3回目の土曜日:挑戦
ピピピピ、ピピピピ
アラームが鳴る。
ピピピピ、ピピピピ
重いまぶたを開くと、そこは僕の部屋だった。
ピピピピ、ピピピピ……カチッ。
音を止め、身体を起こす。
5月7日 土曜日 AM7:05
時計を確認すると、昨日の日付。
やっぱり、夢じゃない。
駅前でのやり取りも、赤い血溜まりも、本当にあった事なんだ。
日付は昨日に戻っている。
柏柳もきっと生きているだろう。
―――そして、もう一度死ぬことになる。
「止めないと……」
誰もいない部屋で呟いたその声は、なんだか自分のものじゃないみたいだった。
階段を降りてリビングのドアを開ける。
朝食を摂って柏柳からの電話に備えないといけない。
すぐに食事の準備を整え、テレビをつけながらパンを口に運ぶ。
朝のニュース番組では、昨日と同じく新型ウィルスの特集をやっていた。
信じられないことだけど、本当に時間が繰り返しているらしい。
だけどそのおかげで柏柳が死ぬのを回避できるかもしれないのだから、もしかしていい事なのだろうか。
「…………」
窓の外を見ながらそんな事を考える。
空は相変わらず綺麗な青色をしていた。
―――そして、電話が鳴る。
「柏柳?」
受話器を取って開口一番、そう言い放つ。
『え!? あ、うん。柏柳だけど…… どうしてわかったんだい?』
「あっ…… いや、まあなんとなくだよ。なんとなく」
『す、すごいね…… あ、そうだそうだ。浦見君、今日は何か予定は入ってるかい?』
「何も無いよ。ライトノベルのイベントだよね。僕も行く」
『……浦見君って予知能力でも持ってるのかい?』
「そんなところかな。それじゃあ駅前に10時集合ってことでいい?」
『そんなところって…… まあいいや。じゃあその時間で』
「了解。また後で」
受話器を置く。
焦ってしまって本来なら知らないはずのことまで話しちゃったけど、問題ないだろう。
早く準備をして、待ち合わせ場所に急ごう。
待ち合わせ場所に着き、時間を確認すると9時11分だった。
流石に早すぎたかな……?
いや、柏柳の命が懸かっている以上、早すぎるくらいでいいだろう。
5月だというのに理不尽なほど強い日差しに耐えていると、こちらに歩いてくる神宮寺さんが目に映った。
「あ……」
神宮寺さんもこちらに気づいたのか、小さく声を漏らした。
「う、うう浦見さん!? あ、えっと……き、奇遇ですね!」
この反応も三回目だ。
「そうだね。ところで神宮寺さん、昨日って何してた?」
「え、えっと……昨日ですか? そうですね……ずっと家にいました」
いきなりの質問に戸惑いながらも答えてくれる。
昨日と同じ答え。ただ、その後の言葉が聞き逃せなかった。
「ずっと家にいたはずなんですけど…… なぜかそんな気がしないんです」
視線を斜め上に向け、記憶を探るしぐさをする神宮寺さん。
「もしかして、昨日のこと覚えてるの!?」
「えぇっと…… 覚えてはいます。昨日は、ずっと家で本を読んでいたはず……です」
そう言う神宮寺さんは、自分で自分の言葉に納得がいかない様子。
「昨日、僕と神宮寺さんは会ってるんだよ! この場所で、同じ時間に!」
不安で潰れそうだった僕を励ましてくれたのは、他でもない神宮寺さんだ。
「ここで、浦見さんとですか?」
神宮寺さんは驚いたように目を開き、再び考え込む。
「……すみません。思い出せないです」
「そっか……」
まあ時間が巻き戻っているようなのだから仕方が無い。
僕の持っているこの記憶は、言わば未来の記憶だ。
覚えている僕のほうこそおかしい。
でも……できることなら覚えてて欲しかった。
「まあ仕方ないよ。こっちこそ急に変なこと言ってごめんね」
「いえ、そんな……」
神宮寺さんの記憶が残っていないのは残念だけど、柏柳を助ければそれできっと済む話だ。
昨日もその前も柏柳が倒れるあの光景を目にしたあと、僕は意識を失っていた。
きっと柏柳を助ければ時間の巻き戻りも起こらないはず。
神宮寺さんとのやり取りのおかげで、違う行動をすれば結果も変わるというのはわかっている。
だから、何も問題は無いんだ。
昨日の出来事は僕の胸の内だけに留めておこう。
「あれ? 浦見君、もう来てたんだ。僕も結構早く来たつもりだったんだけどなぁ」
丁度会話が終わったタイミングで柏柳が来た。
「神宮寺さんもおはよう。もしかして取り込み中だった? 二人の邪魔しちゃまずかったかな」
「い、いえそんな。私はただ通りかかっただけなのでっ」
ああ…… この展開も三度目だな……
「そ、それでは私は失礼しますっ!」
あれ? 噛まなかった。
顔を赤くして走り去っていく神宮寺さんを見ながら、僕は少し不思議に思った。
「あちゃー…… ちょっとした冗談のつもりだったんだけどな」
相変わらずの柏柳。
そこで、一つ疑問に思った。
「……なぁ、柏柳は昨日って何してた?」
神宮寺さんが違和感を覚えていた以上、柏柳にももしかしたら何か変化があるかもしれない。
被害に遭う本人に自覚があれば、事故の回避も簡単なはず。
「昨日? 昨日はずっと図書館にいたけど……それがどうかしたのかい?」
柏柳は首をかしげながら言う。
「本当に? 断言できる?」
僕が念を押すと、柏柳は少し考え、すぐに顔を上げて言った。
「本当さ。嘘を言う理由も無いしね。もしかして、どこかで僕のそっくりさんでも見つけたのかい?」
「いや、そういう訳じゃないんだ。変なこと聞いてごめん」
どうやら柏柳は違和感すら感じていないらしい。
神宮寺さんの感じていた違和感も、もしかしたら時間の巻き戻りとは関係ないのかもしれないな。
とにかく、柏柳を助ければこの不可思議な現象も終わるはずなんだ。
覚悟を決め、駅へと入っていった。
自分で切符を買い、改札を通る。
当たり前かもしれないけど、財布の中身も元通りになっていた。
階段を降りてホームに入ると、やはりそれなりの数の人がいる。
そしてやはり聞き覚えのある会話をしながら電車を待つ。
というか、3度目ともなると次の話題が何なのかすらわかっているので正直退屈だ。
できるだけ初めて聞いた風を装って受け答えした。
しばらくすると、ホームに電車が来ることを知らせるアナウンスが響く。
僕たちが乗る電車の案内だった。
「うぅ…… 痛い……」
唐突に、僕はお腹を抑えながらうずくまる。
もちろん嘘だ。
柏柳を電車に乗せないための仮病。
「だ、大丈夫かい?」
しかしそれに気づかない柏柳は、心配そうに声をかけてくれる。
周りの人が何事かとこちらを見ている中、腹痛のふりを続ける僕を介抱してくれる柏柳。
その様子に申し訳なく思いながらも、僕たちは電車待ちの列から抜け出した。
改札近く、男子トイレの個室の中。
痛がる僕を柏柳がここまで連れてきてくれた。
とはいえ仮病なので、ただ個室の鍵を閉めて中にいるだけ。
大きな駅だからかキレイに掃除されていて、不快感はあまりない。
壁に付けられたボタンを押すかセンサーで水が流れる、割と新しいタイプのトイレだ。
柏柳は僕をここに連れてきたあと、入り口の辺りで待っていると言って出て行った。
このまま時間を潰していれば、きっと例の事故が起こって電車が止まるなり遅れるなりするだろう。
そうすれば、柏柳は死ななくて済む。
事故そのものは止められなくても、柏柳を守ることができるし、ループからも抜けられるはず。
そう考えてここに引きこもっている。
でも……
ここに来てからもう1時間近く経つ。
普段はあまり使わないスマートフォンで必死に情報を探しているけど、事故どころか遅延すらない。
おかしい…… 昨日のこの時間にはとっくに事故が起きていたはず。
死者が出るような規模の事故が起きたなら、必ずどこかに情報が載るはずなのに……
あの電車に乗るのを回避できた時点で、事故も無かったことになった?
時間的に昨日の僕ならもう意識を失ってるはずだから、ループからも抜けている?
なんだか都合が良すぎる気がする。
どういうことなんだろうか。
「浦見君? ずいぶん長く入ってるけど、大丈夫かい?」
しまった、柏柳が様子を見に来たみたいだ。
これ以上は無理だと判断して、僕はその場を後にした。
僕が柏柳と合流すると、柏柳は僕を気遣って近くのベンチまで案内してくれた。
「調子はどうだい? もしまだ辛いようなら、今日はこのまま家に帰っても……」
「大丈夫! おかげですっかり良くなったから!」
慌てて柏柳の言葉を遮る。
もしこのまま柏柳と別れて柏柳一人が事故に遭ってしまったら、時間の巻き戻りが起こるかどうかわからない。
離れるわけにはいかないんだ。
「そ、そっか。ならよかった。じゃあそろそろ行こうか」
柏柳が立ち上がる。
「あっ! か、柏柳!」
思わず呼び止めてしまった。
「ん? なんだい?」
「あの……さ。イベントの会場まで、他の行き方ってないのかな?」
できればあの電車には乗りたくない。
「えっと……どうしてだい?」
「え!? あ、いや、その……」
そうだ、切符まで買っているのにこの質問は、どう考えてもおかしいじゃないか。
何かうまい言い訳は……
「まぁいいけどね。ネットで調べたけど、他のルートだと時間もお金もたくさんかかるんだ。何より、この僕は路線が一番使い慣れてるからね」
「そう……なんだ」
ダメだ。1時間も待たせた上に、他の道を使おうなんて言える空気じゃない。
そもそも切符はもう買ってしまっている。
「あ、もうすぐ次の電車が来るみたいだよ。さあ、行こうか」
流れてくるアナウンスを聞いて、柏柳がホームへ向かう。
「ああ……そうだね」
きっともう大丈夫。
そう自分に言い聞かせて、僕は柏柳の後を追った。
車内には電車の走行音だけが響いていた。
昨日とは違い、柏柳との雑談もしていない。
僕がそれどころじゃないからだ。
不安が胸を締め付ける。
頭の中には、今までに2度見たあの光景。
あの真っ赤な血の色が、頭に焼き付いて離れない。
もう大丈夫、大丈夫なんだ。
柏柳がかばっていた女の子にも、今日はまだ会っていない。
あの電車には乗らなかったんだから、もう何も心配しなくていいんだ。
そう自分に言い聞かせているのに、胸はどんどん苦しくなる。
頼む。このまま何事も無く目的地まで着いてくれ。
「そろそろ次の駅だね。ドアの近くにいると邪魔になるかな」
柏柳が言う。
あれ? たしかあの時も柏柳が―――
僕が気づくのと、ほとんど同時。
―――金属の擦れ合う、耳障りな音が鳴り響いた。
「柏柳っ!!」
電車の急激な減速のせいで、柏柳から離れてしまった。
必死に衝撃を堪えながら、柏柳を呼ぶ。
柏柳は入り口近くの手すりにしがみついていた。
「頭を守れっ! 柏柳っ!!」
僕の声は、騒音にかき消されて柏柳まで届かない。
それでも構わず叫び続けていると、突然大きな衝撃と浮遊感が僕を襲う。
しまった!
そう思った次の瞬間、目の前が真っ黒になった。
目を覚ました僕が目にしたのは、うつぶせになっている柏柳だった。
昨日のような頭からの出血はしていない。
「柏柳……?」
なのに、呼びかけてみても反応はない。
肩を叩いても、ゆすってみても、柏柳はピクリとも動かなかった。
柏柳の身体を掴んで仰向けにすると、その理由がわかった。
口には血を吐いた跡があり、左胸の辺りが不自然にへこんでいる。
息もしていないし、心臓も動いていない。
―――僕はまた、柏柳を助けられなかった。
「なんで…… あの電車には乗らなかったのに……」
誰に問いかけるでもなく、そう呟く。
身体から力が抜け、その場に倒れる。
深い絶望の中、僕の意識は暗転した。




