願い 3
その途端……竜達の間に、強い緊張感が満ちる。――――それは、明らかな“殺気”だった。
ピリピリと痛いような空気に、何が起こったかわからず、翠子は立ちすくむ。
竜達の中で、ファラの動きが一番早かった。
鋭い牙で、ヤトを“噛み殺そう”と、動く。
そのファラを――――既のところでロウドが止めた。
『止めろ!』
白い竜と碧の竜が、睨み合う。
『……退け、ロウド。その人間は“殺さなければならない”!』
物騒な言葉をはっきりと口にするファラ。
白い鱗は全て逆立ち、ファラが激昂しているのは明らかだ。
『ファラに賛成。ファラが出来なきゃ俺が“殺る”よ。』
ギョクもまた明確な意思を表し、ヤトを睨み付けた。
カイザは動いていないが、黄金の目には見間違いようのない“殺意”が輝いている。
(なんで?)
突然の番候補達の変化に、翠子はどうしたら良いかわからなかった。
ロウドが、その背にヤトを庇う。
『それだけはダメだ!ヤトを殺せば、アキコの心は我らから離れる。お前達は、アキコを――――王を、永遠に失うつもりか。』
『でも、ロウド!その人間は――――』
『ダメだ!』
再三のロウドの制止に、竜達は悔しそうにヤトを睨みながらも……牙を収める。
そのことに、一番ホッとしたのは、ロウドのようだった。
大きく息を吐き出しながら、ロウドはヤトを振り返る。
しかし、その碧の瞳もまた、ヤトへの強い怒りを湛えていた。
「ロウド様――――」
『ヤト……人間の王よ。私はお前を見損なった。』
口を開きかけたヤトを遮り、ロウドはそう告げる。
ヤトの肩がビクリと震えた。
碧の竜は、言葉を続ける。
『お前はもっと、物事のわかった男だと思っていた。取るに足らぬ人間ではあるものの、自分の言葉をきちんと考えて話せる男だと。……お前は、我らがどうしてここまで激しているのか、理由がわかるか?』
「……それは、私がアキを人間の国に連れて行こうとしているから――――」
『違う。それだけではない。……我らが怒るのは、お前がアキコを酷く苦しめようとしているからだ。』
ヤトは大きく息を呑む。
翠子は、目を見開いた。
苦りきった顔で、ロウドは言葉を続ける。
『ヤト、お前は人間だ。どんなに抗っても、お前は確実にアキコより先に逝く。お前が死ぬまでの時間をアキコと共に過ごしたいと望む事は、すなわち彼女にお前の死を“見せる”事だ。……お前は何より辛い悲しみを彼女に与えることになる。』
竜にとって人間の一生など短い間だ。
とはいえ、それは己の一生と比べた際の相対的な感覚であり、絶対的な時の長さは変わらない。
一秒は一秒で、一年は一年だ。
翠子とヤトが、共に過ごす何十年かの時間。
界渡りの寿命から見ればほんの一瞬のその時間は、それでも2人にとって同じ重さで流れる刹那の連続となる。
――――いつか、必ず自分をおいて先に逝く相手と過ごす、限られた時間。
否……同じではない。
それはヤトよりも、翠子にとって、より重い時間となるだろう。
互いの想いが募らぬはずはなく、その時間が楽しく温かなものであればあるほど、その後にくる別れは、耐え難いものとなる。
『我らは本心では、この後お前とアキコが稀に会うことでさえ、できるだけ阻止したいと思っていた。……これ以上、アキコにお前との思い出を作らせたくない。遠からず訪れるお前の“死”が、アキコにもたらす悲しみを、少しでも和らげられるように――――』
それは、長い時を生きる竜ゆえに思うことかもしれなかった。
竜とて竜のみで生きているわけではない。この竜の国にも他の獣や小動物は普通に生息している。
そのどの生き物よりも、長生きな竜。
心に留めた小さな生き物が、彼らにとってはあっというような間に、生きて死に逝く姿を、彼らは嫌というほど見てきている。
『――――当たり前に側にいた存在が、ある時より永遠に喪われ、二度と触れ合うことも話すこともできなくなる、悲しみ。それを、お前も知っているだろう?突然に家族を奪われたお前には、その気持ちがよくわかるはずだ。……何百年何千年という長い生を、我らはその喪失感を抱えて生きていく。我らは優秀だからな、喜びも悲しみも忘れることが苦手なのだ。……喜びが強ければ強いほど、悲しみも比例して深くなる。』
ロウドは、静かにそう言った。
翠子の胸が、ギュッと締め付けられる。
『しかも、アキコの寿命は、我らより長いという。――――ヤト、アキコの悲しみをこれ以上深くするな。お前が我ら同様アキコを想うのならば、今はこのまま引いてくれ。』
ロウドが長い首をヤトの前で垂れる。
気位の高い竜が、彼らにとっては虫けら同然の人間の前に頭を下げる。
その姿に、誰もが息を呑んだ!




