第21話 ウィリアム・キシンガムの図書室
※回想回になります※
――キシンガム邸の昼食に招かれた日。
「洗礼を受けたい、ですと?」
昼食を終え、のんびりと庭園を散歩していたモリス様は驚いたように私を見た。
「はい。キシンガム侯爵家へ輿入れするなら、やはり受けておくべきだと思いまして」
フランシスは簡単な書類の確認があると言って、執務室に行ったままだ。
モリス様に相談するなら今しかない。
最初は彼に話してみるべきかとも思ったけれど、私に危険なことをさせまいと反対するように思えた。
「そうですなぁ。確かにキシンガム家は精霊教会とも繋がりの深い家系ですし、フランシスに至っては本国の教皇猊下にも拝謁を賜っていますから、その妻となる貴女が洗礼を受けるのは自然なことかもしれません」
うんうんと頷くモリス様に、私はここぞとばかりに畳みかける。
「はい! それに私、あの方の足手まといにはなりたくないんです」
あの夜、ベレフに襲われた私は無力だった。
彼が助けてくれなければ、あのまま死んでいただろう。
「ははぁ、精霊魔法を使いたいということですか」
「そ、それは……そう、なんですけど……」
一応、精霊や教会について勉強を始めてみてはいるが、まだまだ充分とは言えない。
そんな自分が洗礼を求めるのは、冷静に考えればとてつもなく恥知らずなことかもしれない。
「……すみません! やっぱり、もっと勉強してから……!」
自己嫌悪で項垂れる私に、モリス様は明るい笑い声を上げた。
「あっはっは! そんなに落ち込むことはありません。存外に多いのですよ、魔法を目当てに洗礼を受けるという方は。それに、洗礼を受けても精霊と契約できるかは別問題。どれどれ、貴女の場合は……」
モリス様は私をじっと見て「ふむ」と顎に手を当てる。
「恐らく、リリーナ様は攻撃的な精霊とは縁がないでしょう」
「守る方向で充分です!」
「んー、守るのともちょっと違うような……?」
「え……天気予報ができる、とかでしょうか?」
それでは旅行の予定を立てる際にしか使えなくなってしまう。
(洗礼を受けても、あまり役に立てないかもしれない……!)
「まさかまさか。ともかく、お気持ちはわかりました。それでは、さっさとやってしまいましょう!」
「い、いいんですか!?」
「もちろんです。さあ、場所を変えましょう」
屋敷に戻りならがら、モリス様は洗礼は場所が重要になってくると教えてくれた。
「精霊と縁のある場所で行うことが大切なのです。普通なら教会で行いますが、せっかくここにいるのですから特別な場所をお教えしましょう」
「ここに、そんな所が……?」
連れて来られたのは本棚の立ち並ぶ広い一室だった。
薄暗く、埃っぽさを感じる部屋に立ち竦んでいると、モリス様が呼んだ使用人が部屋の窓を開けてくれる。
本の日焼けを防ぐためか、しっかりと閉ざされていた室内に日の光が差し込んだ。
(わ……すごい量!)
壁際に並ぶ天井まで伸びた書架の他、目視では到底数えきれないほどの本を収めた本棚がいくつも並んでいる。
「ここはフランシスの父君――ウィリアム・キシンガム侯爵が作られた図書室です。彼は法律家の顔も持っていましてね」
ふと手近な本棚を見ると、難しそうな法律用語が書かれた分厚い背表紙が並んでいる。
本当にこんな場所で洗礼を行うのかと不思議に思っていると、それを感じ取ったのかモリス様が微笑んだ。
「法律家とはいっても、最初の頃は領民同士の諍いを治めるという程度のものでした。ただ、そんなウィリアムの姿を見ていた精霊から、人間との契約に関して相談されるようになったのです。いつの時代も精霊遣いの荒い人間というのはおりますから、さもありなんといったところです」
「精霊のための法律家でもあった、と?」
ゆっくりと部屋を見回すモリス様の瞳には、法律書を開きながら精霊の相談相手になっている先代キシンガム侯爵の姿が映っているのかもしれない。
「はい。精霊と人間の仲介をしたり、場合によっては契約を終了させたり、毎日忙しくしていたものです」
「領民からも精霊からも頼られる、素晴らしい方だったんですね」
「ええ、とても」
そんな人が不慮の事故で突然旅立ってしまったことは、フランシスを始め周囲の人々に大きな衝撃を与えたに違いない。
(先代様とお付き合いのあったモリス様もきっと……)
そう思うと、とても大切な場所へ連れて来てもらったのだと身が引き締まる。
政略的な婚約とはいえ、実家を出れば私もこのキシンガム家の一員だ。
(キシンガム侯爵家に恥じない人間にならなくては……!)
「……では、そろそろ始めましょうか」
モリス様は部屋の中央に、魔法陣の描かれた布を敷く。そして、私にその中に入るように示した。
「ここで洗礼を受けたことを、どうか忘れないでください」
「もちろんです。今日のことも、この図書室を作られたウィリアム・キシンガム侯爵のことも、絶対に忘れません」
「よろしい。……いやはや、貴女が洗礼を受けたと知ったら、フランシスはさぞ驚くでしょうな~!」
いつもの調子に戻ったモリス様は茶目っ気たっぷりにそう言って、終始ご機嫌で私に洗礼を施してくださった。




