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2回目の土曜日:一度見た光景

ピピピピ、ピピピピ

静かな部屋に鳴り響く音。

ピピピピ、ピピピピ

深い眠りから引き戻す音。

ピピピピ、ピピピピ

…………

ピピピピピピピピピピピピ

…………!?

ピピピピピピ……カチッ。

「柏柳っ!」

アラームを止め、跳ね起きる。

なんで……なんでこんなところで寝てるんだ!?

柏柳が! 電車で柏柳が……!



5月7日 土曜日 AM7:03



……え?

昨日の日付?



……まさか、夢?



心臓の鼓動が収まらない。

まるでついさっきまで本当にあの電車に乗っていたかのようだ。

……嫌な夢だな。

そう思いながらベッドを抜け出す。

少しだけ開いたカーテンも、机に置かれたメモ帳も、部屋の中は全て夢で見た光景と同じだった。

違いが無さ過ぎて恐ろしさすら感じる。




一階に降りてリビングで朝食を摂る。

朝のニュース番組では、海外で流行している感染症の特集をしていた。

……そういえば、このニュースも夢で見たものと同じだ。

あれは本当に夢だったのだろうか。そんな疑問が浮かんでくる。

赤い血溜まりと、生気を失っていく柏柳。

あの光景が目に焼きついて離れない。


「はぁ……」


朝食のパンを食べ終え、ため息をつく。

あんな夢を見た後では、テンションが上がるわけがない。

何気なく窓から青い空を眺めていると、唐突に電話が鳴った。

若干慌てながら受話器を取ろうとして、ふと気づく。

そういえば、夢の中でもこのくらいの時間に電話があった。


まさか……


「も、もしもし」

『ああ、浦見君? 僕だよ、柏柳』

やっぱり、柏柳だ。

「か、柏柳! 身体は大丈夫?」

『え? 身体? ……別になんともないよ。急にどうしたんだい?』

「……いや、なんともないなら良いんだ。ところで、何の用?」

『ああ、そうだった。浦見君は今日何か予定はあるかい? もし暇なら僕とイベントに行ってほしいんだけど』

これも夢と同じだ。

「もしかして、ライトノベルのイベントだったりする?」

『その通りだよ! 知ってるなら話が早い。そのイベントに一緒に言ってくれないかな? 交通費は僕が出すから』

「あ、ああ。いいよ」

『やった! それじゃあ10時に駅前で待ち合わせで。持ち物は特に無し』

「わかった。じゃあまた後で」

そう言って電話を切る。


……全部、夢で見た通りだった。

電話のタイミングも、イベントの誘いも、集合時間でさえ全く同じだ。

さっきまでとは比べ物にならない不安を感じながら、僕は出かける準備をした。




現在時刻は9時15分。

5月とは思えないこの暑さも、夢の中と同じだ。

夢では確かこの後、神宮寺さんと会うんだけど……

まさかと思いながらも辺りを見回すと、丁度こっちに歩いてきていた神宮寺さんと目が合った。

「「あ……」」

二人の口から同時に声が漏れる。

「う、うう浦見さん!? あ、えっと……き、奇遇ですね!」

夢の中で出会ったときと一言一句全く同じ反応をする神宮寺さん。

「あ、うん…… そうだね」

驚きで返事がおざなりになってしまった。

「えっと……神宮寺さん、昨日は何してた?」

あまりにも夢と差のない反応に、つい聞いてしまう。

「昨日ですか? そうですね……ずっと家にいました」

予想通りの答え。でも、不安は拭えなかった。

「……大丈夫ですか? なんだか思いつめた顔をしていますけど」

神宮寺さんが心配そうに話しかけてくる。

「ああ、ごめん。大丈夫だよ。……少し、悪い夢を見ただけだから」

できるだけ笑顔でかえす。

そう、あれはあくまで夢だ。夢であって欲しい。

「そうですか……」

神宮寺さんの呟きを最後に、会話が途切れる。

夢の中ではこの沈黙を埋めようと必死だったけど、今の僕にその気力は無かった。

目の焦点を合わせずに、少し離れた地面を眺める。

さっきの神宮寺さんの反応といい、柏柳からの電話といい、まるで悪夢を最初から見直しているみたいだ。

既視感デジャヴというのは脳の誤作動だと聞いたことがあるけど、この状況もそうなのだろうか。

もし、あの夢の出来事がこれから本当に起きるとしたら……


「……浦見さん!」


当然、神宮寺さんが詰め寄ってくる。

そして両手で僕の手を掴むと、真剣な顔で言った。

「浦見さんがどんな夢を見たのか知りません。何か別の悩み事があるのかも知れませんが、それもわかりません」

初めて見る神宮寺さんの表情に、声が出せなくなる。

「でも、それを抱え込んだままにしないでください。私でもいい。他の人でもいい。もっと誰かを頼ってください」

真っ直ぐに見つめられ、目が逸らせない。

「何があったのか話さなくてもいいんです。ただこうやって、誰かの体温を感じるだけでもきっと楽になります。だから……」

神宮寺さんが僕の手を掴む力が強くなる。

「だから、そんなどうしようもなく悲しい顔をしないでください」

「え……」

最後に震える声で言うと、それっきり神宮寺さんは顔を伏せてしまった。

再びしばらくの沈黙。

握られたままになっている手から神宮寺さんの体温が伝わってくる。

戸惑いや申し訳なさ、恥ずかしさが入り混じった不思議な感情が僕の中に沸き起こった。

形容しがたい感覚。でも一つだけはっきりしている。

「ありがとう。神宮寺さん」

僕は神宮寺さんに感謝してる。

きっと僕は不安だったんだ。

夢の中の出来事が次々と現実で起こって、恐怖してたんだ。

でも所詮、夢は夢。

現に夢の中では神宮寺さんはこんな行動をしていなかった。

「確かに楽になった。ありがとう」

そう言って神宮寺さんの手を握り返す。

神宮寺さんは顔を上げると不安そうに僕を見つめ、そして「よかったです」と言いながら微笑んだ。

その表情がとても可愛くて、少しの間見とれてしまった。



「あれ? 浦見君、もう来て…… というか二人の邪魔しちゃったかな」



突然現れた柏柳が、僕たちを見て困った顔で笑う。

一瞬何のことかと思ったけど、僕たちが手を握り合ってお互いを見つめていた事に気がつき、慌てて距離を取る。

神宮寺さんは今にも頭から湯気が出そうな程、顔が赤くなっていた。

「浦見君を待たせるのも悪いと思って早めに来たんだけど……裏目に出たみたいだね。せっかくの二人きりの時間を邪魔しちゃった」

苦笑しながら言う柏柳。

誤解を解こうと僕が口を開くより先に、神宮寺さんが反応した。

「こ、これは決してそういうことでは! えっと、あの、その…… しっ、失礼しましゅっ!」

あ、噛んだ。

「――――っ!!!」

それがとどめになったのか、神宮寺さんは声にならない声を上げて走り去っていった。

その時、目の端にキラリと光るものが見えたのは多分間違いじゃないだろう。

「……ちょっとからかい過ぎちゃったかな。僕としては冗談のつもりだったんだけど」

「冗談になってないじゃん…… 今度会ったら謝っておきなよ」

そう言うと、神宮寺さんの走っていった方を見る。

神宮寺さんの温もりが消えた手は、少し冷たく感じた。




切符を買い、改札を抜ける。

柏柳がお金を出すと言ってくれたけれど、それを断って自分で買った。

少しでも夢と違う行動をしたかった。

階段を降りて、ホームで雑談しながら電車を待つ。

柏柳の話は聞き覚えがあるものばかりだった。

しばらくすると、電車がホームに入ってくる。

扉が開いて中から乗客が降りてきた。

邪魔にならないように僕たちは横にずれる。

その時、なんだか急に不安になって僕は柏柳に声をかけた。

「な、なぁ柏柳。やっぱり次の電車に……」

「浦見君、乗り遅れちゃうよ?」

言い切る前に手を引っ張られて思わず乗り込んでしまう。

その直後、逃げ道をふさぐようにドアが閉じた。

「あっ……」

そのまま電車は走り出してしまった。

「もしかして今、何か僕に言いかけたかな?」

柏柳が僕の様子を見て、声をかけてくる。

「いや、なんでもない」

乗ってしまったものは仕方ないし、特に言う必要もないだろう。

きっと僕が不安に思いすぎてるだけなんだ。

少し、夢に囚われすぎかもしれない。

電車内でも、一度聞いたことがあるような会話をしながら過ごしていると、唐突に柏柳の言葉が途切れた。

見ると、女の子がしりもちをついている。

強烈な既視感。

背筋を得体の知れない物が駆け上っていく感覚がした。

「ごめんね。大丈夫かい?」

柏柳が女の子の手を引いて立たせる。

「はい……ごめんなさい」

「別にどうってことないさ」

その後も聞き覚えのある会話をする二人。

僕の不安は、恐怖と言えるほどに大きくなっていた。

「……なぁ、もうちょっと後ろの車両にいかないか?」

だから、そう提案する。

「え? いいけど…… どうしてだい?」

「まあ、なんとなく……ね」

答えをはぐらかしつつ、後ろの方の車両に移動する。

僕と柏柳と女の子。

連結部分のドアをいくつも開き、三人で最後尾を目指す。



―――その時だった。



突然、金属同士が擦れ合うような音が車内に鳴り響いた。

あまりに耳障りな音に、思わず耳を塞ぐ。


「柏柳っ!!!」


振動に耐えながら、柏柳の様子を確認する。

すると、僕の視界に女の子を衝撃から守ろうと抱きしめる柏柳の姿が映った。

「柏柳、頭だ! 頭をまも……」

全て言い切る前に、一際激しい音と衝撃が僕らを襲う。

刹那の浮遊感の後、僕の意識は暗転した。




目を覚ました僕が目にしたのは、夢の中と同じ光景だった。

「お兄さん! 死なないで! お兄さんっ!!」

女の子が柏柳の身体を必死で揺すっている。

血溜まりは広がっていき、女の子の服を赤く染めていく。

それを見て、女の子は悲鳴を上げた。

僕の身体からは力が抜け、目の前の景色が回転する。



薄れゆく意識の中、僕は悟った。

いや、認めたくなかっただけで本当は気づいていたんだろう。



―――これは、夢なんかじゃない。



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