95 忍び寄る悪意
日々のストレスをお母さんに吐露する日々。それでも、時間は少しずつでも進んでいく物なんですよね。気が付けば明日から12月、あっという間にクリスマスや年末年始が迫ってきます。
「年末年始には藤巻君の実家に顔を出さないとだよね? それこそ、結婚式の前段階をクリアしないと」
「そうだよね。僕の解ってる範囲では婆様達は出席したいみたいだし、流石に本家での結婚式は無理だって断ったけどさ」
先日、それと無く藤巻君の実家から進展具合の確認が入りました。まあ、簡単に言うと、結婚は何時頃するんだ! みたいな感じでしょうか。そして、その際に良ければ本家で式を挙げてはどうかとの善意? でのご提案があったんですが、交通の便などを理由に丁重にお断りさせて頂いたんです。
「うん、あれは流石に無理かな? そもそも、ご招待する人達が大変になるし」
「まあ、教授達を呼ぶにしろ、友人達を呼ぶにしろ、交通の便が良くないと厳しいね。あと、二次会もやるんだよね? まあ、そこは坂崎あたりに振れば良いと思うけどさ」
そういう藤巻君だけど、何とその坂崎君の結婚式の二次会を任されています。坂崎君は来年4月に結婚予定? お相手は高校時代の同級生と言うので驚きました。
「なんでも、その彼女がせっついたみたいだね。まあ、あいつはモテるから心配なんだろうな」
「女性の友人も多かったし、彼女さんとしては心配だっただろうね」
その話を聞いたときは思わず苦笑したものです。
まあ、坂崎君は社交的だったし、女性の友人も多かったから彼女さんとしては心配だったと思います。彼女さん、がんばったね!
ちなみに、私達は久しぶりの揃っての休日という事で、栄に買い物に来ています。息抜きも兼ねてデパートをウロウロして、幾つか買い物を終わらせて、漸く昼食と言う所。ちなみに、入ったお店は大きなエビフライで有名なお店です。本店は知多の方にあるそうですが、まだ行った事はありません。
「で? 専門はどうする?」
「やっぱり小児内科かなあ。内科、小児内科って感じ? 邦彦君は?」
研修医として色々な診療科を回っている所ですが、私としては当初から希望している小児内科を考えています。お姉ちゃんが内科を選択しているので、一応専門は小児内科にしようかなと。
「僕は呼吸器内科かな。老人科も気になってはいたんだけど、僕には性格的に無理だね」
あまり人とのコミュニケーションが得意とは言えない藤巻君ですから、そういう面で選択する診療科で悩んでいたんですよね。一時は外科も選択肢に入れていました。
「その選択は若しかして?」
「うん、鈴木さんと一緒に独立した時の事も考えてるよ。僕は勤務医でも構わないけど、そこは二人の意見が重要になるしね。でも、どうせなら一緒の病院で働きたいね」
将来的にどこかの病院で働き続けるのか、それとも独立するのか。これは結婚すれば自分だけでなく二人の事になります。その為、その事についても二人で話し合う必要はありますね。
勿論、研修医が終わって直ぐの話ではありませんが、ある程度の経験を積んだ後、将来的にどうするかの話です。金銭的なハードルは低いですが、それ以外にも色々と考えないと駄目でしょう。
「開業かあ、でも、もし結婚したとしてだよ? 子供が出来たら1年とか2年とか働けなくなるから、開業するとしたら子供が大きくなってからかなぁ」
「え? あ、うん。まあそうなるのかな?」
ん? 藤巻君は其処まで考えて無かったかな? でも、女性はやはり働けない時期があります。特に妊娠している時には色々と注意しないと駄目でしょう。
そんな事を考えていたら、我が家から電話が入りました。
「ん? 珍しい? 家から電話だ。何かあったかなあ」
今日はお休みで藤巻君と出かける事は伝えてあります。その為、お母さんの性格的に電話を掛けて来る事は無いと思っていました。突然の電話ってどうしても悪い事を想像しちゃうので、藤巻君に電話に出るねと断りを入れ、私は電話に出ました。
「お母さん、何かあった?」
『日和、デート中にごめんなさいね。ちょっと急ぎで相談したいことが出来て、良ければ藤巻君も連れて家に戻れない?』
「え? うん、それは良いけど、何かあったの?」
お母さんの声は切羽詰まった感じではないけど、明らかに何かあった事を感じさせます。ましてや、藤巻君も連れてとなると、いったい何があったんでしょうか?
「邦彦君、何かお母さんが帰って来て欲しいみたい。邦彦君も一緒にって言ってるけど構わない?」
「僕も? 何だろう」
二人に絡む事と言えば結婚関係になるとは思うんだけど、そもそも結納すらしていませんからね。二人の事に関しては、今の処は口約束の枠を出ていません。その状況で藤巻君も一緒にとなると、何でしょうか?
お店を出て、タクシーを拾います。ただ、距離的に1メーターか2メーターくらいの距離ですから。あっという間に我が家へと到着してしまいました。
「う~~~ん、何だろうね? ちょっと思い当たらないけど」
「結婚するとしても、まだ時間はあるから。研修終了してからの話だけど、今の段階で決めとく事とかは無いなあ」
「ただいま~~~! 何があったって、えっ! お祖母ちゃん!」
「日和、しばらくぶりだねぇ」
二人で首を傾げて自宅に戻ると、驚いたことに四日市のお祖母ちゃんが居ました。
「え? どうしたの? こっちに出てくる用事があったの?」
「まあ、ちょいと面倒事が起きそうでねえ。で、名古屋に来たんよ」
思わずお祖母ちゃんに駆け寄りますが、お祖母ちゃんの表情が少々困った感じ? ただ、面倒事って?
「日和、ごめんねデート中に。私もお祖母ちゃんから名古屋駅にいるから今からそっち行っても良いかって電話貰って吃驚した。で、さっきから話を聞いてたんだけど、面倒事になりそうで。まあ、母さんが悪い訳じゃ無いんだけどね。あ、藤巻君もごめんなさいね。貴方達はそっちのソファーに座って」
お祖母ちゃんの向かいの席に座っていたお母さんが、思いっきり溜息を吐いています。何やら本当に面倒事が起きたみたい? お母さんの指示もちょっとグタグタです。
「お父さんはゴルフで夕方まで帰ってこないから、帰って来たら話をするわ。で、お祖母ちゃんには暫く客室に泊まって貰います。実家はお手伝いの茂子さんにお任せしたわ」
「え? なに? お祖母ちゃんどっか悪いの? 病気?」
毎年、キチンと健康診断を行っているお祖母ちゃんですが、それでも既に80歳を過ぎています。それ故に何かしら体調に不安でも出たのかと思ったのですが、思いもよらない理由で驚きました。
「体調はまあこんなもんよ。ただまあ、ちょっと厄介事があってな。茂子さんが一度家族の所に行った方が良いって言ってくれて、まあ、それでちょっと出て来たのさ」
お祖母ちゃんの所には、曜日替わりでお手伝いさんが来てくれている。今話に出た茂子さんは、だいたい土日に来てくれるお手伝いさん。旦那さんがいる土日は仕事に来やすいと言って豪快に笑う60過ぎのおばちゃんだ。
「それがね、ほら、先日話に出てた次郎君がお祖母ちゃんの所に突然やって来たっぽいのよ。確定では無いんだけど、お祖母ちゃんは次郎君と直接の面識はないでしょ? だから多分としか言えないんだけど、お金を貸して欲しいとか、私達の連絡先を教えて欲しいとか言ってきたみたいで」
お母さんの表情には、思いっきり困惑が浮かんでいます。
「まあ、幸子達の結婚式の時に会ったかもしれんけど、面影何か判らんでな。交流も無い相手だし、本当に鈴木さん側の親族かも分らんし。結構、しつこかったけど茂子さんが追い返してくれてね」
お祖母ちゃんの話から、その時の大体の状況は判りました。ただ、何故お祖母ちゃんの家に来るかが判りませんが。
「そりゃあ彼方のご両親だって幸子の実家くらい知ってるさ。年賀状のやり取り位はしていたからねぇ。あんた達が絶縁したって言ったから、そこからは止めたけどね」
確かに、言われてみればお母さん達が結婚したんだから、当初は実家同士も交流はあったよね? 親しかったかは別としてだけど。
「その時の次郎君の様子が、ちょっと普通じゃ無かったらしくって。それで茂子さんが私達の所に行った方が良いって勧めてくれたの。さっき茂子さんにも電話で聞いたけど、ちょっと目つきも態度も普通じゃ無かったみたい」
「うわぁ」
「それは、そうなりますよね」
私は何とも言えない表情で返事を返したけど、藤巻君の言う様にちょっと心配だよね。
「ただ、本当に次郎君だったかは不明よ? 最近はいろんな詐欺があるし、でも確認しようにもねぇ」
現在、あちらとは絶縁状態です。勿論、こちらは連絡先を把握していますが、態々連絡を取りたいかと言うとなんですよね。
「お祖母ちゃんの家を無人にするのも怖いよね? 勝手に荒らされたりとかしない?」
「茂子さん達の事務所に引き続きお掃除とかはお願いしたわ。今まで通り毎日見に言って貰えるから、でも、夜とかお祖母ちゃんだけになるでしょ? 古い家だから色々と心配だし」
以前に警備会社をお願いするかどうか考えたんだけど、古い家だから色々と大変だったんですよね。まず電気が必要な場所に引かれて無いのと、引き戸とかが多い。センサーを付けるにしても、防犯カメラを取り付けるにも、何処まで? って問題があるんです。
「こっちに避難しようかと思うくらいには、来とった兄ちゃんも様子が普通じゃ無かったの。何と言うか、目が普通じゃ無かったでな」
戦中生まれのお祖母ちゃんが言うくらいですから、やっぱり普通じゃ無かったような気がします。ただ、今この状況でどうすれば良いかが思い浮かびません。
「お父さんが帰って来たら、彼方に抗議を入れて状況確認かしら。ただ、まともな会話になるのかが心配ね」
「直接会うのは避けたいよね? こんな事なら和夫さんの連絡先を聞いておけば良かったかぁ。ただ、あっちも縁を切ってるみたいだったから、意味があるかは判んないけど」
「部外者の僕が言うのも変ですが、聞いていた限りではお金絡みなのは間違いないですね。あちらのご近所から情報を貰うとか出来ないですか? 状況が判らないと動きようが無いですよね。まずは情報が欲しいですね」
私達の話を聞いていた藤巻君が会話に入ってきました。ただ、此処にいるメンバーでお父さんの実家周辺で知り合いがいる人は居ません。何しろ暮らしたことが無いですから。
「お父さん頼みかあ。流石に地元に一人や二人は友達がいるわよね? あの人から地元の友達の話は聞いたことないけど。とりあえず電話は入れておくわ」
恐らくゴルフで直ぐには電話に気が付かないだろうけど、早目には帰って来て欲しい。
「うわ~~~、しまったなあ。やっぱり和夫さんの連絡先を聞いておけばよかった。病院で調べちゃ駄目かなあ」
「駄目だな。まあ、普通はだね。うん、普通は」
藤巻君がそう言いますが、そうだよね。最近は色々と五月蠅いし、普通は駄目だよね。うん、普通は。




