第三十一話 空から
ドン!
エレナの放った弾丸は影の胸を一発で貫くと、その胸からは血が噴き出すように黒いチリがモヤモヤと溢れ出る。
発砲の衝撃でエレナは思わず拳銃を落してしまうが、すぐに拾い上げるとマークに渡す。
「ごめん、マーク。ちょっと今は持ってるの恐い」
銃を差し出したエレナの手は震えていた。
「分かりました、一時の間預からせていただきます」
マークはエレナから拳銃を受け取る。だがそんなマークも、この拳銃を持つ事に抵抗感を感じていた。
この拳銃は、人の反応では決して避けることのできない道の殺害道具。ユーシア王国随一の兵士であったミルヴァにすら致命傷を負わせている。
使い方が分からないとはいえ、マークもエレナと似たような心境だった。そして、発砲したエレナは更に恐かっただろうと、彼女の気持ちをおもんばかる。
だがエレナは、マークに銃を渡した後、ゆっくりと影の方へと近づいて行く。
影は胸から黒いチリを溢れさせながら、足先からゆっくりと、人の形を失い、散っていく。
「やあああだああしいいにいたあくううなあい」
皆が加減言葉を奇声と切り捨てる中、エレナだけは影の発する言葉に耳を傾け、そして何を言っているかを聞いた。
「エレナ様。この影は、魔王様がこの地に降り立った時に滅ぼされた、アルマ王国に住む人々の成れの果て、死んだ者の残骸が形を成したものです」
グアルの言葉を聞くためにそちらへ顔を向けていたエレナは、そのくすんだ金髪をたなびかせて、再び影の方に向き直り、ゆっくりと近づいて行く。
「な、エレナ様!危険です!」
グアルがエレナの元へ向かおうとすると、マークがそれを制止して言った。
「俺の仕事です」
そう言ってマークはエレナの近くまで来るが、決して影に歩み寄るエレナを止めようとはしない。
その姿は、グアルは只見守っている。
顔のない影は、近づいてきたエレナを感じ取ったのか、エレナの方へ首を傾け、顔を上げる。
エレナと影は、顔を向かい合わせる。影に目がなくとも、エレナは目があるであろう場所を真っ直ぐと見つめる。
「なああぜええぼおおくううをおおこおおろおおすううのおお?なああにいいもしわああるうういいいこおおとおおおしいいてえなああいいのおおにいい」
エレナは影の言葉を、黙って聞いた。
「こおおろおおしいいたのおはあああまああぞおくうう……ゆううるううせえなああいいいしいいねえええ」
ただ、黙って聞いた。
「まぁま……・もおおっとおおおおいきいいいたああかったあああ」
すすり泣くように言う、影の言葉を。
その醜い巨体、聞くに堪えない奇声。
誰からも恐れられるであろうその影の頬に優しく手を添えて言った。
「見て、私達人は、魔族と仲直りできたんだよ」
「……ばあああかあああなあああ、でええもおおおゆううるうせえないい」
影の言葉に、エレナの深く頷く。
「そうだよね……私も、魔族が夫に殺されたこと、まだ許せないよ」
エレナの言葉を聞いたグアルは、僅かな動揺を紛らす為に、抜いていた剣を鞘に収める。
「でもどうか、任せて欲しい。生まれ変わったとき、そこに絶対、魔族と人が争わない平和な世界で、皆が幸せになれるようにして見せるから!」
この世界の人々は、死ぬと体は魔力に世界と一体化し、魂は空へと登り、次の人生まで人々を見守ると言われている。
「……」
影に向けてそう言ったエレナには、凜々しさが宿っていた。マークがこれまでに見た事のない、凜々しさが。
「みいいてええるううう。そおおおらあああかああらああ」
女の子のような、優しくも高い小さな声で影がそう言うと、とうとう体の全てがチリとなり、緑の夕焼けが照らす美しい空へと登り、消えた。
エレナのドレスはそのチリで真っ黒に汚れてしまうが、彼女はその汚れをはたき落とさなかった。
エレナは、右手に感じていた確かな、影達が、いや彼らが生きていた温もりを心に焼き付ける。
「じゃあ、取りあえず皆を呼び戻して、使える物の仕分けしようよ。持ってきて貰った物、結構壊れちゃったし」
何事もなかったかのようにニコリと笑ったエレナの右手には、震える拳が握られていた。エレナはそれを隠すように、左手で右手を覆う。
グアルは、エレナの命令を聞き、初めて彼女に跪いて答えた。
「はっ」
※
「よし、じゃあこれを持って行こう」
噴水に集められた物を仕分けし、エレナ達は旅に持って行く物を決めた。
調理用にと一番に皆が期待した包丁類は、案の定錆びて一つも使い物にならない。
だが、護身用の短剣が3つ程出てきたため、調理はそれで行う事になった。
調理と言っても、食べれるサイズに小さく切る位にしか使わないのだが。
他にも、洗濯に使っていたであろう桶や、カピカピに乾いた固形石けんが5つ。ちなみに石けんの数が少ないのは、この5つを覗いた固形石けんは異常な程変色していたり、変な匂いがしていたからだ。
金属製の水筒が9つ、ロープが5つ。
それに子供や大人の衣服、そしてそれらを収納する鞄。
ホコリ被った布の袋は、狩った魔物を入れるのに使える。
皆が各々必要だと思う物を鞄に詰め込み、町での物資調達も終了。
その間にグアル達が夜の食料を調達し、今晩は錆びているが鍋やら何やら使える調理器具の多いこの場所で野宿をすることに決定した。




