第三章「ノルドという男」(2)
ファリスが小さく、しかしはっきりと「ノルドさん……」と呟いた。声に微かな緊張が混じっていた。
その男性が立ち上がりこちらに向かって歩き出した。
「おや、これは砦のみなさんじゃないですか」にこやかな声だった。しかし近づいてくる足取りには、最初からこちらを見下ろすような雰囲気があった。
「いやあ、お揃いで食事ですかな。結構結構」テーブルの横に立って、四人を順番に見渡す。レンで視線が止まった。
「見ない顔ですね。新入りですかな」「はい」とレンが答えた。「レン・アシュバルといいます」
「アシュバル。下位貴族の?」ノルドが少し鼻を鳴らした。「まあ、魔導機管理――なんとかさんはそういう方が多いですね。
王都でやっていけない人たちの吹き溜まりとでも申しましょうか」ゆったりとした、嫌みのない顔つきで言った。だからこそ刺さる言い方だった。
「そういえば一番機の乗り手さんは早々にお帰りになったと聞きましたよ。その代わりですか?まあ田舎はきつい。耐えられない人もいる」ノルドが続ける。
「新しい乗り手さんは大丈夫ですかな。こんな辺境、何年いても出世もできなければ実績も得られない。若いうちに気づいた方が身のためではないですかね」
じっとりとした沈黙が四人の間に漂った。
バッハの顔が険しくなっていた。セナは視線を落としている。ファリスは表情こそ変えていないが、テーブルの上に置いた手が少し白くなっていた。
「それより」とノルドが声を上げた。食堂全体に響き渡るように言う「月に一度出動機会があるかないかが現状、それ以外の日はいったい何してるんですかね。
こちとら年間で何千万という税金を納めてますよ。鉱山ひとつを回してるんですから。
そのお金で食わせてもらっている公務員の身で、のうのうと飯を食べているとは、実に結構なご身分ですな」
周囲の客たちが苦笑いしながら視線を逸らした。
「この税金食らいの能無しどもが!」
最後は特に、低くはっきりとした声で言い放った。
レンが怒りに震え立ちかけたが肩に手が置かれた。振り返るとそこにはガルド隊長が立っていた。
いつからいたのか分からなかったがレンたちのテーブルの隣に自然に立っていた。口に細い薬草の茎のような物を加えて。
そしてノルドに向かってにこやかに微笑んだ。
「ノルドさん、これはこれはお久しぶりです」ノルドはガルド隊長とは面識があり少し苦手にしている節があった
「ガルド隊長……なにか文句でも?」そう言うと警戒しつつも事実を言ったと言う自負がありノルドは一歩も引かない
ガルド隊長が答えた。穏やかな、むしろ嬉しそうな声で。
「お元気そうで何よりです。このヴァルタは今年も鉱山のおかげで活気がありますねえ。ノルドさんのお陰でこの街の繁栄は成り立っています。
我々第七小隊もここで活動できているのも、つまるところノルドさんが納めてくださる税金のおかげでして。本当にありがたいことです」
ノルドが少し面食らった顔をした。罵倒に対し反論してくると思いきや、むしろ持ち上げてくるのは想定外だった。
「……ま、まあ、分かってるならいいですが」
「いやあ、よく分かっておりますとも」とガルド隊長が続けた。「この街もこの小隊も、皆ノルドさんのお陰でかろうじて成り立っているようなものですから。
ご立腹はごもっとも、ごもっとも。どうぞ今後ともご指導ご鞭撻のほどを」
ガルド隊長は頭まで下げた。
ノルドは興を削がれたのか「ふん」と鼻を鳴らして、自分の席に戻っていった。
そこで仲間たちにまた何か言いながら笑い始めたが、先ほどほどの勢いはなかった。
ガルド隊長がレンの肩を軽く叩いた。店を出ろ、という合図だった。
四人は無言で会計を済ませて、外に出た。
外に出ると、夜風が冷たかった。
少し歩いてから、レンが口を開いた。
「なんで黙ってたんですか」
ガルド隊長が歩きながら「我々は公務員であの人言ってたことは事実だからなあ」と言った。
「公務員だから……あんな言われ方をして、言い返せないんですか」
「言い返したら何か変わるか」
「……スッキリします」レンが憮然とした表情で言うとガルド隊長が少し笑った。「それはお前がだろ」
反論できなかった。
「あのくそデ――」とバッハが吐き捨てるように言いかけたが「バッハさん」とセナが小声で止めた。
「でもよく我慢しましたね」とセナが聞くと「後輩もいる場で自分だけが暴れるわけにはいかねえだろ」とバッハは答えた
「隊長」とファリスが声を掛ける。「ノルドと揉めると予算削減の口実に使われる可能性とかあったりするんですか?」
「……想像に任せるよ」と言うとガルド隊長は夜の街に消えていった
レンには納得できなかった。ただガルド隊長が「権力に媚びた」というわけではないことだけは、何となく感じた。あの微笑みの下に何かある。
何か遠くを見ている目をしていた。




