episode.11「踏切の沈黙」
本作は単体でもお読みいただけますが、全3部作の第2作目となります。
1作目となる『群青の嘘 ~港の廃屋と消えた少女~』の世界観を知ってから触れていただくと、より深く楽しんでいただけるはずです。
▼『群青の嘘』はこちらから
https://ncode.syosetu.com/n5968mp/
それから数日後。相次ぐ生徒の死によって部活動の無期限停止が続くなか、登校日の放課後に、わたしは誰もいない校舎の裏で、スクールバッグにつけたみーたんにそっと話しかけていた。周囲には誰もいない、静かな空間だった。
「ねえ……みーたん。どうしよう……佐野先輩までいなくなっちゃった……。わたし、怖いよ……。どうしてこんなことになっちゃったんだろう……」
校舎の片隅で気弱な涙を浮かべながら、わたしは自分のバッグにしがみつくように呟いた。
その時だった。
「あいか……?」
不意に背後から声をかけられ、びくりと心臓が跳ね上がった。わたしは慌てて涙を拭い、振り返る。そこには、心配そうな顔をしたゆうちゃんが立っていた。彼女は自転車を押しながら、怪訝そうな目をわたしに向けている。
「……ゆうちゃん。どうしたの?」
「ううん、部活もないし今から帰ろうかと思って……。ねえ、あいか、さっきから誰と話してたの?」
「え? みーたんとだよ」
「それ……ただのぬいぐるみでしょ? あいか、さっきからずっと一人でブツブツと会話してて……それって、もしかして……ネットでよく言う、イマジナリーフレンドってやつ?」
ゆうちゃんの声には、単なる好奇心だけでなく、明らかな戸惑いと、得体の知れないものを見るような恐怖の色が混じっていた。
「違う! みーたんは本当にいるの!! わたしを守ってくれる、一番大切な存在なの!」
わたしは思わず声を荒らげ、強烈な拒絶を込めた口調で否定した。けれど、ゆうちゃんは一歩後ずさり、引きつった笑みを浮かべた。
「あいか……それは、ショックで現実から目をそらしているだけだよ……。氷雨先輩や佐野先輩にあんなことがあって、あいかも精神的に追い詰められているんだよ。お願いだから、正気になって、あいか……!」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥からマグマのようにドス黒い怒りがふつふつと湧き上がってきた。
親友だと思っていたゆうちゃんまでが、わたしを頭がおかしい病人扱いする。わたしを否定し、わたしからみーたんを奪おうとする。
(なんで……なんで誰も、わたしのことを分かってくれないの……?)
『そうだよね。ゆうちゃんも、私たちの邪魔をするんだね。あんな奴、いなくなっちゃえばいいのに』
脳裏で、みーたんの鈴を転がすような、冷たく甘ったるい声が直接思考に響いた。
その声を聞いた瞬間、頭の奥で硬質な『カチリ』という音がして、世界が一瞬で冷たい青色へと塗り替わる。すうっと視界からすべての熱が引き、わたしは引きつった、ぞっとするような冷酷な笑みを浮かべた。
「そっか……そうだよね、ごめんね……ゆうちゃん」
「え……? そう? じゃあ、また明日ね」
わたしの纏う異様な雰囲気に圧倒されたのか、ゆうちゃんは少しほっとしたような、しかしどこか怯えた表情を浮かべた。
「じゃあね、ゆうちゃん。また明日、学校でね」
「う、うん……じゃあね」
ゆうちゃんは気まずそうに自転車のハンドルを握り、逃げるようにその場を足早に去っていった。
わたしはその小さな背中を、音もなく静かに追いかけた。
◇
夕闇が急速に迫り、空が不気味な紫色に染まり始める下校時。
警報機も遮断機もない、住宅街の小さな踏切の前で、ゆうちゃんは自転車を止め、すぐ目の前をこれから通り過ぎる電車の通過を待っていた。ガタゴトと線路が鳴り、遮断棒のない空間に冷たい風が吹き抜ける。
背後から、わたしは足音を完全に消して、音もなくそっと彼女に近づいた。
目の前を走る電車の眩しいヘッドライトが視界を白く染め上げ、耳をつんざくような激しい走行音と金属音が、周囲の音をすべて綺麗に掻き消していく。今なら、どんなに大きな悲鳴を上げても、誰にも聞こえない。
(バイバイ、ゆうちゃん。あなたも、わたしを邪魔するからいけないんだよ)
わたしは一切の迷いなく両手を思いきり伸ばし、無防備に自転車を押して立っていたゆうちゃんの背中を、全体重を乗せて力任せに強く突き飛ばした。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁッ——!!」
轟音の中にかき消されながらも、引き裂かれるような悲鳴が響き、彼女の身体は線路の内側へと崩れ落ちた。直後、凄まじい衝撃と金属の摩擦音が夜の住宅街を切り裂いた。
◇
「あいかちゃん、しっかりして……! 私がついてるから……!」
病院の冷たい白亜の廊下で、つみきがわたしの両肩をしっかりと抱きしめて、震える身体を支えてくれていた。
警察からの突然の連絡で、ゆうちゃんが踏切で電車にはねられたと知らされ、わたしとつみきは血相を変えて夜の病院へ駆けつけたのだ。
集中治療室のガラス窓の向こう、ベッドに横たわるゆうちゃんは、もはや元の面影すらないほど痛々しい包帯まみれで、数え切れないほどのチューブや人工呼吸器の管に繋がれていた。お医者さんの話では、奇跡的に一命は取り留めたものの、全身の多発骨折と酷い脳挫傷により、今は声を出すことも、指一本動かすこともできない絶望的な状態だった。
「まだ状況は安定していないので、面会は短時間でお願いします」
看護師の案内で、わたしとつみきはゆっくりとベッドの脇にそっと歩み寄った。
その時だった——。
ぐったりと眠っているはずのゆうちゃんの閉ざされていた目が、不意に、かっと大きく見開かれた。
彼女の視線がまっすぐにわたしを捉える。
喉から「ヒッ……ヒッ……、ぁ……ぁ……」と、血を吐くような掠れた恐怖の声を鳴らし、酸素マスクの奥で、恐怖に歪んだ口元をガタガタと激しく震わせている。その目は、「あなたが私を押した」「あなたが化け物だ」と、言葉にできない絶絶叫をあげていた。
「ゆうちゃん、大丈夫……? 痛いよね、苦しいよね……。わたしだよ、あいかだよ……」
わたしは何も知らず、ただ泣きそうな顔で、その冷たそうな手に触れようと手を伸ばした。
だがその瞬間、ゆうちゃんは正気を失ったように心拍数を急上昇させ、枕元の心電図モニターが耳障りな警告音をけたたましく、連続して鳴らし始めた。
「患者さんの容体が急変しました! お友達はすぐに外へ出てください!」
医師や看護師たちが慌てて飛び込んで構え、わたしたちは集中治療室の外へと押し出された。
つみきは両手で顔を覆い、「ゆうちゃん……あんなに怯えてた……私を見て、何かを伝えようとして……痛くて怖かったんだよね……」と、廊下の床に崩れ落ちてとめどなく涙を流していた。
『ふふ、喋れなくて良かったね、あいかちゃん。あんな風に余計なことを言いかけようなんて、愚かだったね。これで私たちを疑う人間は、もうこの学校には誰もいなくなったよ』
つみきの背後で、わたしのスクールバッグの横にしがみつくように、みーたんが満足したように、くすくすと不気味に揺れていた。
その日の深夜。
静まり返った病院から一本の緊急連絡が入り、一命を取り留めたはずのゆうちゃんは、そのまま二度と目覚めることなく、ひっそりと息を引き取ったのだった。
他にも、以下の作品を執筆・連載中です。もしよろしければ、こちらも覗いてみてくださいね!
少女たちに迫る悪夢。青春群像ホラー『群青の嘘 ~港の廃屋と消えた少女~』
▼『群青の嘘』はこちらから
https://ncode.syosetu.com/n5968mp/
1分で読めるショートホラー『隙間奇談 ~日常の「すきま」に潜む、奇妙な短編集~』
▼『隙間奇談』はこちらから
https://ncode.syosetu.com/n5264mo/
二人の不器用なすれ違いの淡い恋『すれ違う思い、重なる夏の記憶 』
▼『すれ違う思い、重なる夏の記憶』はこちらから
https://ncode.syosetu.com/n0281mr/
「面白かった!」「続きが気になる!」「応援したい!」と思っていただけましたら、【ブックマーク登録】や【評価(⭐⭐⭐⭐⭐)】を押していただけると、執筆のモチベーションがものすごく跳ね上がります……!




