第四十七話 共闘
「うおおおおおおおおおおおお!!」
ドレッドは雄叫びと共に、強烈な炎の波に飲まれていった。
巨大な光が、辺りを包み込んだその時。
「伏せて!!」
エレナ達はマークのかけ声を聞き、即座に伏せる。 だが、伏せるのが遅れた少年が、一人いた。
「ア・・・・・・・」
少年が本能的に、死を悟ったその時。
「危ない!!」
それを見つけたエレナは、伏せずに走り出した。
次の瞬間、土や岩を孕んだ強烈な爆風が、強烈な轟音と共にエレナや子供達、背後の大人達へ襲いかかる。
エレナは、爆風がたどり着く間一髪のところで少年を抱え、自信の体を勢いそのまま、地面に
倒れこんだ。
強烈な鈍痛がエレナの右腕に響くと共に、爆風がエレナ達の頭上に吹き荒れる。
「うわぁぁぁぁっ!」
子供達の悲鳴、エレナは胸の中で叫ぶ少年を抱えながら、何度も、何度もいった。
「大丈夫、大丈夫だから!」
やがて爆風は吹き止み、風のそよぐ音が耳に入ると、エレナ達は辺りを見回しながらゆっくりと立ち上がる。
そして、エレナ達の視界に入ったのは、あれだけの数いたゴブリンの軍勢が消え去り、焼けた荒野に立ち尽くす、二人の騎士と一人の戦士だった。
「良かった……本当に」
騎士と戦士の、種族や過去の遺恨によってできた溝は、この戦いで埋まったのだろう。
三人は肩を貸し合い、一人は笑顔で、一人はホッとした表情で、一人はやれやれと言いつつも信頼をしたように穏やかな表情で、女王の元赴く。
エレナはその姿を見て、抱え守った震える少年に、ニコリと笑いかける。
「もう大丈夫、恐くないよ。あの三人が、私達を守ってくれたから」
そう言って、エレナは勝利を手にした二人の騎士と、一人の戦士の方を指さした。エレナの言葉に唖然とした少年は、彼らの姿を見て、その腰に携えた剣を見て、キラリと瞳を輝かせる。
エレナは周りを見渡すと、そこには誰一人欠けることなく、怪我することなく皆無事だった。
そしてもう一度、自分が守った少年の姿に目を写すと、未だに彼は武勲を上げた三人の姿に目を奪われていた。
その様子を見て、もう大丈夫だと判断したエレナは、少年からそっと手を放して、ボロボロになった三人の方へ歩み寄る。
「エレナ様、我々は勝利しました」
ドレッドがエレナの瞳を真っ直ぐ見つめる。エレナも真っ直ぐとドレッドの目を見つめ返した後、同じように戦い抜いた二人を見て言った。
「うん、本当にありがとう。三人のおかげで、皆が助かったよ」
仕える王から賜ったお褒めの言葉に、三人は顔を見合わせる。
「俺の知る限り、歴史上初めてですよ。魔族と人が手を取り合い、共闘するなんて話は」
マークの言葉に、ドレッドは唖然とした後、何かを観念したように脱力した笑みを浮かべる。
「ふ、確かにな。最初は正直心の底で、俺達の仲間を殺した魔族と戦うなどごめんだと思っていたが、案外戦ってみると悪くないものだ。グアル、お前もそう思うだろ?」
ドレッドが問うと、グアルはスカしたようにフッと笑う。
「お互い様という奴だな」
グアルがそう言うと、ドレッドはほんの少し愕然としたような表情をした。散々差別し、畏怖の象徴として殺してきた魔族も、自分達と同じだったと、グアルの返答によって、彼は理解してしまったからだ。
だがドレッドは、それでも魔族と人が手を取り合えたことには意味があり、死んだ仲間や、殺してきた魔族に報いるには、魔族と人が手を取る歴史を、これからも積み上げていくしかないのだと感じる。
「そうだな、これからもよろしく頼むぞ二人とも。同じ主君に仕え、支える同士としてな」
ドレッドがそう言うと、三人はエレナの方に目を向けた。
小柄な体型にくすんだ金髪。可愛らしい童顔は威厳の欠片もない。
だが彼女の真っ直ぐな瞳には、夫である勇者が死んだあの日に宿った、揺るぎない覚悟がある。
その屈託のない覚悟は、これまで三人が仕えてきたどの主君も、持ち合わせていなかったものだった。
「心強いよ、三人とも、これからもお願いね」
そう言ったエレナの、ほんの少し小さな声に違和感を感じたのは、マークだった。
いつもより少し元気がなく、よく観察してみると、冷や汗が出ているように見える。
先ほどまで命の危機だったのだから、当然と言えば当然であるが、エレナの事を昔から知っていたマークは、感じる小さな違和感が何であるかをすぐに察知した。
「エレナ様、お怪我はありませんか?」
マークの問いに、エレナはぎこちない笑顔を作り出した。そのあまりのぎこちなさに、ドレッドとグアルも、エレナが何かを隠していると勘付く。
「だ、大丈夫だよ。全然、わた……し、は」
エレナはそう言いながら、左手を押さえてゆっくりとその場に座り込んだ。
「エレナ様!」
マークがすかさず駆け寄り、エレナの抑えるドレスの右袖をまくり上げる。
「失礼します」
「うぐっ!」
ゆっくりとまくり上げた小さな刺激にも関わらず、エレナは更に冷や汗を出してうめき声を上げた。
「これは……」
エレナの右腕は、少年を守った際に打ち付けた事でかなり広い範囲で骨にヒビが入っていた。
白い肌は真っ赤に腫れ上がり、真っ直ぐであるはずの腕の骨がほんの少しだけ曲がっている。
「ヘンリル!」
事態を把握したグアルが、一人の人間の名を呼んだ。すると、泣きじゃくる子供達をあやしていた一人の女性が、こちらへ駆け寄る。
「エレナ様の右腕を治癒してくれ」
駆け寄るヘンリルという名の青色の髪の褐色の肌を持つ女性にグアルが言うと、彼女は「分かりました」と返答し、桃色の魔法陣を展開してエレナの腫れ上がった腕に当てる。
「……」
痛みに悶えていたエレナの反応が徐々に収まっていき、その表情から少しだけ、苦しみが取れていく。
だが、ヘンリルは眉間にしわを寄せて言った。
「……これは、かなり重傷のようです。私に出来る事は、痛みを少し抑え、エレナ様の回復を早くすること。ですがそれでも、今施している私の魔法では、完治までに5ヶ月はかかるかと思われます。」
「こんな時、第7師団長のリカがいてくれたら、二秒くらいで完治するんだがなぁ」
ドレッドが神妙な顔つきで、エレナの腫れ上がった右腕を見つめる。
「あの方は癒やしの巫女と呼ばれた、千年に一人の回復魔法の使い手です。そう比べてしまっては、今エレナ様の腕を治療してくださっている彼女に酷でしょう」
「確かにそうだな……すまなかった」
ドレッドがぺこりと頭を下げ、ヘンリルが「いえいえ」と慌てて首を横に振る。
「エレナ様の護衛の立場として、一応提案はさせていただきます。勇者の力は、あらゆる事を可能にすると聞きました。その力で、エレナ様の右腕を即座に治すことも可能かと」
マークが言うと、誰よりも先にエレナが声を上げる。
「それは駄目だよ。勇者の力はもっと大事な所で使わないと。私はこれくらい大丈夫だから」
マークは、エレナがそう言うことを分かっていたかのように、あっさりと引き下がる。
世界一巨大な王国の女王様が、右腕の大怪我。エレナはこう言っているが、王宮に仕える物として、それは大事も大事ではあるのだが。
「ありがとう、ヘンリルさん」
少し喋る余裕ができたエレナが、ヘンリルにお礼を言うと、ヘンリルは嬉しそうに頭を下げて言った。
「いえ、ユーシア王国の女王様であり、我々の女王である貴方の役に立つことができ、光栄です」
「そんな光栄だなんて思わなくて大丈夫だよ。きっと歳だって同じくらいでしょ?肩書きが違うだけで、私よりも貴方の方がよっぽどすごいよ」
「そのようなお褒めの言葉、なんと申し上げて良いか」
「ふふ、かしこまらないで大丈夫だよ。何ならため口で話してくれたら嬉しいな。ここに女性の知り合いいないし、女王になってから、皆とやっぱり距離あるし……」
エレナがそう言うと、マークがコホンと咳払いをする。
「エレナ様、女王としての線引きはお忘れなきよう」
「うぅ」
「ふふ、」
エレナがほんの少し顔を歪めると、ヘンリルは魔法陣を展開している右手とは逆の左手で口を押さえて笑みを隠す。
「ではこんなのはいかがですか?エレナ様。敬語のままで、ですが関わりはこの旅の間だけ、お互い友人のようにいたしましょう」
ヘンリルの言葉にエレナは顔を少し明るくし、笑顔で言った。
「うん!旅の間だけじゃなくて、戻ってからもね!」




