File.EX -side:きゆ-「友を想う杞憂(きゆ)」
本作は単体でもお読みいただけますが、全3部作の第2作目となります。
1作目となる『群青の嘘 ~港の廃屋と消えた少女~』の世界観を知ってから触れていただくと、より深く楽しんでいただけるはずです。
▼『群青の嘘』はこちらから
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わたしが教室の整理を終え、静まり返った廊下を歩いていると、生徒玄関の方かられいが通り過ぎていくのが見えた。
「あっ、れい、もう帰るんだ。わたしもあとで追いかけよっと」
そう思いながら片付けをしていたが、れいが校門を抜けるタイミングで、なぜか1年生のあいかちゃんがスッとれいに近寄っていくのが見えた。
二人が何か言葉を交わしたかと思うと、次の瞬間、れいとあいかちゃんは連れ添うように、駅とは逆の方向へ歩いていった。
——それが、わたしがれいの生きた姿を見た最後だった。
◇
その日から、れいは忽然と姿を消した。
彼女は吹奏楽部で一番の親友であり、何でも話し合ってきたわたしに、何の連絡もなしでいなくなるなんて絶対にありえない。スマホから何度もLINEを送っても、既読すらつかない。
何か、とてつもない事件に巻き込まれたのでは——?
わたしの胸の中に、言いようのないゾワリとした不安の波が走り抜ける。
(きっと、吹奏楽のフルートの件であいかちゃんが相談しただけだよね。失踪なんて、関係ないはず……)
頭ではそう自分に言い聞かせながらも、あいかちゃんに対する疑念の澱は、日に日に黒く深まるばかりだった。
だめだ、こんな風に後輩を疑うなんて……。でも、もう耐えられない。本人に直接、聞いてみるしかない。
放課後、わたしは意を決してあいかちゃんに声をかけた。
「ちょっといい?」
「……はい。先輩、なんですか?」
「……ここでは話しにくいことだから、音楽準備室に移動しよう」
わたしたちは誰もいない音楽準備室へと足を踏み入れた。
「あの日……れいがいなくなる前の日、あいかちゃん、れいと一緒にいたでしょ? 私、校舎の三階の窓から見てたの。あの時、二人で校門を出てどこかへ歩いていくところを、ハッキリと見たのよ……! 本当は、何か知っているんじゃないの?」
焦りと不安から、わたしの声はどうしてもきついトーンになってしまった。
「えっ……! で、でも、わたしはあの日、神谷みそら先生に楽譜の質問をして、それから一人で帰りました! 氷雨先輩とは、会っていません……!」
嘘だ……わたしは二人で連れ立って歩いていくのを、この目で間違いなく見たというのに。何かを隠している。何のために……?
「……そう。何か、私に話す気になったら……いつでも声をかけて。警察に行く前にね」
少しでも揺さぶりをかけられればと、そんな言葉を投げかけて音楽準備室を後にした。本当は、こんな疑いなんて持たずに、ただ無事にれいが戻ってきてほしかっただけなのに。
◇
家に帰ると、母が慌てた様子でリビングからわたしを呼んだ。
「きゆ、ちょっとテレビを見て……!」
リビングのテレビ画面に目を向けると、そこには見覚えのある顔——れいの制服姿の写真が大きく映し出されていた。
アナウンサーの淡々とした声が、残酷な現実を部屋に響かせる。
『昨夜遅く、近郊の港の防波堤付近で、行方不明となっていた高校3年生の女子生徒が遺体で発見されました。司法解剖の結果、死因は溺死と判別され……』
嘘だ、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ——ッ!!!!!
そんなはずない。れいは明日にでも、けろっとした顔で学校に戻ってきて、「ごめんね、連絡できなくてさ」といつものように笑いかけてくれるはずだ。死んでなんかない、信じない! 信じたくなんかない……!
数日後、わたしは現実を突きつけられるように、れいの通夜に参列することになった。
黒い喪服に身を包み、まるですべての音が吸い取られたような重苦しい空気が漂う斎場。祭壇の遺影の中で、れいは相変わらずのすまし顔で、優しい微笑みを浮かべていた。
式の最中、れいのお母さんが現実を受け止めきれずに泣き崩れ、お父さんが真っ白な顔でうなだれている姿が目に入り、胸が締め付けられるように痛んだ。痛くて、たまらなかった。
——あいか。
どうして、あの子はあんな冷めた顔でこの場にいられるの? れいがあんなことになったのに、どうして平然としていられるの……?
許せない。そんな感情が、どす黒く胸の底から湧き上がってきた。
◇
翌日。学校の昇降口で、あいかから「……きゆ先輩、おはようございます」と声をかけられた。
けれど、今のわたしにはとてもその挨拶を返す気になれなかった。
あなたは何を考えているの? なんで私に本当のことを言ってくれないの? そんな疑念と憎悪が、頭の中をぐるぐると駆け巡る。
(あの時わたしが見たのは、本当にあいかちゃんだったの……? もしかしたら、本当にあいかちゃんはみそら先生に話をしていて、わたしが見間違えただけで誰か別人だったんじゃ……?)
わたしは自分の見たものに自信がなくなってきた。
少し離れた場所で、心配してくれた友人に「あの子にひどいことを言っちゃったんだけど、どんな顔して挨拶すればいいかわからない……」そしてその後「でも……あの子は何か隠している気もしていて……」と漏らしかけたが、証拠もないのに疑うなんて最低だと思い直し、言葉を飲み込んだ。
◇
放課後、自分の下足箱を開けると、一枚の小さなメモ用紙が滑り落ちてきた。
『話したいことがあります』
殴り書きの字ではあるけれど、間違いなくあいかちゃんの字だった。
やっぱりそうだったんだ——やっと、話す気になったのね。一体、あの子は何を隠しているの……?
わたしは指定された屋上へと足を運び、あいかと向き合った。
「……話って何、叶芽さん」
「実は……私、あの日、氷雨先輩と港に行ったんです」
「えっ……!? 港……? 一体、そこで何があったの……?」
「何がって……氷雨先輩を、あの海の底に突き落としたんですよ。だって氷雨先輩、あまりにしつこくてうざいじゃないですか。私の邪魔ばかりしてくるんだもの。だから、いなくなってもらったんです。そしたら、すっきりしましたよ」
冷たく、あまりにも無機質な声で、あいかは信じられない言葉を紡いだ。
「な……ッ! 何を言っているの……!? あなた、自分が今、何を口走っているのか分かっているの……っ!?」
「どうしてそんなに驚くんですか? 氷雨先輩なんて、私は何をやっても……テストで上位を取るし、一年生なのにソロパートだって綺麗に吹けちゃうから、きっと私に嫉妬していたんですよ。佐野先輩も、氷雨先輩と仲良くしてたし、私のことが面白くなかったんでしょ? 私を犯人扱いして、ねちっこく追い詰めて……そんなの、許されるわけないじゃないですか」
「違う! れいはそんな子じゃない!! 私だって、あなたを不当に追い詰めるつもりなんて……ただ、れいの死の本当の理由を知りたかっただけなのに……っ!」
わたしは声を荒らげ、悔しさと怒りで、ぎゅっと両拳を強く握りしめた。その目からは、ポロポロととめどなく大粒の涙が零れ落ちていく。
「あの子は誰よりも真面目で、音楽に対して誠実で、部員みんなのことをいつも考えてた……! あんたに……あんたに、れいの何が分かるっていうのよ……!! 氷雨を殺したお前なんて……許さない……! 絶対に、許さないから……っ!」
この子はわたしの大切な親友の未来も希望も奪い去った怪物だ。許さない。そう思った矢先——。
あいかの口元が、ぞっとするような歪んだ笑みを形作った。
「やっ……やめて! こっちに近寄らないで……! 来ないでーーっ!!」
わたしは恐怖に支配され、悲鳴を上げながら背を向け、屋上の扉へと走り出そうとしたが、もう遅かった。何もかも、手遅れだった。
彼女はためらうことなく両手を思いきり伸ばし、錆びついたフェンスの隙間から、全身全霊の力を込めてわたしを力任せに突き飛ばした。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁッ——!!」
「……バイバイ、佐野先輩」
わたしが最後に見たのは、あいかちゃんの不気味に歪んだあの笑顔。
——あれは、あいかちゃんじゃない。れいがずっと気にしていた何かに取り憑かれた、何か別の化け物だったんだ。
きっと、れいもあいつに……。
ごめんね、れい。わたしも、すぐそっちに行くから。
ゆう、つみき、どうか気づいて。あいかちゃんを……あの子を、あの化け物から助けてあげて……!
冷たい風に包まれながら、わたしはそのまま、大好きな親友のそばへと堕ちていった。
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