第六章「鉱山のあと、交差する思惑」(2)
夕食後、食堂で隊長が酒を飲んでいるところに、三人が揃って近づきバッハが「隊長、ちょっといいですか」と言い、セナの調査をざっくりと話した。
ガルド隊長はコップを傾けながら何も言わずに聞いていた。
そして「ほうほう」と言うだけだった。
「……それだけですか」とバッハが不審がる言った。
「他に何を言えばいいのかな」
「調査するとか、警戒するとか」
「セナが調べてるんでしょ。それで十分じゃないか」とガルド隊長がつまみの枝豆を口に放り込む。
レンが「ですがセナさんの集めてきた情報は充分証拠に―――」
「うちが動いたら、動いたって出動記録が残るからね」
「記録が残ると困るんですか」とレンが疑問を口にする
「困る人間がいるかもしれない。」
バッハが「回りくどい!」と言った。
「そうかな」とガルド隊長が笑った。「セナ、情報は集めは続けてください。あと目撃情報が出たから消えたって読みは正しいと思いますよ」
「隊長はこの謎の幽霊について、もう少し情報をお持ちでは」とセナが静かに聞いた。
ガルド隊長が少しだけ目を細めた。
「恥ずかしがり屋さんだと思いますよ」とガルド隊長は笑いながら食器を洗い場へ持っていき食堂を出ていく。その去り際に
「今はまだ動ける段階じゃないからね」と手をフリフリしながら出ていった。
「なんだよあの態度!こっちは真面目に心配してるのに!」バッハは怒りとも呆れとも取れる表情でテーブルを叩く
セナは自室の戻りレンはバッハが落ち着くように水を取りに行った。
隊長室でアイナ副隊長が「隊長、例の幽霊の件について報告書は―――」と言いかけた。
「しなくていいよ。あくまで街の噂に過ぎないんだからさ。今の段階で上に上げると、調査名目で余計な人間が来ちゃうかもだし」とガルド隊長が言った。
「書き方は任せます、アイナさん上手いから」
アイナ副隊長が「……分かりました」と書類にメモを取った。
翌週、ヴァルタにまた噂が流れた。
今度はルグナ鉱山の経営権が王都の商会に格安で買い取られた、という話だった。
レンがその話を聞いたのは、市場での買い出しのときだった。野菜売りの老人が「王都の金持ちが来てな、測量士みたいな人間が先週から出入りしてたのよ」
と言っていた。
「商会の名前は分かりますか」とレンが聞いた。
「そこまでは。ただ―――」老人が声を少し落とした。「ヴァルタの連中は誰も文句も言えないよ。
鉱山が止まったままじゃ街が干上がっちまう。動かしてくれるなら誰でもいい。それが王都の人間でもな」
ヴァルタの街にとってはそれだけで十分だった。
砦に戻ったレンはセナを探した。書類整理中のセナに「ルグナ鉱山の買収について何か知ってますか」と聞くと、
セナは手を止めて「僕がなんでも知ってるとは思わないで下さい」と言い席を立って行ってしまった。
レンは失礼なことをしてしまったと思い謝りに行こうかと思ったが数分後セナが手帳を持って戻ってきた。
「経営権を買ったのはテン魔道具商会ですよ」と教えてくれた。レンは驚きつつ「なんでも聞くから怒って出て行ったのかと」
「正確にしたいので、記憶ではなく記録してあることを伝えるため手帳を持ってきたんです」
レンはセナの生真面目さ驚いていると、先ほど聞いたテン魔道具商会の【テン】という名前に聞き覚えがあることに気が付いた。
「テンってファリスさんの実家じゃないですか」
「そうです」とセナが答えた。表情は変えていない。
「ただ、テン商会には少し気になることがあって」「気になること?」
「テン商会から鉱山側への買収の打診が始まった時期を確認したところ、暴走事件の起きる前だったようなんです。少なくとも一ヶ月以上前」
レンは少し黙った。
「ルグナ鉱山で何かが起こるという情報をどこからか聞き入れて、騒動後にスムーズにしかも格安で経営権を手に入れる。そういう計画だったのかもしれません」
「……セナさんはファリスさんが関わっていると思っているんですか?」
「分かりません」とセナは感情なく答えた。
「ただ実家の動きを全く知らずにいたとも考えにくい。テン商会は魔道具業界では大きな商会ですし、こういう動きは社内である程度共有されているはずですから」
レンはうつむいたままその場を後にした
その日の夕方、レンはファリスが厩舎で馬の世話をしているのを見つけた。
声をかけようとしたが躊躇した。どう切り出せばいいか答えが出ない。正面から「知ってたか」と聞くのは、証拠もなしに詰めるような言い方になる。
「ちょっといいですか」
「何」とファリスが馬の脚を確認しながら答えた。こちらを見ない。
「ルグナ鉱山、どこかの商会が買ったらしいって聞きました?」
「街で噂になってるね」
「どこの商会か知ってます?」
ファリスの手が少し止まった。止まったのは一瞬だった。しかし怪しんでいる心があるからか、その動きはレンの目にはなにか隠しているように映った。
「聞いてない」とファリスが言った。
「そう……ですか」
レンはそこで引いた。それ以上聞かなかった。
しかし厩舎を出るとき、ファリスの背中を一度だけ見た。馬の世話を続けている。普通の動作だった。しかしレンにはそれを普通と捉えることはもう出来なかった。




