第七章「静かに動く男」(3)
数日後の夕方、セナが王都から戻ってきた。
旅の埃がついたままの服で、荷物を抱えているが自室には戻らずそのまま隊長室に向かった。ガルド隊長への報告が先だと分かっていたからだ。
四十分ほどして、セナが隊長室から出てきた。
廊下で待っていたレンがセナに話しかける。
「お帰りなさい」
「……待っていたんですか?」
「ただの出張ではないんですよね」
「僕の部屋でいいですか」
セナの部屋に入ったのは初めてだった。
質素な部屋だったが机の上に書類の山が積まれていて、壁に地図が貼ってある。地図には赤い印がいくつかついていた。
それだけを見ても、セナが普段から相当な量の情報を整理していることが伝わってきた。
「王都で何を確認してきたんですか」とレンが座りながらいきなり核心を突いた質問をする。
「まあそんなに急がないで下さい」と汚れた服を着替えながら答える
「主にはゼノス商会の取引記録です。公式記録として閲覧できる部分と深層部分をね」
着替え終えてセナはそう言うとレンに飲み物を出し使い慣れた椅子に座りながら王都で集めた資料を机に広げる
「その取引記録では単品ではただの魔道具の取引、ですが全体で見ると魔導鎧の部品となるものが動いています。
受け取り先として、バラバラで複数の人名が出てきてますがおそらくはダミーでしょう」
「その取引先というのは?」
「解放同盟と繋がっています」
レンは少し止まった。「解放同盟?」
「知ってますか?」
「名前だけでどういう組織か、詳しくは知りません」
セナが手帳を開いた。
「簡単に言えば今の貴族制度に不満を持つ者たちの集まりです。平民の中の高魔力者、あるいは魔法が使えない下位貴族が中心。
主な主張は、貴族が独占している魔力インフラ、魔力出力技術の解放です」
レンは黙って聞いている
「あなたと似た境遇の人間が多い、ということになりますね」
「彼らは今まで武力に訴えて主張を通そうする、なんてことはしてこない紳士的な組織でした」とセナが続けた。レンが「でした?」と疑問を投げかける
「ただ―――彼らが魔導鎧が手に入れば話が変わる。今まで武力を持たなかった集団が、武力を持つことになる」
「ゼノス商会が彼らに機体を売っている可能性があると」レンは神妙な表情で呟く
「可能性はあります。が、まだ完全な証拠は入手出来てないんですよ。巧妙にいくつもの迂回ルートを使ってる形跡はあるんですがね」
セナは頭を掻きながら証拠を掴めないことに苛立ちを覚えていた
「セナさん、王都第三区の暴走事件って知ってますか」
セナの頭を掻く手が止まった。
「この前、隊長室で書類整理を手伝ったときに、棚の奥にファイルがあったんです。
でも鍵がかかっていて中身は確認できなかったんです。そのファイルに王都第三区魔導鎧暴走事件・調査記録とあったので気になって」
セナが少し間を置き話し出す。「約五年前ですね。僕もまだ新米だったのでそこまで詳しくないですが魔導鎧の暴走事件と表向きはなってますね」
「自分は学生でしたし報道された部分しか知りません」
「キミは今回の事件とその五年前の事件がなにかしら繋がっていると思うのですか?」セナは少し強い口調になっていた。
「いや少し気になっただけで今回の事件となにか関係があるとかは―――」慌てたようにレンは訂正する。
「……僕は全部を知っているわけじゃない。レンさんも自分で動いて確認してみてください」
「動くといっても伝手も方法もないですし」
「僕だって全て真実をキミに伝えてるとは限りませんからね」
「それはどういう―――」と聞き返したかったがあくびを繰り返すセナの姿を見て疲れているようだと察しレンは自然と部屋を出た。
翌朝のミーティングはいつもより緊張感があった。
ガルド隊長、アイナ副隊長、レン、ファリス、バッハ、セナ、魔導運搬車担当のカインとドルク、珍しく整備班のオーグとリアーノもいる。
「セナが王都から戻ったので、情報の共有をしたい」とガルド隊長がいつもとは少し違う落ち着いた口調で話し出す。
ファリスが少し表情を引き締めた。自分が呼ばれた意味を、おそらく分かっていた。
「俺達にも関係ある話なのかね」とオーグ整備主任が尋ねた。
「問題ありません。これは第七小隊全員に関わる話だからね」
セナの報告は短くなかった。
ゼノス商会が三層構造を持っていること。表向きは合法的な魔力石流通商会。中層は粗悪石の流通。深層に魔導鎧の部品・技術の違法売買。
深層の顧客に「解放同盟」に関係があると思われる名前が複数出てくること。
そこから三十分ほど、王都で掴んできた情報を一つひとつ丁寧に報告した
「最後にこれは噂程度で報告すべきか迷ったにですが」セナが躊躇しガルド隊長の方に目をやると小さく頷いた。
「ゼノス商会が国外の勢力と繋がっている可能性があるとの噂です。どこの国かまでは確定できていませんが」
「ルオン連合王国の可能性がある」とガルド隊長が静かに言った。
テーブルが少し静かになった。
「なんでルオンが!?」最初に声を上げたのは意外にもバッハだった。
「ルオンって海の向こうの国でしたっけ?地理の勉強は全くしてこなくって」リアーノがエヘヘを照れ笑いを浮かべながら言う。
アイナ副隊長が「じゃあ少し地理の勉強をおさらいしましょうか」と言って、奥からボードを引っ張り出してきた。
「ご存知通り我がアルデイン王国は島国です。周囲を海に囲まれていて、大陸とは距離がある。そして外交的には、三つの大きな勢力に囲まれています」
アイナ副隊長がボードに簡単な地図を描く。中心に島を、そして三方向に矢印を伸ばす。
「北西にガルディア帝国。ここは世界最大の軍事・経済を持つ大国です。魔法技術の軍事転用に積極的で、我がアルデインに対しては友好的ですが、
その軍事的、経済的立場を利用して我が国に常に経済的圧力を掛けてきています。
北東にはルオン連合王国。魔法研究の宗主国を自称し各国へ軍事的圧力を常に掛けています、我がアルデイン王国とは複雑な歴史的因縁があります。
そして南の海を挟んだ先に、ソルダナ諸国連合。小国が乱立していて、どちらの大国にも属さず各国が独自に外交バランスを保っています」
「その中でも議題に出たルオン連合王国はアルデインとは最も近い位置にあり非公式情報ですが密入国者が多数いるとされています」
ガルド隊長が補足するように続ける「あのルグナ鉱山の奥の森林地帯を抜けた先の海はルオンに近い。
ルオンとしては鉱山を手に入れられたら現地で魔力の補充出来るようになってなにかと便利だよね」
話を聞いた小隊メンバーに緊張が走る
「それって侵略戦―――」とレンが口にしようとするとガルド隊長が止めるように「滅多なことは口にしない方がいいよ」と笑みを浮かべる
「もし解放同盟がルオンの支援を受けてこの国アルデインの政権を奪い取れば―――」とアイナ副隊長が続ける。
「親ルオン政権になる可能性がある。そうなればガルディア帝国にとっても無視できない話になる」
レンはしばらく黙っていた。
ノルドの逮捕から始まった話が、いつの間にかここまで大きな絵になっている。
「テン商会がその位置を押さえた」とアイナ副隊長が静かに言った。
テーブルが少し静かになった。
ファリスが「私の実家が何かを知っていてこのような動きをしたということですか」と言った。声は落ち着いていた。
「純粋に事業として良い物件だったという可能性もある。ただ、タイミングが重なっていることは事実です」とアイナ副隊長が言った。
「タイミングが重なることと、関与していることは別です!」とファリスが言った。
静まり返ったところでガルド隊長が言った。柔らかい声だった。「今の段階で決めつけることは何もない。ただ知っておく必要はある」
ファリスが少し間を置いて、頷いた。「わかりました」
ミーティングが終わった後、レンはガルド隊長に話し掛けた
「解放同盟はいつ動くと思いますか」「それが分かれば苦労しませんよ」
ガルド隊長は廊下の窓から外を見た。
「我々がここに配属されたのも……まあ、いずれ分かることだ」
その夜、レンは食後に一人で砦の外に出た。
空が夕暮れ時で赤く燃え上がっているようだった、遠くにルグナ鉱山の煙突が見える。今は煙が出ている。テン商会が再稼働させたのだ。
少し離れた所で同じようにファリスも鉱山の煙突を見上げていた。ファリスは煙突を見上げたまま動かなかった。
その横顔に何かを言える言葉が、レンにはなかった。
あのミーティングの日からガルド隊長はちょこちょこと姿を消すことが多くなった。
短い時は数時間。格納庫にも隊長室にもいないと思ったら、夕方に何事もなかった顔で戻ってくる。長い時は三日間。
「少し出かけてきます」とアイナ副隊長に告げて、行き先も言わずに馬で出ていく。
留守の間の指揮はアイナ副隊長が任されていてその都度きっちりと対応していた。
文句は言わないが、隊長が帰ってくるたびに「どこに行っていたんですか」と聞いた。ガルド隊長は毎回「色々と」とだけ答えた。
レンにはガルド隊長が何をしているのか、この時点ではまだ分からなかった。
ただ一つだけ確かなことがあった。
ガルド隊長は動き出した。証拠を積み上げながら、同時に何かを始めている。その全体像が見えるのは、もう少し先のことだった。
第七章 了




