第三十話~思ったより、重い
「あ、ごおおめんなさあい」
頭を抱え、子供が悪いことをして親に泣いて謝るように動揺した様子を影が見せ、その強靱な脚力によって10m程後方に飛んだ。
着地の際もまた、その衝撃で焦げた炭のように真っ黒なチリを、大量に地面に落す。
影の言葉は、幾数もの声が重なったように聞こえて聞き取りずらい。
「くっ、何だこいつは……魔法が、効かないだと?」
フラフラとした体を何とか立ち上がらせたマークは、これまでの常識が通じない敵を前に目を丸くする。
魔法が効かない敵というのは、マークがこれまで戦ってきた者の中には誰一人としていなかった。
いや、マークだけではない。魔法が効かない敵と戦ったことがある者など、ユーシア王国のどこを探しても存在しない。もしあるとしても、それは魔王という絶大な防御力が無傷にさせるというもの。魔法が消えてしまうということは、これまでにない現象だ。
誰も戦ったことがない故に。
「ふんっ!」
誰よりも早く、赤の魔法陣の身体強化でその場に駆けつけたグアルは、何もない空を青い炎を纏わせた剣で切った。
すると、その剣から放たれた炎を纏う斬撃のソニックブームが、影の首に当たる。
だがやはり、その一撃も影に触れた途端にフッと消え、更に影を大きくさせた。
「何……だと、まさか」
影に真っ向から向かっていたグアルは、向かう先を変えて子供達の前に立ちはだかる。
「今すぐここから逃げなさい。奴は、一筋縄でいく相手ではない」
グアルの言葉を聞き、大人達が子供を無理矢理抱きかかえてその場から離れる。
子供達と入れ替わるように、マークは起き上がってすかさず剣を構え、グアルの横に立って言った。
「気を付けてくださいグアルさん。奴は魔法を無効にします。俺自身にかけた強化の魔法も、奴に剣が振れた瞬間に消えました」
「あぁ、だろうな。奴は魔力を吸収してその身を形作る。魔力での応戦は奴に餌を与えるような物だ」
「まぁものおお、よおおくもぉおお!!」
影は先ほどの金切り声とは違い、唸るような低い奇声を発すると、その体をより攻撃的な物に変化させた。
体つきは屈強になり、黒一色で分かりづらいが、鎧を身に纏ったようなシルエット。
更に右手には剣、左手に盾を装備した戦士のような姿へと、ゆっくり形を変えていく。
「グアルさん、この魔物を知っているんですか?」
マークの問いに、グアルは答える。
「あぁ、俺の故郷に出た。だが魔物というのは違う。怨念と言った方が正しいかも知れない。奴は特殊な環境下で発生する」
「特殊な、環境下」
「今回のケースで言えば、プラスの魔力地帯に強力なマイナスの魔力が現われ、大量の人間が死んだ。俺の故郷にこいつが出た時は、その逆だった」
淡々と話すグアルの言葉から、マークは初めて悲しみを感じ取る。
そしてマークは、この影の本質を直感的に理解した。
そう、この怪物の正体は、魔王がこの世界に降臨したときに滅ぼした、アルマ王国に生きる人々の怨念なのだと。
そうであるのならば、グアルの故郷にこの魔物が出たと言う話を聞くに、彼の故郷は既に……勇者が。
だが、戦いの中で仲間の過去に同情している暇はない。
「グアルさん、奴をどう制圧したんですか」
「奴は魔法は聞かないが、物理的な攻撃は通用する。体の構造は人とほぼ同じだ。その剣で奴の心臓を貫けば良い」
「ですが、奴の怪力を二人で止めるのは……応援が来るまで待ちますか」
「いや、必要ない。すぐに終わる」
「え?」
グアルとマークが話している間に、影の体は変化を終える。
「こおろおしたなあああまあぞおくううう!」
影は、黒いチリをまき散らしながら、まるで子供のようにその場で地団駄を踏んだ。
エレナもこの状況は自分がいては邪魔になると考え、子供を抱えた大人達を先に行ったのを確認した後、彼らの背中を追いかけようとする。
「マーク、グアル、お願い!」
「お待ちくださいエレナ様!」
だが、グアルはエレナを呼び止める。
「何故呼び止めたんですかグアルさん!」
マークが問い詰めると、グアルはニヤリと笑って答える。
「前に戦った時は苦労したが、今は簡単に奴を倒せる。エレナ様がいればな」
グアルの言葉の真意が理解出来ず、顔をしかめるマーク。
「マーク、お前はエレナ様を死守しろ。俺が隙を作る。その隙に――」
マークはグアルの指示を聞き、目を丸くして驚いた表情を見せるが、すぐに頷いてエレナの元へ戻った。
「エレナ様」
そして、エレナに何かを伝える。
「おい、そこの貴様。どうやら、魔王に滅ぼされた魂の集合体のようだな。どれだけ生きようとしても、どれだけ魔王様を憎もうとも、お前の望みは何一つ叶わぬぞ」
グアルの言葉に、地団駄を踏んで周りの建物を殴りつけていた影は、ピタリと動きを止める。
そして、グアルの方を見ると、体をプルプルと震わせながら、ゆっくりと首を傾げる。
「まああぞおおくううう、おおまあえええがあしねえええ!!」
影の奇声は、 大人、老人、子供、性別問わず全ての声が入り交じった様な、禍々しいものへと更に変貌し、グアルの方にドシンと一歩を踏み出す。
その姿を、グアルはじっくりと観察して思考を巡らせる。
(奴は化け物だが、何故か俺達と同じ体の構造を持っている。皮膚が硬くて簡単にその身を真っ二つにしてやることはできないが、俺の技量ならば、足の腱くらいは切れる)
影は姿勢を低くして、突進の体勢を見せる。
(来る!)
グアルがそう直感した次の瞬間、影の大きな足が地面を蹴り、目にもとまらぬスピードでグアルの方へ突進してきた。
目で追いきれないグアルは、完全に自らの直感に従ってタイミングを合わせ、影の突進をすんでの所で躱し――。
「女王の前に跪け」
影の足の腱に一太刀入れると、影はガクンと体勢を崩してタイヤの用に転がっていき、対角線にあった三階建ての木造の建物にその巨体をダイブさせた。
木造の家が音を立てて崩れ落ちる音が辺りに響き渡る。
瓦礫の土煙の奥には、倒壊した瓦礫布団の様に被った影の姿。
そして、カランという音を立てて影の胸の上にあった木の板が落ち、影の胸が露わになる。
「エレナ様、今です!」
グアルの合図と同時に、エレナは胸ポケットから取り出した銃を取り出して、両手でしっかりと握りしめ、影目がけてその引き金を引いた。
ドン!
ごめんなさい。43話の魔界に転移してきた人数を変更しました。子供5人、男女併せて村人が4人。
エレナ達含めて合計13人です。




