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2回目の土曜日:リスタート

ピピピピ、ピピピピ

静かな部屋に鳴り響く音。

ピピピピ、ピピピピ

眠りを引き裂く、不快な音。

ピピピピピピ……カチッ。

アラームを止める。

重い頭を持ち上げ、時計を見る。



5月7日 土曜日 AM7:23



……あれ?

おかしい。今日は5月7日じゃないはずだ。

なんで昨日の日付が―――


そこまで考えて、思い出す。

昨日、何があったのか。

「……柏柳っ!」

ベッドから跳ね起き、部屋を出ようとドアに向かう。

その時、視界の隅に『2』と書かれたメモ帳が目に入った。

あれ? 昨日は『1』だったはず……

いや、今はそれどころじゃない。

深く考えずに、僕は部屋を出た。




階段を駆け降り、扉を開けると、そこには朝食の準備をしている結がいた。

「あ、お兄ちゃん。おはよう」

朝の光に照らされ、優しい微笑みを浮かべる妹の姿はとても絵になるけど、残念ながらそれに見とれている暇はなかった。

結に詰め寄り、たずねる。

「結っ! 柏柳はどうなった?」

僕のその問いに、結は小さく首を傾げる。

「えっと……何の話?」

「何の話って、柏柳だよ! 昨日、事故があっただろ! 僕と結と柏柳、それから西河っていう女の子で電車に乗ってて……」

「ちょ、ちょっと待って! 昨日は金曜日だよ? お兄ちゃんは創立記念日で休みだったかもしれないけど、私は学校だったんだから電車になんて乗ってる訳ないじゃん!」

「そんなはず――」

ない。と言おうとした。

けど、時計は確かに昨日の日付を示していた。

事故が起こるより前の時間だ。

つまり……

「お兄ちゃん、寝ぼけてるんじゃないの?」

結が優しい顔で言った。

その姿には、昨日の記憶の最後に一瞬だけ見えた、あの無表情な結の面影など微塵も無くて。

「……そう、かもな」

そう答えると、少しだけ胸が痛んだ。

やっぱり、休日に友達から遊びに誘われるなんて、僕にとっては文字通り『夢物語』だったんだろう。

結に「ごめん」と言って謝る。

「まったくもう。びっくりさせないでよね」

頬を膨らませながら、朝食の準備に戻る結。

「さあ、ごはんにしよ!」




パンを口に運びつつ、テレビを眺める。

画面の向こうでは、海外で猛威を振るう感染症の特集が流れていた。

……これ、見たことある。

僕がそう思うのに、時間はかからなかった。

「なぁ、このニュースって昨日もやってたっけ?」

「やってたよ。最近このニュースばっかりだよね」

画面から目をそらさずに結が答える。

そうか。どうりで見覚えがあるわけだ。

疑問が解消したので、再びパンを食べはじめる。

けれど、なぜかモヤモヤした感覚は無くならなかった。


朝食を終え、特に目的もなくテレビを眺め続ける。

窓の外は綺麗な青空だ。

そういえば、あの夢の中でも空は晴れていた。

…………正夢、だろうか。

だとしたら、そろそろ柏柳から電話がかかってくるだろう。

ほんの僅かな期待を胸に、電話を見つめた。




結局、電話は来なかった。

まあそりゃそうだ。

人間関係にコンプレックスを抱える僕に、柏柳は比較的よく話しかけてきてくれる。

けれど、それは僕に対してだけじゃない。柏柳は分け隔てなくみんなと接しているだけなんだ。

本来なら、連休中に遊びへ誘われるような仲じゃない。

それこそ夢の中でしか、僕にあんな電話が来ることはないだろう。


……でも。


「結、ちょっと出かけてくる」

「えっ? どこに?」

「駅前に。なんとなくだよ、なんとなく」

そう。なんとなくだ。

ゴールデンウィーク中、一度も外に出ていないから気分転換をしたい。

いくらインドア派とはいえ、ずっと家にいると息が詰まってしまう。

……というのは建前なんだと、自分でもわかっている。


本当は、まだ少し期待しているんだ。

夢の中と変わらない、青空に。


そして、まだ少し恐怖しているんだ。

あまりに鮮明な、あの悪夢に。


自分の部屋に戻り、軽く支度をしてから玄関に向かう。

靴を履いていると、結がやってきて言った。

「どうしたの? 何か用事?」

「そうじゃないよ。たまには僕だって散歩したくなることもあるさ」

靴紐を結び、立ち上がる。

普段学校に通うときにも使っている、白い運動靴。

中々によごれているけれど、足にもよく馴染んだお気に入りの一足だ。

「じゃあ、いってきます」

言いながらドアを開ける。

「うん……いってらっしゃい」

少し元気の無い声に振り返ると、閉まっていくドアの隙間から一瞬だけ、儚げな笑みを浮かべる結の姿が見えた。




駅前に設置された時計は、9時24分を示していた。

日差しがやたら強い。

「…………」

辺りを見渡す。

周囲を歩く人たちは、僕のことなど目もくれずに去っていく。

たくさんの足音や、車の走る音、チラシ配りの人の声など、全部夢の中と同じだ。

「……はぁ」

ここで友達と待ち合わせをしていたかもしれない自分を想像して、ため息をつく。


僕……何してるんだろう。


無性にやるせない気持ちになって、もう家に帰ろうと駅に背を向ける。

「あっ」

その時、丁度こちらに歩いてきていた神宮寺さんと目があった。

「う、うう浦見さん!? あ、えっと……き、奇遇ですね!」

「あ……ああ、うん。そうだね」

服装も反応も夢と全く変わらない神宮寺さんの姿に、つい返事がおろそかになってしまう。

まさか、本当に正夢……?

捨てかけていた期待をこめて、質問してみる。

「えっと……前にここで神宮寺さんと会ったことなかったっけ?」

僕の問いに神宮寺さんは視線を斜め上に向け、記憶を探るしぐさを見せる。

そうして少しの間考え込んだあと、顔を上げて言った。

「記憶に無いです…… 月曜日に会って以来だと思います」

なぜそんな質問をするのかわからないという顔で、神宮寺さんが言う。

「そっか…… あ、じゃあ柏柳は? 柏柳とは会ってない?」

神宮寺さんと会えたなら、もしかしたら柏柳とも……

そう思って質問したけど、返ってきたのは予想外の答えだった。


「えっと……その柏柳さんというのは、誰のことですか?」


「……え?」

首を傾げながら神宮寺さんはそう言った。

「誰のことって……柏柳だよ。僕らのクラスメイト、情報通で出席番号7番の柏柳椿!」

「……ああ! そうでした!」

僕が説明すると、ようやく思い出したようだ。

「どうして思い出せなかったんでしょう……自分で自分が恐ろしいです」

わずかに震えた声で、怯えたように言う神宮寺さん。

僕も驚いている。杉城にも負けないほど記憶力のいい神宮寺さんが、クラスメイトを一瞬とはいえ忘れるなんて。

「じゃ、じゃあ柏柳とは会ってないんだ」

「いえ、一昨日、図書館で会いました。少し挨拶をして、すぐに別れましたけど」

一昨日か……僕の夢とは関係なさそうだ。

やっぱりあれはただの夢だったのかな。

「そっか。ありがとう、神宮寺さん」

「いえ…… あの、どうしてそんな質問を?」

「あ、えっと、その……」

どう答えるか一瞬迷った後、本当のことを話そうと決める。

「……夢の中で、柏柳と神宮寺さんに会ったんだ。妙にリアルな夢だったから、もしかしたらと思ってここに来たんだけど、本当に神宮寺さんと会えたからつい」

「そ、そうでしたか……私が浦見さんの夢に……」

神宮寺さんが顔を少し伏せながら言う。

他にも小声でなにか言っているようだけど、よく聞こえなかった。

「柏柳さんなら、もしかしたら図書館にいるかもしれません。休日によく見かけることがありますから」

顔を上げた神宮寺さんは、そう僕に教えてくれた。

「そうなんだ。じゃあ行ってみるよ。ありがとう、神宮寺さん」

「いえ……あのっ!」

お礼を言って立ち去ろうとした僕を、神宮寺さんが呼び止める。

僕が振り返ると、神宮寺さんは手を胸の前で組み、一瞬何かを言いかけて、

「すみません……やっぱりなんでもないです」

その口を閉じた。

「……そっか。じゃあね、神宮寺さん」

神宮寺さんが何を言いかけたのか気になったけど、追求しても仕方が無い。

僕はそのまま、図書館に向かった。




「……浦見か。奇遇だな」

図書館で出会ったのは柏柳ではなく、我らが完璧超人、杉城だった。

図書館特有の静寂を破るわけでもなく、かといって聞き取りづらくもない絶妙な声の大きさで話しかけてくる。

「杉城。この辺で柏柳を見なかった?」

「柏柳か……見てないな。確かにここで会うことはよくあるが」

少しの間考えた後、首を振る杉城。

僕がお礼を言って立ち去ろうとすると、杉城がそれを呼び止めた。

「ちょっと待て。俺からも質問したいことがある」

僕が足を止めて振り返ると、杉城は言った。


「――浦見、昨日は何曜日だった?」


「えっと……どういうこと?」

質問の意図がわからず聞き返してしまう。

「言葉通りの意味だ」

「……今日が土曜日だから、昨日は金曜日だと思うけど……」

僕がそう答えると、杉城は「やはりそうか」と言って唸った。

「どうしたの?」

「いや、信じられないとは思うのだが……」

そう前置きしてから、杉城は言う。

「実は俺は、5月7日を何度も繰り返しているんだ。俺の記憶では昨日も、一昨日も、5月7日だった」

「それは……」

杉城の言葉は、確かに信じられないものだった。

でも僕はそれを、おかしいと笑うことができなかった。


僕が今ここにいる理由も、まさにそれだったから。


「……僕も、5月7日の夢を見たよ」

「……ほう」

杉城が目を見開いた。

こいつの驚く顔なんて滅多に見られるものじゃなから、少し新鮮な気持ちになる。

「夢で柏柳と電車に乗って、そこで事故に遭ったんだ。でも目が覚めたら、また5月7日になってた。確かに、夢にしてはあまりにも鮮明すぎると思ってたけど……」

僕がそこまで言うと、杉城は再び考え込む。

「確かに俺も夢なのかもしれないとは思った。だが、いつまで経っても5月8日がやってこない。流石にこれは異常だと思って、こうして調べているというわけだ」

杉城が読んでいる本を見せてくる。

『人間の脳と認識』というタイトルの難しそうな本だった。

「体感では、もうかなりの日数が経っているからな。いろいろと調べたのだが、原因どころか自分に何が起こっているのかすらわからない。もちろん、このループから抜け出す方法もだ」

そんな絶望的な状況を語っているのに悲痛な雰囲気が感じられないのは、杉城の性格からだろうか。

「……僕も手伝わせてくれないか?」

気づくと僕はそう口に出していた。

「柏柳を探していたんじゃなかったか?」

「考えてみれば、柏柳に会ったって何を話せばいいかわからないし。やっぱり僕が見たのが夢だったとも思えない。僕も調べてみたいんだ」

僕がそういうと、杉城はふっと微笑んだ。

「そうか。では俺が今まで調べたことを教えよう。とりあえず、俺の考えた仮定だが……」

そうして、夕方まで僕と杉城は図書館で調査をし続けたのだった。




「ただいま……」

玄関のドアを開け、中に入る。

薄暗く、静かな廊下。

少しだけ差し込む夕日の赤が、なんとも言えない寂しさを作り出している。

「あ、おかえりー」

奥の扉が開いて、結が顔を出す。

その姿を見た瞬間、なんだか安心した。

一瞬だけ、家に誰もいないような気がしたからだ。

夕飯の準備でもしていたのだろう。結はピンク色のエプロンをしていた。

「遅かったね。どこに行ってたの?」

結が尋ねてくる。

「ちょっと杉城と図書館で調べ物をしてきた。ところで結……」

「ん? なに?」

「本当に、柏柳のこと覚えてないか?」

僕がそう聞くと、一瞬の間をおいて結が答える。

「……知らないよ。お兄ちゃんのクラスメイトなんでしょ? 私、会ったことすらないもん」

「そっか……」

その答えを聞き、僕は少し残念に思う。

確証は無いけど、多分昨日のあれは夢じゃない気がする。

結がなんとなくでも覚えていれば、僕も確信できたのに。

「今日はカレーだよ。お兄ちゃんはテーブルをふいておいてね」

そう言いながらキッチンに戻っていく結。

とりあえず、電車での光景が無かったことになっているというだけでも、この日常が守られているということだけでもよしとしよう。

そんなことを思いながら、僕も結のあとに続いて部屋へと入っていった。




夕食を食べ終え、自分の部屋。

ベッドに横になり、ゆっくりと息を吐く。

こんなに頭を使ったのは久しぶりだった。

本来僕はインドア派だ。外で何かをするというのは、それだけで体力を消耗する。

「なんだか眠くなってきた……」

そう呟くと、眠気はさらに強くなる。

まだお風呂に入ってないけど、この睡魔には抗い難かった。

明日でいいや、とわずかな抵抗もやめる。

すでに身体は限界だったのか、目を閉じるとあっというまに僕の意識は闇へと消えた。

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