩き出した。
先程までのゆったりとした繊細な所作が嘘のように、大股でスタスタと進んで行く。
ー怒っている。
まずい、怒らせた心当たりがありすぎる。
「ちょっ、え、エル……!速いって……!」
エルは足が長いから良いけど、エルの早歩きはわたしからしたらダッシュだ。
というか律といいエルといい、怒ったら無言になるの怖いからやめて欲しい。
部屋に着くと、エルはバンッとドアを閉め、ガチャンッという施錠の音が耳を貫いた。
わたしはビクッと肩を揺らす。
「そ、そんな勢いよく閉めなくても……怖いよエル」
空気に耐えきれず、わたしが苦笑いで、「あはは……」と下手くそに笑うと、エルはとんでもない形相で睨んできた。
「そこに正座していただけますか、聖女様」
そう言って、エルはベッドの上を指さし、ようやくわたしの腕を解放してくれた。
抗う勇気もないし、朝食で聖女として相応しい振る舞いを出来ていなかった自覚もあったので、わたしはすごすごと指示に従う。
……でも一応、エルはわたしの側仕えだから、わたしって彼女の主なんだよな。
これじゃどっちが主なんだか……。
まぁ出会って数時間で忠誠心もクソもないか。
「聖女」っていうわけの分からない理由だけで謙ってくる他の人と比べたら、エルの方が有難いかもしれない。
「言いましたよね、私。聖女らしい振る舞いをするように、と。それに、王の前で私を呼称で呼んだり、裾をつかんだり……私が聖女様との距離感や立場をわきまえられていない側仕えのように見えるではないですか!私は今日まで完璧に過ごしてきて、完璧だったが故に今こうして聖女の側仕えという大役を任されているのです。貴方が不適切な行動をする度に、私の面も汚れるということをご理解いただきたい」
……エルがどう育ってきたのか、何故完璧にこだわるのか、聖女の側仕えに選ばれるという事がどのくらい名誉ある立場なのか、選ばれる基準はなんなのか……分からないことは沢山あるけど、ひとつだけわかったことがある。
エルは、聖女を特別だとも思っていないし、慕ってもいない。
彼女にとって、「聖女の側仕え」という立場は、出世の手段でしかないのだ。
「エル……さっきは聖女らしい振る舞いできなくてごめん。あと、ありがとう」
「は?なぜ今感謝するのですか?……というか、なぜ笑っているのです?」
エルに言われて、自分の頬が綻んでいることに気がついた。
怒られているのに笑うなんて、意図せず生意気な小学生みたいなことをしてしまった。
これ以上嫌われるのは勘弁なので、わたしは慌てて弁解する。
「いや!あの!貴族街に来て、自覚もないのに聖女って持ち上げられて、今まで受けたことのないような扱いされて、正直ここでやって行ける気がしてなかったの。けど、今エルが私の事特別に思ってないって分かって、なんかホッとしたって言うか……。だから、人前ではエルの立場もあるだろうからあくまで側仕えと聖女として接するように気をつけてるけど、こうやって2人のときは、エルとなら対等に気を使わずにお話できたりするのかなって思って。多分歳も同じ歳くらい……だよね?」
コミュ障による必死な早口に、エルは少し怪訝そうな表情を浮かべていたが、暫くの沈黙のあと、小さくため息をついて言った。
「はい、同い年です。国王様が、年齢が同じの者を側仕えに置いた方が聖女様もやりやすいだろうとおっしゃって配慮してくれたそうですので。……なんだか拍子抜けです。仮にも聖女で主に向かってあのような発言をしたのに、そんな返答がくるとは思いませんでした。聖女になって持ち上げられて調子に乗るタイプではないのだと知れて安心しました」
……やっぱこの子わたしのこと嫌いだよな絶対。
全部ちょっと嫌味こもってるんだよね発言に。
わたしが引きつった笑顔を向けると、エルはわたしの方に手を伸ばした。
「改めてよろしくお願い致します。……貴方が、きっと悪い人ではないだろうなというのは、伝わりました。正直忠誠心はありませんが、側仕えとしての役割は完璧に努めさせて頂きますので、ご安心下さい」
わたしは、エルに差し伸べられた手を握り返して、エルになんとも言えない微妙な笑顔を向けたのだった。
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