第三章「ノルドという男」(1)
配属から二週間が経った。
レンは砦の裏庭でひとりしゃがみ、黙々と草をむしっていた。
朝から三時間、同じ姿勢だった。裏庭には小さな畑があり、隊員たちが交代で世話をしている。
今週はレンの当番で、草むしりが終わったら水やりをして、それが終わったら鶏小屋の掃除をする。昨日も一昨日も同じだった。
鶏が足元をうろついていた。人間を怖がらない鶏で、レンの膝に頭をぶつけてくる。
「……餌はまだだぞ」声に出して言うが、鶏は気にしなかった。
王立魔導機管理取締部第七小隊。アルデイン王国で唯一魔導鎧を有している小隊。そこの魔導鎧の乗り手。そういう肩書きで来たはずだった。
貴族学園では落ちこぼれとして何もできなかったが、ここなら―――と正直なところ少しだけ思っていた。
しかし現実はこれである。
訓練はあった。一番機の起動確認、ファリス指揮者との連携訓練、二番機との模擬戦。それは確かにあった。あったのである…
しかし模擬戦で完敗し膝を壊して、今は修理待ちで起動確認も止まっている。
その代わりに草をむしっている。
「……ひと花咲かせるって、なんだったんだ」
誰に言うわけでもなく呟いた。鶏が首を傾けた。
「お前に言ってない」鶏が去っていった。
「レンさん」
振り返ると、ファリスが砦の角から顔を出していた。
「なんですか」
「夕飯、街で食べましょうか」レンが草を一本むしりながら答えた。「……なんで急に」
「腐った顔して草むしりしてるからですよ」
レンが手を止めた。
「腐った顔なんかしてないです」
「してます」とファリスが言った。「二日前くらい前からずっとそういう顔してる」
返す言葉が見つからなかった。
「バッハさんとセナさんも誘います。たまに行く店があるので」
「隊長たちは」
「隊長は誘っても来ないし、副隊長は書類仕事、オーグさんたちと運搬車の人たちは一緒に整備があるから時間が取れないらしいです。」
ファリスは聞かれるであろう事柄をあらかじめ用意してきたように淀みなく話す「じゃあ夕方五時、正門前です」
鶏が戻ってきてレンの膝をつつく
「……飯だな、分かったよ」
夕方、正門前に四人が集まった。勤務外なので四人とも私服だった。
レンとセナは動きやすそうな地味なシャツとズボン。バッハはいつものタンクトップにキッチリとしたズボン姿で筋肉がより一層わかる服装だった。
ファリスは名家のお嬢様を思わせるような上品なワンピース姿だった。
バッハが「すげー服だな」と素直に言うと「実家がこんな服しか送ってきてくれないんです!好きで着てるわけじゃないですよ」と照れながら怒った。
街には歩いて向かう。
「久しぶりの街での飯だな」とバッハは上機嫌。セナは「僕はスープにします」と店に入る前から注文を決めていた。
「もう決めてるんですか」とレンが聞いた。
「あのお店、もう数回行ったことがあってスープが美味しかったんですよ」とセナが答えた。
「私もたまに行きます」とファリスが歩きながら言った。「バッハさんは?」
「私も二、三回だな。量が多くて良いんだよな、あの店。レンは初めてか?」
「はい、あまり外出する機会もなかったので」
「じゃあ肉の煮込みを頼め。量があるぞ、ハハハ」豪快な笑い事と共にバッハが言う
「バッハさんは量の話しかしないんですか」とセナが呆れて言った。
「飯は量だろ」「味ですよ」「あそこは味も良いからな、それに加えて量もだろ。だからお前はこんなに細いんだよ」とバッハがセナを持ち上げる
「やめて下さいバッハさん」「もっと筋肉付けろよアハハハ!」豪快な笑い声が人気のない夜空に吸い込まれていく。
こういうやりとりをしながら、四人はヴァルタの街へ入った。
夕暮れ時の街は昼間より人は少ないが、それでも賑やかだった。仕事終わりの人たちが通りを歩き、食堂の窓から料理の匂いが漏れている。
目的の食堂は通りに面した木造の建物で、入口の脇に小さな看板が出ていた。看板には店名らしき文字があったが、かなり薄れていて読めなかった。
四人が入ると、夕飯時の混雑もありテーブルのほとんどが埋まっていた。カウンターの奥で中年の女性が「いらっしゃい」と言った。
ファリスに気づいて「あら、砦さんとこの、お久しぶりね」と笑顔になった。「奥の方ならテーブル席空いてるよ」
「じゃあ肉の煮込みを大盛りで」とバッハが席に着きながら即注文した。
「毎回同じ注文ねえ」と女性が笑いながら注文を取るとレンの方を見た。「今日は新しい人も来たね。砦さんとこの人?」
「先日配属になりました、レン・アシュバルといいます」
「レンちゃんか。ガルド隊長のとこの新入りさんね。ゆっくりしていって。」と各々の注文を取り終え席から離れていく。
料理が来て、四人で食べ始めた。
四人共通の話題は隊の話しかなく自然とそういう話になる。
「そういえば自分の前の一番機の乗り手はどうなったんです?」レンが誰に答えてほしいとも決めずに話す。
「逃げたのよ」ファリスが関心無さげに事実だけを言う「砦に来て二週間くらいで荷物まとめて王都に逃げたのよ」
「まあヴァルタは不便ですからね」セナが苦笑しながら言う。
レンは少し黙った。
前の乗り手が逃げた。だから一番機が空席になっていた。そういうことか。
「気にするな」とバッハが言った。「あの人はそもそも向いてなかったんだよ。訓練中も文句ばかりで、街が地味だとか飯が質素だとか」
「バッハさん、悪口はほどほどに」とセナが小声で言った。
「事実を言ってるだけだ」
「まあ―――」とファリスがコップの水を飲み干してから言った。
「逃げた理由は人それぞれだから。ただ一番機が空いた。キミが来た。それだけのことでしょ」
【それだけのことでしょ】という言い方が、妙にすっきりしていた。
レンは「そうですね」と答えるしかなかった。
肉の煮込みは確かに量があった。バッハが「どうだ」と言いたげにこちらを見たので「美味いです」と答えると満足そうにした。
セナがスープを静かに飲んでいる。
「セナさんって、スープ以外は頼まないんですか」とレンが聞いた。
「僕はスープだけで十分なので」「足りるんですか」「足ります」「本当ですか?」「……パンも頼みます」とセナ指揮者が小声で言った。
「最初からそう言えばいいだろ」とバッハが呆れたように言った。「一気に頼むと残した時にお店に悪いでしょ」
「残すんなら私が食べてやるから心配するな」
「バッハさんが先に大盛りを頼むので、もしもバッハさんが自分の分だけでお腹いっぱいなったら、僕が残しても食べられないじゃないですか。
それじゃ困るので様子を見てから頼むつもりだったんですよ。数手先まで読むのが指揮者ですから」
セナとバッハの互いに信頼してるようなやり取り見てファリスが言った「私達も頑張らないとね」
レンはまだ自信がないのか口には出さず頷くだけだったが気がつくと草むしりをしていたときの重たい気持ちが少し薄れていた。
食事が半ば過ぎたころ、奥の座席から大きな笑い声が聞こえてきた。
四人がけのテーブルを二つ並べて、男性たちが飲んでいる。全部で六、七人。中心に座っているのは、四十代後半くらいの恰幅の良い男だった。
金の指輪が光っている。着ているものが良い。地方の有力者という空気を纏っていた。
その男が、ふと視線をこちらに向けた。
そしてこちらにに気づく。




