96 騒動
四日市のお祖母ちゃんが我が家に来て、色々とドタバタし始めました。
普段はゴルフが終わってから一緒にラウンドした人達と軽く会食し帰って来るお父さんですが、連絡がついた為に急いで帰宅。そこから昔の友人に連絡を入れてくれましたが、当たり前に状況が掴めません。
「駄目だな。態々うちの事を気にしてる奴なんかいない。それこそ話したのが十何年ぶりとかだからなあ。うちの実家の事なんか誰も知らないわ」
「そんなものよねぇ。ご近所に住む友達とかいないの?」
「いないなあ。近所の連中は兄貴と仲が良かったから、上手く遊べなかったって言うか」
お母さん達の話を横で聞いているんだけど、あまり情報収集が捗っている様子はありません。その為、今の段階では実際に尋ねて来たのが次郎さんなのかすら分かりません。
「仕方がない。実家に電話するか」
お父さんがそう言って電話を掛けます。お姉ちゃんが医大に入って暫くしてから関係が拗れましたから、それこそ約10年ぶりでしょうか?
「あれ? コールはするけど誰も出ないな」
幾度もコールしているみたいですが、誰も出る気配は無さそうです。
「どっか食事にでも行ったかな?」
「時間的にも有り得るわね。もう少し後に電話してみる?」
間もなく夕方の6時になる時間帯ですし、そもそも出かけている可能性はありますね。
「こっちがヤキモキしているのに、あっちは呑気に食事に行くかあ」
お父さんがボヤいていますが、タイミングというものはそういうものですよね。意気込んで電話しただけに、お父さん的には何とも言えない気持ちになったんでしょう。
「着信が入ったから、折り返し電話してくることもあるだろう」
現状、着信拒否になっている番号を解除して、私達は折り返しの電話が掛かってくることを待つことにしました。
「外に出るのも何だし、出前でも取りましょうか。お祖母ちゃんも来ていますからね」
「お、それは良いな! 寿司とろう!」
四日市から急遽出かけて来たお祖母ちゃんですが、心労もあったのか結構疲れてたので客間でお休み中です。お祖母ちゃんの歓迎も兼ねてお寿司の出前を頼んで、みんな揃ってリビングで打ち合わせを始めました。
「邦彦君、ごめんね。変な事に巻き込んじゃって」
「それは良いけど、場合によっては警察に言っておいた方が良いよ。お婆さんの地元の警察署が一番良いと思うけど、ちょっと普通じゃ無かったみたいだし」
「うん、そうだよね。明日休みだったら私が一緒に行ったんだけど」
第三者的な立ち位置で私達の話を聞いていた藤巻君が私にそう言ってくれる。ただ、明日は仕事なのが何とももどかしい。
「そこはお父さんと一緒に行ってくるわ。実家の様子も見ないとだし、場合によっては暫くはこっちで暮らしてもらうつもりよ」
私達の話が聞こえたのか、お母さんが会話に入ってきました。
「あっちの家だとセキュリティーが笊だよね? 警備会社を今からお願いしても、直ぐにセンサーとか取り付けれないし。そもそも、何かあってからだと遅いよね」
最近は何かと物騒になって来ている。前世でも関東を中心に強盗が流行ったりしたし、その際に殺されちゃった人だっている。
「次郎君って昔は大人しいイメージだったけどなあ。でも、あの家だと和夫さんが優遇されて、次郎君は放置されてたかも」
「有り得るな。お父さんもそうだったが、あの家では次男はあくまでもスペアだったからな」
「そうね。お父さんみたいな感じだったら、次郎君も大変よね」
昔の自分を思い出したのか、お父さんは何とも言えない表情を浮かべているし、お母さんも何とも言えない表情を浮かべている。
「それって、フリーターとかニートとかになっていたら当たりが強くならない? 何か心配になって来たんだけど」
「え?」
藤巻君の言葉に、私達は思わず顔を見合わせてしまった。
「いや、流石にそれは」
「そうよねぇ」
お母さん達が顔を見合わせている中、私は携帯電話を取り出して病院へと連絡を入れた。
「あ、研修医の鈴木です。お疲れ様です。研修医の坂本先生はまだお見えですか? 出来れば繋いで欲しいのですが」
本当なら整形の河合先生にお願いするべきだと思います。ただ、今日は河合先生はお休みなので、先日やり取りをした坂本さんに繋いでもらいます。
「あ、お忙しい所すいません。はい、ええ、それで、先日お話の有った鈴木和夫さんの連絡先が知りたくて。ちょっと厄介事が起きたので連絡をとりたいのですが」
あくまでも患者さんの個人情報なので、いくら勤務している医師だとしても漏洩するのはあまり良い事ではないんですよね。冷静に折り返しの電話を待つべきか、和夫さんに状況確認を入れるべきなのか。
「はい。ですよね。うん、はい、判りました。明日、河合先生とも話をしてみます」
みんなが私を注視していますが、私は苦笑を浮かべながら指で小さくバツを作りました。
「駄目だった。坂本君の判断では出来ないって。そうだよね」
「うん、まあそうなるよね」
個人情報の取り扱いって色々と怖い所がありますから。ただ、こうなると何も出来る事がなくなっちゃうんですよね。
出前を頼んでいたお寿司が届いて、お祖母ちゃんを起こして夕食が始まります。ただ、話題はやっぱり今後の事になります。
「明日には帰ろうかと思うんだけどねぇ。茂子さんに言われて出て来たけど、みんなの顔も見れたし、そうそう物騒な事にもならんだろうて。畑の事もある」
お祖母ちゃん的には、家を空けてあるのが気になるみたいです。
「お母さん、せめて一週間くらいは様子を見て。普通じゃ無かったんでしょ? 今どき何が起こるか判らないわよ」
「そうだな。お義母さん。旅行だと思ってぜひお願いします。幸い私も幸子も仕事をしていませんから、名古屋見物でもしましょう。名古屋城も色々と変わりましたし、今回は良い機会だと思って」
お母さん達が説得しようとしているけど、お祖母ちゃんの表情は決して良くない。恐らくだけど畑の事が気になるのかもしれない。
「畑の事はお祖母ちゃんの近所の人に頼めないの? こんな時だし、理由を説明して後でお礼すれば」
「お母さん、溝口のおじさんに頼もう。田圃を見てくれているし、短期間なら畑も見てくれるって。前にお母さんが入院した時だってお願いしたでしょ?」
中々にうんと頷かないお祖母ちゃんを総出で説得しました。そして、漸く了承を得られたので、お祖母ちゃんの家のお隣さんである溝口さんへ連絡しました。
「おじさん、幸子です。ご無沙汰してます。うちの母が今名古屋に来てて、え? あ、ご心配かけました。ですです、何か変な人が来たって言うのでこっちに来させたんで。ええ、あ、そうなんですか? はい」
何かお母さんが長々と話始めました。お祖母ちゃんは電話を代わって貰おうとしていますが、何やらお母さんが押し留めています。
「すみませんご心配かけて。ええ、はい。今横で元気に電話を代われって言ってますので代わりますね」
10分くらい話をしていたでしょうか? お母さんは漸くお祖母ちゃんに電話を代わって、私達の所へとやって来ました。
「溝口のおじさん情報だけど、やっぱり夕方に変なのが来て騒いでたって。明らかに不在っぽいのに家の外で何か叫んでて、玄関の引き戸を蹴飛ばしたからおじさんが怒鳴りつけたらしいわ。多分だけど次郎君よね」
「あ~~~、来ちゃったか」
「お義母さんを帰すわけにはいかないなあ」
お祖母ちゃんが電話で溝口さんに迷惑かけてと謝罪しているけど、何かすっごくムカムカしてくる。
「警察行こう。まずは被害届出そう。そもそも、お祖母ちゃんと次郎さんは血縁でもないし、義理立てする必要ないよね?」
お父さんの親族とはいえ、そもそもの交流が無い。更に言えば、従兄だからと言ってお金を貸してあげる義理も無いし、どう考えてもお金を貸してもらおうって言う態度でもない。どう考えても強盗と大差ないよね。
「部外者ですけど、僕もそれが良いと思います。ちょっと普通じゃ無いです」
「何にも起きとらんのに態々警察さんにお世話になるのも」
私達の会話を聞いているお祖母ちゃんが躊躇しますが、もう既に問題と言うか、被害は出ています。
「地元の警察署で良いかな? 四日市行った方が良い?」
「とりあえずこっちで話してみましょうか。お母さんも気にしなくていいのよ? まずはお話しておこうって所だから」
お母さんがお祖母ちゃんを宥めていますが、こういった事は早めにした方が良いです。
兎に角、まずは警察にとバタバタとしていると、私の携帯電話が鳴りました。
「あれ? 病院からだ」
何だろうと電話に出ると、先程まで話をしていた坂本さんでした。
「あ、どうしました? え、はい。え? 大丈夫です。ちょっと待ってください書くものを用意するので」
私は何か書くものを下さいとお母さんにゼスチャーをします。そして、受け取った紙に伝えられる電話番号を書き留めて行きました。
「はい。助かりました。ありがとうございます。今度、お昼奢りますね!」
メモをした電話番号を見詰めながら、思わず溜息を零しました。
「なにかあった?」
藤巻君が心配そうに私に尋ねてきました。
「病院に和夫さんから電話が来て、私の電話番号を急ぎ教えて欲しいって。丁度、さっき私が電話番号を知りたいって言ってたから、坂本さんが私に伝えるって事で電話を切ったみたいです。何かあったのって心配されちゃった」
ただ実際の所、あちらが連絡をとりたいって言う事は何かあったんだろう。だいたい血縁でもない次郎君がお祖母ちゃんの所へ来たこと自体異常事態だし、お金を無心するのも非常識。
「電話してみる」
「お願いね」
お母さんに言われながら和夫さんに電話を掛けると、直ぐに和夫さんが電話に出ました。
「あの、日和ですが、和夫さんのお電話でよろしかったでしょうか?」
そう話を切り出した後、和夫さんと会話を続けます。ただ、その内容は思いもよらないものでした。
「あ、それでこっちからも伝えたいのですが、うちの四日市の祖母の所に次郎さんが来られました。ちょっと有り得ない感じでお金を貸せって来たので、ご近所の人の勧めもあって今名古屋に避難してきています」
和夫さんは内容に驚いたみたいですが、兎も角今の状況の擦り合わせを行いました。
「こちらも警察に行った方が良いですよね? 管轄は違うと思いますけど、これから警察署へ行ってきます」
和夫さんとの電話を切ったところで、私は思わず天を仰いでしまいました。
「どうした。なにか判ったのか?」
私の様子を気にしながら、お父さんが恐る恐る尋ねてきます。ただ、これってどうすれば良いのかと頭を抱えたくなっています。
「次郎さんが働けって言われて伯父さんと喧嘩して、その後両親に暴力を振るって逃走中。伯父さん達は身の危険を感じて警察を呼んだみたい」
「はあ?」
「え?」
「あらまあ」
「・・・・・・」
みんなが絶句する中、更に聞き取った内容を伝えていく。
「次郎さんは和夫さんにお金を要求したみたい。で、断られて何故かお祖母ちゃんの所に向かったっぽい。あっちの家では、日頃からお父さんがお金を寄越さないのが悪いとか言われてて、何かあればお祖母ちゃんの所に取り立てに行くとか何とか? 良く解らない事を伯父さん達は話してたみたい」
「はあ、何よ其れ」
「あ~~~、すまん。何となく母さんがそんな事を言っていそうだ。絶縁する前も和夫君達の大学などで費用が掛かるから、お父さんに仕送りを増やせって言って来たからな。絶縁の切欠になったが、それで仕送りが無くなって更に文句を言っていそうだ」
うん、やっぱりあっちの家と絶縁しておいて良かったよね。ただ、これってどうなるの?
「まずは警察署に言って話しましょう。でも、こっちの警察署は知っている刑事さんがいないから心配ね。緑署は良い刑事さんだったもの」
「うん。ちゃんと話を聞いてくれて丁寧だったね。同じような人だと良いね」
そんな事を言いながら、私達は警察署へと向かうのでした。




