File.EX -side:ゆう-「友(ゆう)情の代償」
本作は単体でもお読みいただけますが、全3部作の第2作目となります。
1作目となる『群青の嘘 ~港の廃屋と消えた少女~』の世界観を知ってから触れていただくと、より深く楽しんでいただけるはずです。
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氷雨先輩が亡くなり、その直後には佐野先輩までが屋上から落ちて亡くなった。
学校中では「仲間の死を苦にした悲しき後追い自殺」ということになっている。
たしかに、それもありうるのかもしれない。でも、佐野先輩は氷雨先輩のためにも「今年こそ全国に行くんだ」と誰よりも熱く奮闘していたはずだ。
あんなに前向きだった先輩が、突然自殺なんてするだろうか?
私の中では、決して答えの出ることのない黒い疑問が、まるで澱のようにずっと渦巻いていた。
◇
放課後、私は重い足取りで帰ろうと昇降口を出て、自転車を押しながら学校の裏門に向かった。そのとき、校舎の裏手に、小さな影——あいかの姿を見つけた。
あいかも、相次ぐ先輩たちの死で相当ショックを受けているはずだ。様子がおかしくないか、声をかけてあげよう。
そう思って近づきかけたところで、私は思わず足を止めた。あいかは誰かと話しているみたいだった。
「ねえ……みーたん。どうしよう……佐野先輩までいなくなっちゃった……。わたし、怖いよ……。どうしてこんなことになっちゃったんだろう……」
校舎の片隅の陰で、気弱な涙をぽろぽろと浮かべながら、あいかは自分のスクールバッグにしがみつくように、ぶつぶつと呟いていた。
「あいか……?」
私は思わず声を漏らした。その声に驚いたように、あいかが肩をびくりと震わせて振り返る。
「……ゆうちゃん。どうしたの?」
「ううん、部活もないし、今から帰ろうかと思って……ねえ、あいか、さっきから誰と話してたの?」
「え? みーたんとだよ」
あぁ、なるほど。そういうことか。
最近ネットや本で見たことがある。強いストレスや孤独から逃れるために、脳内で空想の友人を作り出す「イマジナリーフレンド」というやつだ。きっと、あいかも今回の相次ぐ事件のショックで、心がそれほどまでに弱り切っているのだ。
「それって……そのバッグにつけてる、ただのぬいぐるみでしょ? あいか、さっきからずっと一人でブツブツと会話してて……それって、もしかしてネットでよく言う……」
私は明らかな戸惑いと、得体の知れないものを見るような目を、無意識にあいかに向けてしまっていた。
「違う! みーたんは本当にいるの!! わたしを守ってくれる、一番の大切な存在なの!」
私の言葉に反応するように、あいかは思わず声を荒らげ、ムッとした強い口調で食い下がるように否定した。
「あいか……それは、ショックで現実から目をそらしているだけだよ……。氷雨先輩や佐野先輩にあんなことになって、あいかも精神的に追い詰められているんだよ。お願いだから、正気になって、あいか……!」
私の必死の訴えに、あいかは一瞬、ハッとしたような顔をした。
「そっか……そうだよね、ごめんね……ゆうちゃん」
よかった。ちゃんと私の言葉が届いたんだ。
まだショックは深いだろうけれど、あいかはまだ大丈夫だ。一人にしておくのは心配だから、あとでつみきにも相談しよう。そう胸をなでおろした。
「え……? うん、じゃあ、また明日ね」
「うん……じゃあね、ゆうちゃん。また明日、学校でね」
その時のあいかの笑顔は、どこか奇妙にぎこちなかったけれど、私は深く疑うこともなくその場を離れた。
◇
夕闇が急速に迫り、空が不気味な紫色に染まり始める下校時。
警報機も遮断機もない、住宅街の小さな踏切の前で、私は自転車を止め、すぐ目の前をこれから通り過ぎる電車の通過を待っていた。ガタゴトと重い鉄の音が線路から響き、遮断棒のない空間に冷たい夜風が吹き抜ける。
ちょっと前まであんなに楽しかったのに、最近なんだか憂鬱になる。
ダメダメ! 気をしっかり持たないと。
気合を入れなおす私の背中に、足音もなく忍び寄る影があった。
「バイバイ、ゆうちゃん」
「えっ???」
耳元で低く囁かれた直後、私はあいかに力任せに、全体重を乗せて強く突き飛ばされた。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁッ——!!」
目の前には、減速が間に合わないことに抗うかのような「ギーーーーーーッ」という悲鳴のような金属音を上げ、しかしどうすることもできずに迫りくる黄色いライト。それが、悲しげにこちらを見つめていた。
◇
気がつくと、私は冷たく白い集中治療室のベッドに寝かされていた。
全身が包帯まみれで、数え切れないほどのチューブや人工呼吸器の管に繋がれている。指一本、動かすことすらできない。
——なんで? どうして私がこんなところに……?
そうだ、あいかちゃんに突き飛ばされて……。
ガチャリ、と重い扉が開き、看護師の案内で、あいかとつみきちゃんがゆっくりとベッドの脇に歩み寄ってきた。
私の濁った視線が、まっすぐにあいかを捉える。
喉から「ヒッ……ヒッ……、ぁ……ぁ……」と、血を吐くような掠れた恐怖の声を鳴らし、私は酸素マスクの奥で、恐怖に歪んだ口元をガタガタと激しく震わせた。
私の目は、言葉はなくとも確かに訴えていた。
——あなたが私を押したんでしょ。あなたが、あの化け物なんだって……!
「ゆうちゃん、大丈夫……? 痛いよね、苦しいよね……。わたしだよ、あいかだよ……」
あいかは何も知らぬげな、ただただ悲しそうな顔をして、私の冷たい手に触れようとそっと手を伸ばしてきた。
ちがう。触らないで……!
今度こそ、殺される——!!
私は極限の恐怖に正気を失い、跳ね上がる心拍数を抑えられなくなった。その瞬間、枕元の心電図モニターが、耳障りな警告音をけたたましく、連続して鳴り響かせた。
「患者さんの容体が急変しました! お友達はすぐに外へ出てください!」
医師や看護師たちが、血相を変えて病室へと飛び込んできた。
あいか? いや、あれは一体誰なの……?
あんなの、私の知っているあいかじゃない! 私は、あいかの姿をした、何者かの底知れぬ悪意に魅入られてしまったの……?
イマジナリーフレンドなんかじゃなかった。あいつは本物の……!
もう、私には何もできない……。
◇
その日の深夜。
意識の底で、奇妙な夢を見た。
あいかちゃんと、つみきちゃんと、私。その楽しかったはずの日常の背後に、すべてを呑み込むような真っ黒な何かが佇んでいる。
その真っ黒な何者は、私を見つめて、ねっとりと不気味に笑った。
私は現実に戻ることなく、そのまま二度と目覚めることのない永遠の眠りについたのだった。
ひっそりと、誰にも救われることなく。
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