第四章 鋭い勘?
第四章 鋭い勘?
冬が訪れても、学校での毎日は相変わらず同じ調子で続いていた。
とはいえ、退屈な日々というわけでもない。
ある日、校庭のベンチで一人スマートフォンを眺めていると、不意に影が差した。
顔を上げると、最前列に座っているあの有名な女子が、また目の前に立っていた。
「こんにちは、アカニキ。私は日向雪です」
彼女は落ち着いた、それでいて自信のある声で言った。
(同じクラスになって三か月も経つのに、どうして今さらそんなに改まって名乗るんだ?)
表情を変えないまま、俺は心の中でそう思った。
ヒナタは続ける。
「前に声をかけられなかったこと、先に謝っておきます。実は、あなたにお願いしたいことがあるんです。できれば、力を貸してくれませんか?」
「どうして俺なんだ?」
俺は無関心な口調で尋ねた。
ヒナタは少しためらうように視線を落とし、声を小さくした。
「ただの勘……みたいなものかもしれません。でも、あなたなら頼れる気がして」
「話だけは聞こう」
俺は短く答えた。
「ここ数か月、三十代くらいの男の人に毎日のようにつきまとわれているんです。しつこく声をかけてきて――」
「……断る。それに、俺にはそんな問題を解決する力はない。」
カネキが淡々とそう言うと、ヒナタは必死な表情で食い下がった。
「でも……もう逃げ場がないの。昨日、その人から『明日は君の家の近くで待っている』ってメッセージが届いたの……。」
俺は一瞬たりとも迷わなかった。
「断る。それに俺は、ただの普通の高校生だ。自分の命は大事にしたいし、危険なことや血なまぐさい騒動には関わりたくない。警察に連絡すればいい。そういう問題は彼らの仕事だ。」
少し間を置いてから、俺は続けた。
「……それに、なぜ俺なんだ?」
「お願い……!」
ヒナタは今にも泣き出しそうな声で懇願した。
「昨日も彼につけられて、本当に怖かったの……。そのせいで、お父さんにもまだ何も話せてない。お願い、助けて……! 必ずお礼はするから……!」
俺はそれ以上何も答えず、その場を立ち去った。
ヒナタは俺のはっきりとした拒絶を見て、やがて諦めたように小さく俯き、友人たちのもとへ戻っていった。
その日の放課後。
冬の曇った空の下を一人で歩きながら、俺はふと考えた。
(……俺の顔って、そんなに「人を殺しそう」な顔をしているのか? それとも、人助けを頼みたくなるような顔なのか……。どうして俺だったんだ。)
その頃――。
学校からの帰り道を歩いていたヒナタの前に、一人の男が姿を現した。
男は彼女の腕を乱暴につかみ、そのまま人気のない薄暗い路地裏へと力づくで引きずり込む。
誰にも助けを求められない場所だった。
「なんでいつも俺を無視するんだよ!」
ゾランと呼ばれる男は、低く荒々しい声で怒鳴った。
懐から割れたガラス瓶を取り出し、その鋭い切っ先をヒナタの顔へ突きつける。
「さあ、今度こそ答えろ!」
ヒナタは全身を震わせていた。
恐怖で喉が締めつけられ、声すら出ない。
その時だった。
静まり返った路地裏に、一人の静かな声が響いた。
「彼女は、お前のことが好きじゃない。それくらい分からないのか?」
ゾランは勢いよく振り返る。
「……誰だ、お前!? なんで首を突っ込んでくる!」
俺は薄暗い路地へ静かに足を踏み入れた。
両手をポケットから抜き、まだ肩には通学用の鞄を掛けたままだ。
「その通りだ。本当なら家へ帰るつもりだった。」
俺は無表情のまま続ける。
「だが、お前の『帰れ』という命令だけは断らせてもらう。」
ゾランは怒鳴り声を上げると、割れた瓶を振りかざし、一気に俺へ突っ込んできた。
俺は体をわずかに傾けるだけで、その一撃を滑らかにかわす。
続けざまに繰り出される重い拳。
俺は最小限の動きだけで次々と避け続け、やがて一歩後ろへ退いて静かに息を整えた。
ゾランは口元の血を手で拭い、驚愕の表情で俺を見つめる。
「どうやって全部避けた……!? ガキのくせに、その技術と度胸は何なんだ!」
「ああ……そういえば言い忘れていた。」
俺は冷たい軽蔑の視線を向けた。
「お前の攻撃は哀れなくらい単調だ。ただ力任せに殴っているだけ……技術というものがまるでない。」
その一言でゾランの理性は完全に切れた。
彼は割れた瓶を振り回しながら、無茶苦茶な勢いで再び襲いかかってくる。
数メートル離れた場所では、ヒナタが息を呑みながらその光景を見つめていた。
恐怖で体は動かない。
何か取り返しのつかないことが起ころうとしている――そんな予感だけが胸を締めつけていた。
その時。
乱雑に振るわれたガラス片が、俺の右目の下をかすめた。
鋭い切り傷が走り、血が頬を伝って流れ落ちる。
俺はそのまま顔を押さえ、冷たい地面へ倒れ込んだ。
「カネキ!!」
ヒナタの悲鳴が路地裏に響く。
俺はゆっくりと立ち上がりながら、冷え切った声で呟いた。
「……たかが、こんなかすり傷で……俺が倒れたままだと、本気で思ったのか?」
ゾランはその場で凍りついた。
そして俺は、ゆっくりと口元を歪めて笑う。
「――演技だ。」
そこまで言いかけた瞬間、アカニキが彼女の言葉を遮った。
俺はゆっくりと立ち上がった。
だが、もう素手ではなかった。
倒れ込んだ一瞬を利用して、鞄の中から素早くナイフを取り出していたのだ。
冬の冷たい光が、その鋭い刃に鈍く反射する。
ゾランは突然込み上げた恐怖を隠すように、無理やり笑みを浮かべた。
「ガキはさっさと家に帰って宿題でもやってろ!」
俺は小さく囁いた。
「……俺の勉強を気にかけてくれてありがとう。」
そう言いながら、口元にゆっくりと冷たい笑みが浮かんでいく。
「でも、宿題は――お前を片付けてからで十分だ。」
(まさか……本当に殺すつもりなの……? お願い……やめて……!)
ヒナタは胸が張り裂けそうなほど鼓動を速めながら、心の中で必死に祈った。
次の瞬間。
俺は恐ろしい速度で地面を蹴り、一気に距離を詰める。
狙いは、ゾランの喉元。
一撃で決着をつけるための致命的な突きだった。
だが、偶然にもゾランはその一撃を間一髪でかわした。
「やめて!!」
ヒナタは必死に叫ぶ。
しかし、その声は震え、途中で喉に詰まってしまう。
その時、彼女は俺の表情をはっきりと見た。
そこには――。
狂気に満ちた、大きく歪んだ笑みが浮かんでいた。
俺は生き延びるために戦っているわけではない。
この戦いそのものを、心の底から楽しんでいた。
深手を負ったゾランは足元を崩し、そのまま地面へ倒れ込む。
必死に後ずさりしながら逃げようとするが、その動きに力は残っていなかった。
俺はまるで処刑人のように、静かに彼へ歩み寄る。
そして――
容赦のない一閃。
刃が振り下ろされる。
ゾランの首は胴体から切り離され、冷え切った路地に倒れた。
赤い飛沫が冬の路地へと散る。
その光景を目の当たりにしたヒナタは、膝から崩れ落ちた。
腹を押さえ、息を詰まらせながら、あまりの惨状に言葉を失っていた。




