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3回目の土曜日:後悔

ピピピピ、ピピピピ

静かな部屋に鳴り響く音。

ピピピピ、ピピピピ

眠りを妨げる機械音。

ピピピピピピ……カチッ。

アラームを止める。


5月7日 土曜日 AM7:14


顔を上げると、デジタル表示の時計が時刻を教えてくれる。

しかし、起きてすぐの頭はうまくそれを認識してくれない。

しばらく眺め続けて、やっとそれが日付だと理解できた。

そして思う。


ああ……本当に繰り返してる。


昨日、杉城から聞いた話では、僕たちは5月7日を何度も繰り返しているらしい。

信じられない話だけど、僕も思い当たるところがあるので、嘘だとは思わなかった。

現にこうして日付は巻き戻っている。

ベッドから降りると、手を上へ伸ばし、大きく伸びをする。

カーテンは閉められていて、部屋は薄暗い。少しだけ空いた隙間から、朝日が差し込んでいた。

伸ばしていた手を下げ、脱力する。

ふと、机の上にあるメモ帳が目に入った。

大きすぎず、小さすぎずといった文字の大きさで『3』とだけ書いてある。

……あれ? 昨日は『2』だったような……

昨日の朝は焦っていたし、見間違えたんだろうか。

首をかしげながら、部屋を出る。




階段を降りると、昨日と変わらない姿で結が朝食の準備をしていた。

「……おはよう」

どんな反応が返ってくるのかと、身構えながら聞いてみる。

「あ、おはよう。土曜日なのにもう起きたんだ」

返ってきたのは、そんな普通の反応。

けれど、この異常な状況の中で普通なのは、むしろおかしいことだ。

「なあ結。昨日って何があったか覚えてるか?」

「……昨日?」

結が首を傾げる。

「……普通に学校に行ってたよ。金曜だし」

「絶対に? 間違いなく?」

「……どういう意味?」

逆に聞き返されて言葉につまる。

「……昨日が……いや、昨日も土曜日だったって言ったら信じるか?」

「えっと……」

僕の言葉に困惑する結。

少しの間があって、答えが出たのか結が口を開く。

「……お兄ちゃん、寝ぼけてるの?」

やっぱりそういう反応になるか。

薄々想像はついていたけど、少し残念な気持ちになる。

近くに理解者がいないと、昨日の出来事が本当に夢だったような気がしてきてしまう。

「悪い、忘れてくれ」

そう言って、テーブルに座りテレビをつける。

「全く……昨日はちゃんと寝たの? いくら連休でも、夜更かしのしすぎはよくないんだからね」

結が呆れたように言う。

テレビでは、昨日と全く同じ内容のニュースが流れていた。

結が焼いてくれたソーセージを食べながら、海外で流行する感染症の特集を見る。

昨日も思ったけど、酷いな……

重い症状に苦しむ、貧しい国の人々。

ただでさえ少ない医療機関はパンク状態で、まさに地獄絵図だった。

朝のニュース番組だし、多少は編集もしているはずなのに、その凄惨さは目を背けたくなるほどのものだ。

この光景を結はどう思っているのかと、少し気になって向かいに座る結を見る。

結は無表情だった。顔をしかめるでもなく、淡々と、食事を続けている。

特別おかしなことでもないのかもしれないが、普段の明るくて少し弱気なところもある結を知っている身としては、なんだか違和感を感じた。

『仕方ないよ。私たちは神様じゃないんだから』

この間、全く同じニュースを見たときに結が言った言葉を思い出す。

結ってこんなに達観した物の見方をするやつだったか……?

自分の目の前に座る結が、僕の知っている妹と違って見えた。




「……ふう」

自動ドアをくぐり、一息つく。

相変わらずの異常な暑さに耐えながら、僕は図書館までやってきていた。

理由はもちろん、杉城に会うためだ。

いま、僕たちがループの中にいることを知っているのは、僕と杉城だけ。

僕の記憶が間違っていないことを証明できるのは、杉城以外にいないのだ。

杉城を探すと、すぐに見つかった。

昨日と同じ場所で、同じくらいの高さまで本を積み上げて読書に耽っている。

僕が声をかけると、本から顔を上げて答えてくれた。

「ああ、浦見か。ここに来たということは、覚えていたみたいだな」

僕を見ながら、そういう杉城。

こいつの態度を見てると安心するな……

「うん。また土曜日だね。僕も調べ物を手伝おうと思ってさ」

僕がそう言うと、杉城は「ほう」と呟き、目を細めた。

「それは助かるな。一人だとどうしても考えが偏りがちだ。丁度他人の意見が欲しかった」

杉城はそういうと、僕に一冊の本を見せながら続けた。

「まずこれを見てくれ。昨日も言ったが、俺の仮説は――」




「……なあ浦見」

「ん?」

あれから数時間経った頃。

お互い、不思議な事象に関連した本を無言で読むようになってきたときに、杉城が口を開いた。

「フィクションなどでループはよく出てくるが、どうしてだろうな。どうしてループが面白いと感じるんだと思う?」

杉城の問いに、僕は読んでいた本を閉じて考える。

言われてみれば、ループものの作品のどこが面白いのかなんて考えたこともなかった。

僕が考え込むと、杉城は再び話し始める。

「俺は、ループものの本質は"後悔"だと思う。ループものは、過去のある一点に戻ることによって、同じ出来事を繰り返す。それはつまり、一度決定した運命を覆すことになる。タイムトラベルとも違って、失敗してもやり直しが効く。あの時、ああしていれば。誰もが一度は思ったことがあるだろうそんな物事を、自分の力で改変できる。そこにループものの面白さがあると思うのだ。現に、ループを題材にした物語の一週目は大抵バッドエンドだろう?」

僕はそれを聞いて、なるほど確かにそうかもしれないと思った。

誰にでも、もしやり直せたらと思う出来事の一つや二つあるだろう。

僕だって、やり直せるなら――

だからこそ、杉城が次に発した言葉が強く印象に残ったのだと思う。


「もしかしたら、俺たちがいま体験しているこのループも、誰かの後悔が生み出しているものなのかもしれないな」





「ただいま……」

玄関のドアが閉まる音を後ろに聞きながら、靴も脱がずに廊下へ倒れこむ。

「おかえり、お兄ちゃん。……ずいぶん疲れてるね。どこ行ってたの?」

リビングから出てきたエプロン姿の結が、僕の様子を見て尋ねてくる。

「図書館だよ……頭痛い……」

結局、一日中読書だった。

普段は読まないような難しい内容の本にも手を出してループ脱出の手がかりを探したけど、これといって有益な情報は無く、ただ頭痛が残っただけ。

帰り道の暑さもあって、心身ともにボロボロだった。

「全く……ほら起きて。ごはんもうすぐできるから」

結が僕の身体を掴んで引っ張り上げようとする。

当然、小学生の腕力で中学男子の身体が持ち上がるわけもなく、仕方がないので自分で身体を起こす。

そこでふと気になって、結にたずねてみた。

「なあ結……何か後悔してることってあるか?」

僕の質問に、一瞬きょとんとした顔をする結。

「後悔してること? そんなの……」

少しの間を置いて、結は真面目な表情で言った。


「あるに決まってるじゃん。数え切れないほどに」


夕暮れの廊下に、結の声が吸い込まれて消えた。

「お兄ちゃんだって、わかってるでしょ?」

「ああ……」

愚問だった。

僕たちは、お互いの気持ちをよく知っている。

集団の中に溶け込めず、遠巻きに眺めるだけの生活。

会話する相手もなく、1人で考えるのは「もし、あの中に自分がいたなら」だ。

もしあの時ああしていたら……なんて。

そんな感情、擦り切れてなくなるんじゃないかと思うほどに考えつくした。

僕たちは、そのことを理解してくれる"兄妹"という存在がいたからこそ、やってこれたんだ。

後悔してることがあるか、なんて今更だった。

「さ、ごはん食べよ。お兄ちゃん、テーブルふいておいてね」

結が言いながらリビングに戻っていく。

僕も靴を脱いで、その後を追った。




自分の部屋のベッドの上。

身体を投げ出し、天井を見上げる。

きっと明日も5月7日だ。

明後日も、その次も、日付は変わらず5月7日だろう。

それはきっと恐ろしいことのはずなのに、今の僕はそんな感情も沸かないほど、眠かった。

ベッドに自分の身体が沈みこんでいく感覚が、たまらなく心地いい。

「後悔……か……」

杉城の言葉を思い出しながら呟く。

もし僕の後悔でループが起こるとしたら、その記憶は――

答えが出る前に、僕の意識は闇へと落ちていた。

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