episode.12 「倒壊する友情」
本作は単体でもお読みいただけますが、全3部作の第2作目となります。
1作目となる『群青の嘘 ~港の廃屋と消えた少女~』の世界観を知ってから触れていただくと、より深く楽しんでいただけるはずです。
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ゆうちゃんの通夜が終わった翌日。
放課後の図書室は、不気味なほど静まり返っていた。外の喧騒はまるで別の世界の出来事のように遮断され、利用者の姿はどこにもない。奥の大型書架の影、誰の目も届かない隠れ家のようなスペースには、わたしとつみきのふたりだけが取り残されていた。
「あいかちゃん……話って何? そんなに青い顔をして……」
つみきが心配そうに、曇りのないまっすぐな瞳でわたしを見つめる。その体温を感じさせる温もりと、友人としての純粋な優しさが向けられた瞬間、わたしの中で張り詰めていた細い糸が、音を立ててプツリと切れた。
「つ、つみき……! どうしよう……! わたし、どうしたらいいの……ッ!?」
「え……?」
「みーたんだよ……! みーたんが……みーたんが、みんなを消してるのかもしれないの……!」
わたしは震える手でスクールバッグのチャックを開け、あのぬいぐるみの「みーたん」を取り出し、つみきの前に無理やり突き出した。
「わたしね、氷雨先輩のことも、佐野先輩のことも……『嫌だな、いなくなればいいのに』って思っちゃったの! ゆうちゃんも、みーたんを『イマジナリーフレンド』だってバカにしたから……! 全部、みーたんがわたしの願いを叶えて消しちゃったんだよ……ッ!」
涙をぽろぽろと溢れさせながら、すがるように必死で訴えるわたしを、つみきは悲しそうな、そして痛々しいものを哀れむような目で見つめていた。
「——あいかちゃん。正気になって」
つみきはわたしの両肩を痛いほど強く掴み、真剣で、あまりにも真っ直ぐな眼差しで見つめえ返してきた。
「みーたんは……ただのぬいぐるみだよ。ぬいぐるみに人を殺す力なんて、あるわけないじゃない……! 連日の事件でショックを受けて、頭が混乱してるんだよ。辛いのは分かるけど……現実を見て、あいかちゃん!」
優しく、あまりにも優しく、けれどわたしのすべてを徹底的に否定する残酷な正論。
その言葉を聞いた瞬間、わたしの中の何かが完全に、二度と戻らない音を立てて砕け散った。
「……なんで?」
「え……?」
「なんでつみきまで、そんなこと言うの……? わたし、本当のことを言っているのに……! 一番の親友なのに……なんで信じてくれないの……!?」
「信じるとかそういう問題じゃなくて——」
「もういい!! つみきなんて、大嫌い!!」
堰を切ったように感情が爆発したわたしは、理性のタガを完全に外して、目の前にある巨大で重厚な木製の本棚へとつかみかかった。
「きゃっ、あいかちゃん、何をするの……!?」
「いなくなってよ! みんな、みんな消えちゃえばいいんだ——っ!!」
狂ったような力で本棚を強く押し倒すと、ギシャァァァンッ!!という耳をつんざくような激しい音と共に、数え切れないほどの重い専門書が雪崩を打って崩れ落ちた。
「きゃあぁぁぁぁッ——!?」「……ッ、がはっ……!」
逃げる間もなく、押し倒された巨大な本棚がつみきの体の上に、全体重を乗せて重く覆いかぶさる。
鈍い衝撃音の直後、本棚の隙間から大量の分厚い本と、ドス黒い赤色の液体が、床へと静かに、けれど確実に広がり出していった。
(……わたし……いま、何を……?)
目の前の凄まじい光景に、頭を鈍器で殴られたような強烈な衝撃が駆け抜けた。さっきまで頭を支配していた狂気が嘘のようにスッと引き、一気に地獄のような現実へと引き戻される。わたしの手は、親友の血で赤く染まっていた——。
◇
激しい暴風が去った後のような不気味な静寂の中、倒れた本棚の隙間から、赤い血がじわじわと床に染みを作っていく。
通りかかった生徒の悲鳴。駆けつけてくる大人たちの地響きのような足音。
「おい、しっかりしろ! 棚を持ち上げるぞ!!」
大人数人がかりで必死に重い本棚を持ち上げる。けれど、隙間から見えたつみきの首は不自然な角度に折れ曲がり、その瞳からは光が完全に失われていた。もう息をしていないのは、一目で分かった。
混乱とパニックの渦の中、わたしは先生たちに背中を押されるようにして、図書室の外へと締め出された。
自分の手を見ると、爪が割れて生々しい血が滲んでいた。……けれど、不思議と何の痛みも感じない。感覚だけが、どこか遠いもののように麻痺していた。
病院へ搬送された後も、わたしは目の前で何が起こったのかを全く理解できずにいた。
「あいかちゃん! あいかちゃん、しっかりして……!」
処置室のベッドでぼんやりと冷たい天井を見つめていると、泣き叫びながら、顔を真っ青にしたママが駆け込んできた。
「お母さん、落ち着いてください。お友達を目の前で亡くされたショックで、解離性ショック反応を起こしています……」
ちがう……! ちがう、そうじゃない……!
わたしはショックで頭がおかしくなったんじゃない。わたしが……わたしが、つみきを自分の手で殺したんだ……!
声を出そうとしても、喉が固まってかすかな擦れ音しか出ない。
わたしはそのまま、精神保護も含めて、しばらく病院に入院することになった。
◇
数週間後。
退院したわたしは、静まり返った学校へと久しぶりに復帰した。
教室の扉をガラリと開けると、あんなに騒がしかったクラスの空気が、一瞬で凍りついたように静まり返った。誰もがわたしの方を見つめ、そしてすぐに目を逸らす。
自分の席に着くと、クラスメイトや先生たちが、まるで触れてはいけない壊れ物を見るような、残酷なほど優しい眼差しでわたしに接してくる。
「あいかちゃん、無理しなくていいからね」
「辛くなったら、いつでも早退していいのよ」
吹奏楽部の先輩ふたり、そして大切な親友ふたりを一度に失った、あまりにも哀れで可哀想な少女。
世間も、学校も、大人たちも、みんなわたしを「悲劇の被害者」として扱ってくれる。誰もわたしを疑わない。
違う! 違うの! 誰も何も分かってない……!
被害者なんかじゃない……ぜんぶ、わたしの中のもう一人の私が仕組んだことなの……ッ!!
狂いそうになる頭を抱え、誰もいない夕方の教室で、わたしはスクールバッグを指が白くなるほど強く握りしめた。
すると、バッグの横から、鈴を転がすような甘く冷たい声が脳裏に優しく響いた。
『いいじゃない。みーたんをバカにする嫌な奴は、みーんな話を聞かずに消えてくれたよ。これで邪魔者は誰もいない。あいかは幸せでしょ?』
「あ……あぁ……っ……」
みーたんは、ただのぬいぐるみだ。
あんなものに意思なんてない。声すら出していない。わたしを操り、みんなを次々と手にかけたのは……他でもない、この私自身なのだから。
けれど、わたしの中から生まれてしまったこの忌まわしい偶像から、わたしはもう二度と逃げることができない。
わたしはこれからも、自分の中の冷酷な偶像の言う通りにしか、生きることができないのだ。
ぽろぽろととめどなく零れ落ちる涙が、誰もいない冷たい机を濡らしていく。
(……そうだよね、みーたん)
わたしは永遠に終わらない絶望の暗闇の中で、誰にも届かない声で、静かに呟いた。
……もう、わたしなんかいなくなればいいのに——。
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