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第12話 仮面舞踏会(2) -追想-

 大広間の扉が開かれると、中には陽気な音楽に合わせて踊る人々の姿があった。

 仮面をしていることと衣装が華美なことを除けば、それは普段の夜会や舞踏会とさして変わらない。


「礼拝堂はあそこだ」


 フランシスの囁きに導かれ、広間の右奥にある小さな扉を認める。

 あそこにマリアがいる。


 まだ舞踏会が始まったばかりということもあってか、お酒に酔っている人もいないようで、私たちは誰にも声をかけられることなく扉の前にやってきた。


「何かあったらすぐに呼んでくれ」


「ありがとう、フランシス」


 息を整えて、扉へ手をかける。


 キィ、と小さく音を立てて開かれたそこは大広間よりは狭いものの、木製の椅子が並べられていて悠に五十人は座れそうな空間が広がっていた。


 並んだ椅子の中央は白い絨毯が敷かれ、その先には精霊教が祀っている女神像が飾られている。

 祭壇の下で、ひとり祈りを捧げている彼女の元へ、一歩ずつ慎重に近づいて行く。


「まさか、エドフォード家が対立派閥のキシンガム家との婚約を許すとは思いませんでしたわ」


 小さな扉が閉じられたことで、大広間で流れていた音楽が一気に遠くなった。

 きっと、私たちの会話も大広間には聞こえないはず。


「それについては同感ね。でも、今回は特殊だったの」


 こちらへ向き直った彼女は、不思議そうに小首を傾げた。その仕草は可憐な少女そのもので、とても人の婚約者を奪うような人物には思えなかった。


「アンブローシアの密偵、そう言えばわかるかしら? 父も宰相も隣国の介入には敏感よ」


 その点に関しては保守派も同じはずだった。

 けれど、どういうわけか大公が首を縦に振って下さらないのが、頭の痛い話でもある。


「そうですか……。貴族ならもっと建前を気にするかと思いましたが……いえ、そもそも婚約自体が想定外でしたわ」


 感心したような響きに思わず頷きそうになる。


(他国の介入を警戒するよう促すことで、反発し合っていたふたつの派閥に手を組ませる。そして、両者の結束の象徴として自ら対立派閥出身の私と婚約するなんて……)


 こんな一手を打ってみせる胆力には、ほとほと感服せざるを得ない。


 本人は『冷血公』の二つ名を嫌っているようだけれど、相手の思惑を正確に読み取ったうえでの即断即決、容赦の無さこそが『冷血公』と呼ばれる所以でもあるのだろう。


 そんな彼の婚約者となるのなら、私もそれなりの度胸は見せなくてはならない。


「フィオナ……いえ、マリア。貴女は――」


「お姉さま、わたくしずっとお尋ねしたいことがありましたの!」


 本題に入ろうと口を開きかけた瞬間、マリアに機先を制される。


(お、お姉さま!?)


 興味津々といった様子で、あどけない瞳が真っすぐに見つめてくる。


「どうして、ロイド様のことがお好きなんですか?」


「ど、どうしてって……」


「では、初めてロイド様と会われたのは?」


 私の困惑を読み取ったのか、マリアは先ほどよりも落ち着いた調子で質問を重ねてきた。


「……初めて会ったのは、ランフロンド侯爵主催の収穫祭のときよ」


 マリアは続きを促すように黙って見つめてくる。


(質問に答えないと話が先に進みそうもないわね。一体、どういうつもり?)


「子供は仮装して参加する決まりだったから、私は魔女の格好で出席したの」


 警戒を緩めずに、私はぽつりぽつりと昔話を始めた。



◇◆◇



 その日は、前日までの雨が嘘のように見事な秋晴れだった。

 お祭りに参加するのを楽しみにしていた私はメイドに仕立ててもらった帽子とローブを着て、意気揚々と収穫祭へ出席したのだった。


 屋敷の庭園で開かれた催しには、多くの貴族が参加していた。

 至る所に豪華な料理が並べられたテーブルがあり、使用人が世話しなく飲み物の給仕をしている。


(すごい! これが、社交界というものなんだわ……!)


 今思えば、私が社交界に憧れを持つようになったのは、このときのことがきっかけだったのかもしれない。


 初めて見る光景に心躍らせながら歩き回っていると、少し離れた一角に人だかりができていた。

 時折、歓声と拍手とが聞こえてくる。


「ふん、あれが気になるの? ただの芸人だよ。手品とか曲芸とかしてるんだ」


 いつの間にか、隣に白い布をすっぽり被った男の子がいた。


「まあ、手品に曲芸!? 私、行かなきゃ! 教えてくれてありがとう、溶けかけの雪だるまさん!」


「ゆ、雪だるまじゃなーい! どこからどう見てもオバケに決まってるだろ~!?」


 バタバタと手足を振り上げながら叫ぶ男の子には脇目も振らず、私は一目散に駆け出した。


 そして、自分のローブを踏みつけて前のめりに体勢を崩す。


「あっ!」


 着慣れないローブだから気を付けなさいと父に言われていたことを、今更ながら思い出すけれど、もう遅い。


 顔に傷を作って戻ったらこっぴどく叱られるだろうと目を瞑った瞬間、誰かが駆け寄る足音を聞いた気がした。


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