第二章「ヴァルタの日常」(3)
二日後の昼前、整備士のリアーノと指揮者のファリスとレンの三人でヴァルタの街に出た。
ファリスが付いてきたのはリアーノに「部品屋の場所、分かる?」と聞いたら「だいたい」と答えたからで、
その「だいたい」という言葉に一抹の不安を感じたため三人でいくことになった。
三人とも小隊の制服姿だった。アイナ副隊長に外出でも勤務時間中は制服着用ですよと強く言われたからだ。
リアーノは着慣れない制服姿で「これ着慣れないからなんか恥ずかしい」
街に入ると、通りを歩いていた中年の女性がファリスとリアーノの顔を見て「あら、今日はお二人で?」と言った。
「部品の買い出しです」とリアーノが答えた。
「今日は男の子も一緒かい? デートじゃないのかい?」と女性がレンを見てにやっとした。
「違います」とリアーノが即答した。ファリスは「荷物持ちです」と涼しい顔で言った。
レンは「荷物持ちです」と言われたことが少し引っかかったが、特に反論する理由もなかった。
市場の入口のところで、野菜を売っていた老人がファリスを見て「嬢ちゃん、今日は誰を連れてきたんだい?」と声をかけた。
「一番機の新しい乗り手です。レン・アシュバルさんといいます」
「ほう、レンちゃんか。よろしくな」
レンちゃん、と呼ばれたのは初めてだった。王都では、下位貴族であっても平民にそういう呼ばれ方はされない。
「よろしくお願いします」とレンが言うと、老人が「礼儀正しいじゃないか。ガルドちゃんのとこの部隊は皆ちゃんとしてるのね」
と言って畑でとれたばかりらしい大根を一本おまけに持たせてくれた。
ファリスが「ありがとうございます」と受け取って、レンに渡した。荷物持ちということだった。
オーグ整備主任の言う部品屋は市場から少し外れた通りにあった。
木と石を組み合わせた小さな店で、ショーケースに魔道具の部品が並んでいる。店に入ると店主――五十代の男で、眼鏡をかけている――がリアーノを見て
「おう嬢ちゃん、こっちに来るのは初めてなのによく迷わなかったな」と顔をほころばせた。
「今日は特別な部品で」とリアーノが手帳を取り出した。「これ、全部揃いますか」
店主が手帳を見て、うーんと唸った。「継ぎ目の補強材はあるよ。でもこの魔力回路の素材は……今は置いてない。取り寄せになるな、二週間くらい」
「急ぎなんですが」
「急ぎでも二週間は二週間だよ。ただ……」店主が少し考えた。「昨日からだったか、王都から来た魔道具の行商人がヴァルタに泊まってるらしい。
そっちに聞いてみたら早いかもしれない。繁華街の市場の端の方にいるはずだ」
「ありがとうございます、ならそこをあたってみます」とリアーノが言って、店を出た。
その足で街へ戻り、小さいながら活気のある繁華街に差し掛かった。野菜、魚、布、農具、魔道具の雑貨。
王都の市場とは比べものにならない規模だが、物が安い。
客と店主が値段を交渉していて、子供が走り回っていて、犬が昼寝している。
レンが知っている「街」は貴族街の整然とした石畳だった。こういう、生活の匂いがする場所は知らなかった。
「いい街ですね」レンは誰に言うわけでもなく呟いた
市場の端に行商人の荷車が止まっていた。
幌付きの大きな荷車で横腹に魔道具部品の絵が描いてある。御者台に座っていた四十代の男が三人に気づいて「何かお探しで?」と声をかけてきた。
王都なまりがあるベテランの行商人と言った風体だ。
リアーノが手帳を開き「これと、これ。あと魔力回路の補強素材ある?」
男が手帳を見て、荷台の奥をごそごそと探した。しばらくして「全部あるよ」と言った。
だが値段が部品屋で言われた倍近い。リアーノは値段を聞いた瞬間に少し顔をしかめたが、すぐに元に戻った。「買います」
「リアーノ、でも値段が―――」とレンが言いかけたが「買います」とリアーノがもう一度言う。その間、レンの方を見ることはなかった。
行商人が部品を袋に入れている間、ファリスがリアーノの隣に並び「流通経路、確認しないの?」と小声で聞いた。
「どうせちゃんとした答えは返ってこないよ」リアーノ整備士が静かに言った。「行商人なんてそんなもの。師匠に怒られるのは分かってる。でも」
少し間を置いてリアーノは続ける「早く乗せられるようにしてあげたいから」
レンはリアーノが自分のために危険を犯そうとしていると思い「いや自分のためにそこまで…」
「じゃないと一番機が可哀想だから……」レンは自分のためだと思い込んでいたのを恥ずかしく思い、続きを口にしなかった
「模擬戦のあとに魔力の特性に合わせて調整するつもりだったし、全力でも壊れない自信はあった、でもあの子に苦しい思いさせちゃった」
「だからいち早く直してあげたいの!」ファリスが何か言いかけたがリアーノの決心を見てやめた。
レンは気まずそうに少し後ろに立ったまま、リアーノの小さくも大きな背中を見ていた。
行商人が「はい、揃いました」と袋を渡した。リアーノが財布を出す。レンが「予算足りない分、自分払います」と言うとリアーノが手で制する
「機体のために買う部品は整備班の仕事。乗り手に出してもらうもんじゃない」
買い出しも終え市場を後にする3人。荷物はほとんどレンが持っている
お目当ての品が変えて満足そうなリアーノにファリスが話しかける「師匠そっくりだね」「に、似てませんから!!」
リアーノの声が街に響いた。
「ファリスやリアーノはこの街、長いのか?」と両手に荷物を持ったレンが聞いた。
「まだ一年ですよ。部隊が来てからですし、ガルド隊長も他のみんなもそうだと思いますよ」とファリスが答える
「隊長って、街の人と仲いいんですか?」と立て続けにレンが聞くと「あの人は珍しく街の人の話をよく聞くよね。大人も子供関係なくね。」リアーノが答える
話を聞く、という言い方が少し引っかかった。偉い人が平民の話を聞くのは特別なことなのか、レンにはよく分からなかった。
パン屋の前を通りかかったとき、店先に立っていた老婆がレンを見た。白髪で丸い顔、小麦粉で白くなった前掛けをしている。
「あんた、新入りかい」
「はい」「そうかい」と老婆はパンを袋に入れながら言った。「ガルド隊長によろしく言っといてくれ。マーダっていえば分かるから」
「伝えます」そういって袋を受け取るとレンは前が見えないほど荷物で抱えることになってしまった。それを見たリアーノが連れてきて正解だったと微笑んだ
王都では、貴族は街の一部ではなかった。街の上、街を管理する側だった。
こういう、顔の見える距離での繋がりがあるとは、レンは想像したことがなかった。
帰り道、リアーノが「これで一番機も直せるし、美味しいパンも食べられる」と言って少し嬉しそうにした。
「直ったら、また乗っていいですか」とレンが聞いた。
「当たり前でしょ。乗り手がいないと意味ないんだから、機体は」
それが許可なのか文句なのか分からない言い方だったが、レンは「ありがとう」と言った。
リアーノがそっぽを向いた。「礼はいいよ。大事に乗ってくれれば」
ファリスは微笑んでふたりのやり取りを見ていた。




