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海冥の檻〜偶像(かみさま)の言う通り~  作者: 空気人形


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episode.10「歪んだオルゴール」

本作は単体でもお読みいただけますが、全3部作の第2作目となります。

1作目となる『群青の嘘 ~港の廃屋と消えた少女~』の世界観を知ってから触れていただくと、より深く楽しんでいただけるはずです。


▼『群青の嘘』はこちらから

https://ncode.syosetu.com/n5968mp/

「キャーッ!!」「誰かが屋上から落ちたぞ!!」


悲鳴と絶叫が、血のように赤く染まった夕暮れの校庭に、痛ましいほど容赦なく響き渡る。

茜色の空を切り裂くように響いたその声は、瞬く間に校舎全体を飲み込み、異様な熱を帯びた混乱へと変えていった。昇降口から校庭へ向かって走り出す生徒たちの足音が、ドタバタと地響きのように床を叩く。


わたしは二階の廊下から、眼下の惨状をただ一瞥した。

そこに転がっているのは、ついさっきまでわたしを冷たい目で睨みつけ、「お前が何か隠しているんだろう」と追及してきた佐野先輩の身体だ。

だが、わたしの胸の内には驚きも、恐怖も、そして罪悪感すらも——何の感情も湧き上がらなかった。ただ冷めきった足取りで、何事もなかったかのように平然と自分の教室へと戻り、誰一人いない静まり返った空間で、自分の席に静かに腰掛けた。


わたしが教室に戻った直後、学校中はまるで蜂の巣をつついたような、いや、それ以上の凄まじい大パニックに包まれた。

廊下を走り回る教師たちの切迫した足音。生徒たちの混乱した怒号と、恐怖に引きつった泣き叫ぶ声。「嘘でしょ?」「信じられない」「誰か先生呼んで!」——そんな乱反射する絶叫が壁を伝い、わたしの耳を通り過ぎていく。


そして、窓の外でけたたましく鳴り響く救急車のサイレンの音が、赤色灯の光とともに、夕闇に沈む教室の窓ガラスを激しくビリビリと揺らしていた。

サイレンの赤と青の光が教室の壁を忙しなく撫で回し、まるでわたしを嘲笑うかのように明滅を繰り返す。けれど、わたしは窓の外の喧騒を他人事のように眺めながら、自分の机の木目を指先で撫でていた。


やがて、救急隊員によって佐野先輩のぐったりとした体が担架に乗せられ、慌ただしく病院へと搬送されていった。

けれど、あんな校舎の屋上からコンクリートの地面へと叩きつけられて、その命が助かるはずもなかった。彼女の身体は致命的なダメージを受けており、懸命な手当ての甲斐もなく、搬送先の病院でそのまま死亡が確認された。


◇


翌日以降、学校中が底知れぬ恐怖と異様な沈黙の底に沈んだ。

前回の氷雨先輩の件に続き、またしても生徒が命を落とすという異常事態。学校の空気は凍りつき、誰もが互いの顔色を窺い、ひそひそと怯えた声で噂話を交わすようになった。

警察による現場検証や、生徒・教師への過酷な聞き取り調査が連日行われた。刑事たちは鋭い目を光らせ、わたしに対しても何度も冷徹な尋問を繰り返した。けれど、遺書や他殺の明確な物証は何一つ見つからなかった。


それも当然だ。最初から、そんなもの残すはずがないのだから。

彼女が持っていたはずの疑念の証拠も、わたしが彼女に渡したメモも、すべてあの時、わたしが佐野先輩の手から奪い取り、細かく引き裂いてトイレの奥底へと流してしまったのだから。残るはずがない。残せるわけがなかった。


警察も、学校側も、そして怯えきった生徒たちも——誰もが都合の良いようにこう結論づけた。

「氷雨先輩が亡くなってからずっと塞ぎ込んで泣いていたこと」「直前まで先輩の死を深く気に病んで精神的に追い詰められていた様子だったこと」、そして「誰もいない屋上から自ら身を投げた状況証拠」から、これは紛れもない「連続して起きた、仲間の死を苦にした悲しき後追い自殺」なのだと。


大人は愚かだ。自分たちの理解できる枠組みの中にすべてを当てはめなければ安心できないらしい。

誰も、わたしがあの時屋上にいて、自分の手で彼女を冷酷に突き落としたなんて、これっぽっちも疑いもしない。わたしの作り上げた「おとなしく悲しみに暮れる後輩」という仮面を、疑うことなく信じきっている。


——なんて愚かな大人たちだろう。

——なんて哀れで、滑稽な先輩たちだろう。


わたしを疑ったり、わたしの平穏な日常を脅かしたり、わたしの邪魔をしようとするから、こんな目に遭うんだ。

すべては自業自得というやつだ。わたしには何の責任もない。悪いのは、わたしを疑ってわたしを追い詰めたあいつらなのだから。自ら墓穴を掘って、勝手に落ちていっただけの話だ。わたしの可愛い日常を守るためには、排除しなければならない障壁にすぎなかった。


◇


放課後、重い足取りを装いながらも、わたしの心は奇妙なほど軽かった。

誰もいない自分の部屋のベッドに腰掛け、足元に転がっていたスクールバッグをそっと手に取った。

そのチャックの脇で、小さなクマのぬいぐるみ——「みーたん」が、夕闇の迫る暗がりの中で不気味に、どこか満足げな笑みを浮かべるように、ゆらゆらと揺れていた。

その姿を見ていると、胸の奥からじわじわと温かいものが広がってくる。


——なんで、こんなことになったんだろう……。


ふと、そんな問いが脳裏をよぎる。

わたしが願ったから、先輩たちはそうなったの? どうして? わたしはただ、普通に生きたかっただけなのに。友達と笑い合って、愛されて、学校で輝きたかっただけなのに。


バッグの脇で揺れるみーたんの冷たい感触が伝わってくると、不思議と沸き起こっていた恐怖が一気に溶けていくのを感じた。

幻聴なのか、あるいは頭の奥から直接響いてくるのか、あの優しい鈴のような声がささやきかける。


『大丈夫だよ、あいか。あなたは何も悪くないよ。私が、守ってあげたんだから』


そうだ。みーたんがそう言ってくれるのだから、間違いはないんだ。わたしが望んだ世界を、邪魔する奴らが勝手に消えていくだけなのだから。


窓の外では、完全にとばりが下りた夜の闇が、波須町の街並みを静かに、そして深く飲み込もうとしていた。

街灯の光がぽつりぽつりと灯り、夜の静寂が世界を優しく包み込んでいく。

わたしの手の中の温もりはすでに消えていたけれど、胸の奥には奇妙なほどの充足感と、誰にも侵されない絶対的な平穏が満ち足りていた。

他にも、以下の作品を執筆・連載中です。もしよろしければ、こちらも覗いてみてくださいね!


少女たちに迫る悪夢。青春群像ホラー『群青の嘘 ~港の廃屋と消えた少女~』

▼『群青の嘘』はこちらから

https://ncode.syosetu.com/n5968mp/


1分で読めるショートホラー『隙間奇談 ~日常の「すきま」に潜む、奇妙な短編集~』

▼『隙間奇談』はこちらから

https://ncode.syosetu.com/n5264mo/



二人の不器用なすれ違いの淡い恋『すれ違う思い、重なる夏の記憶 』

▼『すれ違う思い、重なる夏の記憶』はこちらから

https://ncode.syosetu.com/n0281mr/



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