第24話 舞踏会の夜は更け……
その後、ロイドが連れてきた増援によってベレフの遺体は回収された。
水車番のお爺様も暖炉の近くに縛り上げられていたらしく、無事に助け出されて離宮で手当てを受けている。
「無事でよかったですわ、お姉さま! うっ……」
「ダメよ、マリア! あまり興奮したら傷に障るわ」
マリアは腹部にナイフが刺さった状態だったので、応急手当てを受けて一時的に水車小屋に寝かされている。
起き上がることはもちろん、少しでも動けば痛みが走るはず。
安静にするよう言いつけて、私はベレフがどうなったのかを伝えた。
「助けてくれてありがとう。貴女がいなかったら私、とっくに死んでいたでしょうね」
最初の出会いこそいい形とは言えなかったけれど、彼女は私を守ってくれたし、今は心から感謝している。
私は彼女の手を握って、「今度、屋敷に招待させてちょうだい」と微笑んだ。
「ふふ、必ずお伺いしますわ」
そんな私たちを黙って見守っていたフランシスが、ぽつりと呟く。
「……エドフォード邸ではなくキシンガム邸に来ることになるがな」
その後、再び暴れ出したマリアを止めるのは数人がかりのひと騒動となった。
「まったく、また傷が開いてもおかしくないのに何をしてるんだ。本当に理解に苦しむ」
騒ぎを聞きつけたロイドが付き添うと申し出てくれたので、私とフランシスはこれ以上マリアを刺激しないように外へ出ることにした。
小屋の周りは兵士たちによって松明が灯され、少し離れた場所には焚火も起こされていた。
「ベレフの仲間はどうなったのかしら?」
焚火の前に並んで座り、揺らめく炎を見つめる。
「ひとりは服毒したらしいが、もうひとりは死にきれなかったようだ。今は離宮の地下に拘留している。グレイ男爵の情報が手に入るといいんだが……」
「結局、人質の行方は掴めないまま……マリアが心配だわ」
「……ああ」
いつもの涼やかな目元が僅かに眇められる。
もしかすると、彼なりにマリアのことを気にかけているのかもしれない。
「そういえば、あの『おまじない』には助けられたわ。あれはどうやったらできるの? やっぱり精霊の力で?」
「ああ、精霊と契約した者が使用できる奇蹟だ。心から愛する人にだけ施すことができる。……一回で使いきりなのが困りものだが」
そう言って彼は焚火に薪をくべた。
パキパキと火花が上がる。
「…………」
(今、『愛する人』って言った……?)
このまま聞き流すこともできるけれど、思い切って銀髪の秘書官の顔をちらりと覗き込む。
「ええと……その、貴方にとって私との婚約って……政略的なもの、よね? ほ、ほら! ベレフや派閥対立を解決するための婚約で、個人的な気持ちは何も……!」
「何を言っているんだ」
すっと伸ばされた手が私の頬に触れ、ゆっくりと顔を持ち上げた。
銀糸のような前髪が揺れて、その奥にある青い瞳が私を捉える。
息がかかりそうなほどの距離にある端正な顔に、どきどきと鼓動が早鐘を打っていく。
「それとも、忘れてしまったのか……」
普段はあまり感情を表に出すことのない氷の相貌が、切なそうに曇るのを初めて見た。
その眼差しに、私の中に大切にしまっていた幼い頃の約束が呼び起こされていく。
「約束しただろう? 君を花嫁にすると」
(ま、まさか……!)
その瞳の青さが、狼の仮面を付けた少年のそれと重なる。
「嘘……だって、そんなっ……!」
私はようやく、とんでもない誤解をしていたことに気づいた。
「ごめんなさい! 私、酷い勘違いを……!」
頭を下げる私を優しく抱き寄せたフランシスは、宥めるように囁く。
「いいんだ。わかっている。君のせいじゃない」
おずおずと背中に手を回すと、彼はぎゅっと抱き締め返してくれる。
「……恐らく、マシューに一杯食わされたんだ。あの収穫祭で狼の仮面を付けていた子供はロイドだと、そう言われたんじゃないか?」
「そうだけど、どうしてそれを……」
不意に、お兄様からキシンガム家は政敵だと忠告されたことが脳裏を掠めた。
(お兄様は、ずっと私を騙していた……!?)
エドフォード家とウォーレンハイム家との絆を強めるため、私とロイドの婚約は両家にとって、ひいては革新派にとっても望ましいものだった。
『望まれた婚約』を成立させるために、お兄様はロイドこそが初恋の人物だと、私を騙し続けていたのだ。
「……そう、だったの。本当に私は『道具』なのね……」
家と家とを繋ぐ楔となること。それが貴族の家に生まれた娘の最大の仕事。
わかっていたのに、引き裂かれそうなほど胸が痛む。
何より、信じていた家族に長年にわたって嘘を吐かれていたという事実が辛い。
「リリーナ」
小さく震える私を抱き締めて、フランシスの指先がいつかと同じように目尻に滲む涙を拭ってくれた。
「君は『道具』なんかじゃない。あの日、初めて会ったときからずっと、俺にとって唯一の女性なんだ。……家も派閥もどうでもいい。そんなものはどうでもいいんだ」
腕に籠る力が強くなるのを感じて、私は彼を見つめた。
「フランシス……」
「君が自分の意思で選んでくれれば、それでいい」
初めて見たとき、凍てつくような瞳だと思っていたそれは今、静かな想いを青い炎のごとく揺らめかせていた。
「選んでくれるか、俺を――?」
彼は、家とは無関係の何者でもない、ただの私を求めてくれている。
幼い頃、互いの素性も知らぬまま心を通わせたときからずっと、彼が胸に秘め続けていた想い。
(私っ……!)
今まで勘違いをしていた自分が、彼に相応しいかはわからない。
――それでも、私は私の意思で添い遂げる相手を決めてみたい。
「もちろんよ、狼さん。私もあの約束を……守りたい」
彼の瞳が優し気に緩むのを見て、その胸へそっと額を押し付ける。
フランシスの腕の中は心地よく、互いの鼓動の音がゆっくりと重なっていく。
身を挺して守ってくれた人の温もりに包まれて、私の胸は愛おしさで一杯になった。
「リリーナ」
やがて彼の指先が顎に触れ、柔らかな口づけが落とされた。
「んっ……」
それは約束が果たされた証であり、未来への新たな誓いでもあり――。
その甘いひと時に、私たちの影はひとつに溶け合っていった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
まだ続く予定です。
また書き溜まったら投稿させていただきます。




