第20話 危機一髪、再び
「リリーナ様を放しなさいっ!!」
瞬間、マリアがべレフの頭を思いきり椅子で殴りつけ、その黒づくめの身体が横倒しになる。
「今のうちに外へ!」
マリアに抱き起されながら、恐怖に竦みそうになる足を叱咤して入口の扉に手をかける。
扉を思い切り開くと、そこにはふたりの男が立っていた。
仮面舞踏会の招待客とは明らかに異なる黒い服装に、外套で隠された腰のベルトにはベレフの物と似た曲刀とナイフが収められていた。
(ベレフの仲間!?)
彼らはすぐに状況を理解したのか、私たちを見てにやにやと下卑いた笑いを浮かべる。
「くそっ! 絶対に逃がさないからな! お前ら、両方とも捕まえろっ!」
殴られた頭を抑えて起き上がろうとしているベレフから、殺気立った怒号が飛ぶ。
「今夜中に離宮の貴族たちとまとめて、あの世に送ってやる!」
凶暴さを滲ませる台詞に、外の男たちも腰のナイフへ手を伸ばした。
「仲間がいるなんて……くっ」
抵抗しようとマリアがナイフを構えるも、不意によろける。
「マリア!?」
彼女を支えて伸ばした手に、真っ赤な血糊が付く。
「これ……?」
頭が真っ白になりながら、お腹を見るとそこには投げナイフが刺さっていた。
(私を助けようして椅子で殴り掛かったときに……!?)
苦悶の表情を浮かべる彼女を抱き締めて、私は悲鳴を飲み込んだ。
叫んだところで事態は好転しないどころか、ベレフたちを喜ばせる可能性すらある。
近くに落ちていた壊れた椅子の脚を手に、形ばかりの威嚇をしてみる。
(いくらなんでも、同時にふたりを相手にするのは無茶だわ。後ろにはベレフもいる……!)
何か切り抜ける方法はないかと思考を巡らせても、私には何の力もない。
この場面を切り抜ける術がないことに、自分が無力であることに歯痒くて堪らなくなる。
それでも今はただ、初めてベレフを退けたときと同じ白銀の影が現れることを願ってしまう。
もう抵抗できないと判断したのか、目の前の男たちはゆっくりとこちらに近づいてきた。
(きっと、来てくれるっ……!)
「フランシスっ!」
思わず叫んだとき、男たちが体勢を崩してそのまま前のめりに倒された。
「うっ、うわあぁぁぁっ!!」
「足がっ! 足がぁああ!」
背後から足の腱を切られたのか、縮こまるように足を抱えて呻き声を上げる男たち。
突然のことに呆気にとられた私の目に、夜風になびく銀髪が映る。
「遅れてすまない」
透き通った満月の明かりが、帽子も仮面も外した彼の素顔を照らし出す。
静かな殺気を纏った彼は倒れた男たちを川べりの斜面へ容赦なく蹴り落とすと、私とマリアを外へ連れ出してくれた。
私は急いで負傷したマリアを木陰に座らせる。
「フランシス、彼も魔法が使えるわ! 別人の姿に変わっていたの」
「……君が襲われた夜も、奴は急に姿を消して逃げた。どうやら変幻自在のようだな」
フランシスは厳しい表情で目を細めた。
ベレフが使うのは使用者の姿を変え、姿そのものを不可視にできる魔法――。
(一体、どんな精霊と契約すればそんなことができるの?)
フランシスはロイドの矢を受けて、恐らくまだ万全の状態とは言えないはず。
それならせめて、相手が契約している精霊の正体だけでも把握しておきたい。
(ベレフと契約している精霊……)
体勢を整えたベレフが小屋の戸口に立ち、再びフランシスと対峙する。
仮面を取ったベレフの、ひどいミミズ腫れだらけの顔が月明りの下に露わになった。
(ベレフを倒そうと言い出した私が一番のお荷物になるなんて絶対にダメ! 私にだって、できることがあるはずっ……!)
目を背けたくなる相貌を、勇気を振り絞って見据える。
自分を奮い立たせた瞬間、身体の奥から何かが湧き上がってくるような感覚があった――。




