第六章「鉱山のあと、交差する思惑」(3)
その夜、レンは珍しく隊長室に呼ばれた。
ガルド隊長がレンを単独で呼ぶことは少ない。
「何ですか」とレンが入ると、部屋には書類が散乱していて、ガルド隊長は机の上の書類を整理していた。
「書類を整理するのを手伝ってほしい。床にあるのを拾ってまとめて棚に入れるだけでいいから」
頼まれた理由がよく分からなかったが、レンは手伝い始めた。出動記録、機体の消耗状況、街道の安全確認報告。どれも日常の記録だった。
「日付順で構わないですか」
「そうしてくれ」
黙って作業をしていると、書類の端に鉛筆で薄く記号が書いてあることに気づいた。数字と文字を組み合わせた短い記号で、書類によって違う。
後から書き加えたものだ。
「この端の記号は何ですか」
「それは気にしなくていい」
「でも―――」
「気にしなくていいよ」
今度は少し、はっきりした声だった。レンは黙って作業を続けた。
しかし整理しながら記号を追っていると、何となく分かってくることがあった。同じ記号がついた書類は、時期も種類もバラバラなのに、何か共通点がある。
うまく言葉にできないが、繋がっている。
そこに、扉をノックする音がした。
「どうぞ」とガルド隊長が言った。
アイナ副隊長が入ってきた。書類を脇に抱えている。レンを見て、少し表情が変わった。目線だけで、何かを言っていた。
ガルド隊長がレンを見た。
「ありがとう、あとは大丈夫だ」
声は穏やかだった。しかしその声と、アイナ副隊長の目線と、部屋の空気が合わさって、レンには出ていく場面だと分かった。
「失礼します」とレンは扉を閉め廊下に出た。
部屋に戻ろうとしたが足が止まる。何か聞こえないかと期待したのは事実。しかし二人がわざわざ自分を部屋から出したのだ。聞くべきじゃない。
だが思いに反して足が動かない。話は聞こえないがかろうじて単語だけが聞き取れる。真剣な話をしているようだった。
その時、廊下の奥から足音がした。ファリスだった。レンを見て、少し目を細めた。
「何してるのですか」
「……いや」
ファリスがレンと隊長室の扉を交互に見た。少し間があった。
「立ち聞きは趣味が悪いですよ」
「してないです」
「してそうな立ち方をしてますよ」
反論できなかった。
ファリスが「行きますよ」と言って廊下を歩き始めた。レンは仕方なく、付いていった。
角を曲がりながら、レンは一度だけ振り返った。隊長室の扉が見えた。
ゼノス商会とテン魔道具商会という言葉が、扉の向こうから聞こえた気がした。聞こえた気がしたというだけで確かではない。
ファリスが「何か聞こたんですか?」と聞いた。
「……いや、何も」
「そう」
ファリスが前を向いた。それ以上は何も言わなかった。
ファリスとふたりで廊下を歩きながら、レンは少し考えた。
ゼノス商会。それはノルドの事件で名前が出た粗悪石の仕入れ先。しかもガルド隊長が気にかけているらしい商会。
アイナ副隊長と、その話をしている?
ガルド隊長は継続してゼノス商会のことを調べている?
「ファリスさん」
「何?」
「ゼノス商会って知ってますか」
ファリスが少し間を置いた。
「この前の事件の時のでしょ。なんでまた?」
「ちょっと気になりまして」
「……そう」
廊下の先で、ファリスが自室の扉を開けた。振り返って、一言だけ言った。
「気になるなら自分で調べてはどうですか。ではおやすみなさい」
扉が閉まった。
レンは廊下に一人で立っていた。
ゼノス商会。テン商会のルグナ鉱山の買収。ガルド隊長が積み上げている何か。
どこかで繋がっている気がした。しかしどう繋がっているのか、まだ見えない。
翌朝、セナが早くに食堂に来ていた。
レンが席に着くと、セナが小声で近づいてきた。
「テン商会の件ですが、今朝中央に勤める同期から新しい情報が届きました」
「中央の同期ってそんなことしてるんですか?」「情報の売り買いはこの世界で生き延びるための僕なりの武装だからね」セナが珍しく少しだけ口の端を上げた。
「そんな大事な情報をなぜ教えてくれるんですか?」
セナは少し考えてから「しいて言えばバッハさんはあの通り脳筋だし、他の隊員はちょっと色々ありそうだし、
キミだけが純真無垢で、この情報をどう活かすかとか興味があるからですかね」といつもは見せない少し楽しそうな表情をするセナ。
レンは若干引きつつも「教えてください」と小さく頭を下げた
「テン商会の買収の交渉が始まった時期、暴走事件の一ヶ月前というのは確認できました。ただそれだけなら『いい買い物をしようとしていた』で説明できます。
ところが——」セナが手帳を見た。「交渉の相手方として動いていたのが、ノルドではなく現場監督のテオです。
そのテオが、テン商会の代理人と連絡を取っていた記録があります」
「テオが?」
「はい。ノルドを通さずに動いていた。つまり―――」セナがクイズでも出すかのように問いかけてくる
「テオはノルドが経営できなくなることを前から想定していた」
「その可能性があります」
レンはしばらく黙り頭を巡らす。
「ファリスの実家の誰かと、テオが繋がっていた」
「現時点でそう読める情報はあります。ただし―――」セナが顔を上げた。「ファリスさんが直接関与していたかどうかはまだ確定情報は出ていません」
「当たり前です!」レンは立ち上がりながら少し大きな声が出てしまう
昨日の厩舎でのファリスとのやりとりを思い出し、信じたいが最後まで信じきれずにいる自分に腹が立っていた
その日の午後、レンはファリスを探し見つけた。砦の中庭で、馬に水を与えていた。
「少し話せますか」
ファリスが振り返って、レンを見た。何かを察したのか無言でまた馬の方を向いた。
「昨日の話ですが、ルグナ鉱山を買ったのはテン商会だと分かりました」
「ファリスさんの実家がテン商会ですよね」
ファリスが馬に水を与える手を止めた。今度は止まったままだった。
「そうよ。」
「知ってたんですか」
「動くかもしれないとは思ってた」
「いつから」
「……ノルドが逮捕される前から」
レンは頭を抱え次の言葉を探した。
「ルグナ鉱山の現場監督だったテオが事件前からテン商会と連絡を取っていたことも?」
ファリスの背中が一瞬ビクッとしたのをレンは見逃さなかった。
「どこで聞いたの、それ」
「情報元は言えないが確かな情報です……」
「……」ファリスが馬から手を離しレンの方へ振り返る。
「実家のやることを私にいちいち確認できると思ってるんですか」
「確認じゃない。知っていたかどうかを聞いてるんです」
少しの間沈黙するふたり。そしてファリスの方が先に口を動かす。
「知っていたこと、指示していたこと、黙認していたことは似てるようで全部別のことなのよ」
ファリスが静かに言った。怒っているわけではない。ただ、区別することを求めていた。
「じゃあファリスさんはなにをしたんですか?」少し強い語気でレンが言う
「私は第七小隊の魔導鎧一番機の―――レン・アシュバルの指揮者よ。やることはそれ以上でも以下でもないわ」
それだけ言って、ファリスは馬を厩舎に連れていった。
ファリスの姿が見えなくなっても、レンはしばらく中庭に立っていた。
ファリスは知っていたということを否定することはなかった。
夜になって、レンはセナに今日の話を伝えた。
「そうですか」とセナが答えた。「ファリスさんが知っていたとしても、それだけでは何も変わりません」
「変わらないですか」
「彼女が第七小隊のために動いている事実は、今日の会話では否定されてはいないでしょう」
レンは少し考えた。「そうですね」
「ただ」とセナが続けた。「一つだけ引っかかっていることがあります」
「何ですか」
「テオが暴走事件の前からテン商会と連絡を取っていた―――ということは、誰かが鉱山が経営者を失うことを事前に想定していたということです。
つまりノルドの違法行為をテン商会が事前に知っていた可能性がある」
「テン商会が知っていた?ならなぜ通報をしなかったんですか」
「分かりません。ただ―――」セナが手帳を閉じた。「ここからは事実ではなく推測です」
「ゼノス商会が粗悪石をノルドに売っていた。テン商会はノルドの後を狙って動いていた。ゼノス商会とテン商会の間に何か繋がりがあるとしたら―――」
「どちらもノルドを利用していたことになる」
「そういう読み方もできます」
レンはしばらく黙った。
「セナさん」
「なんですか」
「これ、隊長には話しましたか」
「テン商会とテオの繋がりは、今朝報告しました」とセナが答えた。「隊長は『分かった』とだけ言っていました」
「それだけですか」
「それだけでした」
レンは天井を見た。
ガルド隊長が驚いていないということは、あらかじめ想定の範囲内だった可能性がある。
情報や証拠を淡々と積んでいる。その積み上げの中にゼノス商会、テン商会の名前はもうあったのかもしれない。
レンにはまだ、その全体が見えていなかった。
第六章 了




