第三章「ノルドという男」(3)
砦へ戻る道中セナが歩きながら静かに口を開いた。「ノルド・ガーセンについて、少し」
全員がセナを見た。普段は自分から話を振ることが少ない男が、珍しく自分から話し出した。
「ノルドは皆さんご存知の通りあのルグナ鉱山のオーナーです」それは知っているという顔をレン以外はしている。
「先代から引き継いだ形で、今は単独で経営しています。年間の税収への貢献は数字の上では本物で、ヴァルタの魔力インフラも鉱山の収益から出ています」
「そこまでだったのか」とバッハが言った。「事実です。ただ……」とセナが少し間を置いた。
「ノルドさんは中位貴族の遠縁にあたります。それ故、中央では影響力を持てる家格ではないので、地方で鉱山経営を任されているんです。
本人はそれが気に入らないらしく、中央に出ることを長年目標にしていて、地方議会での発言力を積み上げながら、王都に伝手を少しずつ広げている」
「つまり」とファリスが「野心のある人間ってことね」
「地方の実力者という立場を最大限に使いながら、いずれ中央で顔が利く位置に上がりたい。そのために強引な手を使うことも辞さない。
ここ地元ヴァルタへの貢献は本物ですが、それが目的ではなく手段になっている。気を付けておいたほうがいい人物です」
一同がしばらく黙った。
「どこでそういうこと調べるんだ」とバッハが言った。
「数字は調べればわかりますが、人物像は見て分かることが多いです」とセナが答えた。「動き方と話し方を見れば、だいたいのことは」
「お前、そういう才能あるよな」とバッハが言った。感心したような、少し複雑そうな声だった。「才能というほどでは」
「いーやある。絶対あるね」バッハがセナの背中を叩きながら自信ありげに言うとセナが「……ありがとうございます」と小さく言った。
照れているのか困っているのか、よく分からない顔だった。
レンはセナの話を聞きながら、ノルドの顔を思い返していた。
食堂での立ち振る舞い、仲間への笑い方、こちらを見下す目。それが全部、計算されたものだとしたら、あの「税金食らいの能無しどもが」という言葉も、
単なる酔っ払いの暴言ではなく、何かを確かめるような意図があったのか。ただレンにはそんな計算高い男には見えなかった。
ガルド隊長のやり方は分かった。理屈も分かった。それでも腑に落ちないものが、まだ胸の中に残っていた。
バッハが「飯の続き、明日食いに行くからな」と言って宿舎の中に消えた。セナが「お疲れ様でした」と静かに会釈してバッハに続いた。
ファリスがレンの横を通り過ぎるときに、一言だけ言った。
「今日は嫌なこともあったけど、気分転換になってくれたら嬉しいです」
レンが答えようとするもファリスはもう中に入っていた。
その夜遅く、水を取りに廊下に出たレンは窓の外にある別棟のガルド隊長の書斎にまだ明かりがあるのに気が付いた。
カーテンが少しだけ空いていて覗くつもりはなかったが中が見える状態で足が止まった。
ガルド隊長が机の前に座って、書類を読んでいる。昼間と顔が違った。眠そうな目ではなく、真剣な目をしていた。
書類を読む手が静かで、速い。
何を読んでいるのか、遠くからでは分からない。
レンはガルド隊長という人をまだ掴みかねていた。
第三章 了




