第13話 仮面舞踏会(3) -初恋相手が行方不明-
「……?」
顔から倒れ込んだはすの私は、地面よりも柔らかい感触に戸惑う。
「だいじょうぶ?」
か細い声に顔を上げると、すぐ近くに狼の仮面を被った男の子がいる。
どうやら、彼の上に倒れ込んでしまったらしい。
「ごっ、ごごごめんなさい!?」
慌てて立ち上がって、下敷きになっていた彼に手を差し伸べる。
頭から目元までをすっぽりと覆う仮面を付けたその子は、なぜか私の顔をじっと見つめてきた。
「な、なに?」
「……ケガしてないみたい。よかったね」
(この子、私を守るために下敷きになって助けてくれたんだ!)
「どうもありがとう。あなた、紳士なのね!」
「しんし?」
「そうよ。貴族の男性はみんな紳士でなければならないって、お父様が言っていたの。紳士は品行方正で愛する女性に優しいものなの!」
私が得意げにそう言うと、彼は不思議そうに繰り返す。
「ひんこーほーせい……むずかしい言葉、しってるね。ぼくはしんし、なの?」
「そうよ! それじゃ、私はこれで失礼するわね。向こうで手品をしているって言うから見に行かなきゃ」
帽子を被り直して再び歓声が上がる方へ走り出そうとすると、ぐっとローブの端を掴まれる。
見ると、小さな狼さんは何かを考えているふうだった。
「また転ばないように……えすこーと、するよ。たぶん、それがしんしだから。違う?」
仮面越しに私の返事をうかがう視線を感じながら「違わないけど……」と考える。
(エスコートする紳士……はっ! これはますます社交界だわ!?)
「いいわ。エスコトートをお願いします、狼さん!」
◇◆◇
それが彼との初めての出会いだった。
そのときは名前も聞かずに別れてしまったけれど、後にお兄様から「あれはウォーレンハイム家のロイドだ」と聞き、それからずっと私の心の中には彼がいた。
『リリーナ! ぼくのお嫁さんになって!』
収穫祭が終わる頃、一日中一緒に遊び尽くした私たちは、すっかり疲れて木陰で夕陽を眺めていた。
別れの時が迫っていることを察していると、小さな狼さんは思い切ったようにそう言った。
私は生意気にも「大人になって、お父様が許して下さったらね」と返した気がする。
彼はそんな私に気を悪くした様子もなく「まっててね、ぼくの大切な人」と微笑んで、頬に口づけてくれた。
(さすがに、ここまでは話さなくてもいいわよね……。私にとって、大切な思い出だもの)
エスコートするという申し出を受け入れたところまで話して、私はマリアの様子を見る。
「まあ、可愛らしい! 素敵なお話ですわね!」
「質問には答えたわ。次は私の……」
「でも、残念ですけどそれはロイド様ではありませんわ」
「……は?」
何を言われたのかわからず、呆気にとられる。
マリアは困ったように自らの頬に片手を添えた。
「ロイド様が言っておられましたの。『僕の婚約者は僕を誰かと勘違いしている』と」
「何を言って……そんなっ……そんなはずは……!」
これまでロイドに収穫祭のときのことを話したことはあった。
その度にどこか不機嫌だったのは、きっと照れ臭さを感じていたからだと、そう思っていた。
「私が、人違いをしている……?」
あの日、ウォーレンハイム家が出席していたことは間違いない。
けれど、狼の仮装をした少年はロイドではなかった――ガラガラと音を立てて、信じていたものが崩れていく。
「ああ、お可哀そうに」
私はよろめいて近くの椅子に手を着いた。
マリアを前に無防備なところを見せてはいけない。
そう思うのに、腰が抜けたように力が抜けていく。
「ロイド様もそれならそう仰ればいいのに……貴女を手放すのが惜しかったのでしょうね」
コツコツ、と近づいて来るヒールの音。
「伯爵家の長女にして誰からも好かれる清廉潔白な方。まさしく高嶺の花ですもの。下級生ではありますが、わたくしもお姉さまのことはいつも拝見しておりましたのよ」
なんとか力を入れて立ち上がると、目の前に白い仮面を付けた彼女が立っていた。
べレフが付けている漆黒の仮面を思い出してぞっとする。
「っ!」
「でも、良かったじゃありませんか。あんな男、リリーナ様には相応しくありませんもの」
そう言って仮面を外した彼女の顔には、悠然とした微笑みが広がっている。
「あ……貴女は、一体何が目的なの?」
「目的ですか……色々と複雑なところではありますけれど、一番の目的は……」
薄桃色の唇が動いた瞬間――。
「そこまでだ」
氷のように冷たい声が響く。
同時に、マリアの首筋に銀色の剣身が添えられた。
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