第29章:愛情の幻影
カネキは大学街の近くにあるカフェへ向かった。
店内に入ると、隅のテーブルに一人で座っているヒナタの姿が目に入った。
カネキは落ち着いた様子で彼女に近づき、向かいの席に腰を下ろした。
「こんにちは、カネキ。話を始める前に……元気?」
ヒナタは真剣な表情で尋ねた。その声には、隠しきれない心配が滲んでいた。
カネキは彼女の目を真っ直ぐに見つめた。
そして、その表情がいつになく優しく、穏やかなものへと変わった。
「何も話さないよ、ヒナタ」
ヒナタは何かがおかしいと感じた。
「どういうこと? 話すために来たんじゃないの?」
彼女が言い終える前に、カネキが鋭く言葉を遮った。
「聞いてくれ。君の態度にも、そんな偽りの心配にも、もううんざりなんだ」
「偽りなんかじゃない。信じて。私は本当にあなたのことを心配してる」
ヒナタの表情が困惑に染まり、彼女は視線を落とした。
どうすればいい? 私のはぐらかしじゃ、彼には通用しない……?
カネキは彼女の目をじっと見つめ続けた。
「どうしてそんなに困ってる? 何かを誤魔化そうとしてるのか?」
「できるなら、そうすればいい。でも……これが僕たちの最後の接触になると思う」
カネキは出口へと身体を向けた。
「待って……お願い。どうして帰るの? その……これは誤解よ」
カネキは足を止めた。
「君が直接僕に近づいて、助けを求めたこと。そして、僕についてできる限り知ろうとしていること。それも全部、ただの偶然で、誤解だっていうのか?」
カネキは振り返った。
「もうふざけるのはやめよう。君の仮面は、もう剥がれた」
ヒナタは突然、大きな声を上げた。
その声に、店内にいた人々が驚き、二人へと視線を向ける。
「違う! そんなわけじゃない! あなたは何も分かってない!」
ヒナタの声は震えていた。
「私に仮面なんてない! 私はただ……あなたみたいな落ちこぼれと関わることを強いられた、ただの女の子よ、カネキ!」
その目から、涙がこぼれ始めた。
ヒナタはそのまま泣きながら、カフェを出ていった。
カネキは驚いたように、彼女の去っていく姿を見つめていた。
そして、周囲から向けられる視線に気づくと、軽く肩をすくめた。
「そんな目で見ないでくれ。僕は何もしてないよ」
ヒナタが店を出た後、カネキも疲れた様子でカフェを後にし、自分のアパートへ向かった。
彼が部屋に到着してから、ほんの数分後。
外では激しい雨が降り始めた。
カネキは寝室の窓へ目を向ける。
「なんて運がいいんだ。もう少し遅かったら、ずぶ濡れになるところだった」
その頃、ヒナタは自宅の窓の前に立っていた。
その目には悲しさと疲労が浮かんでいる。
彼女はカネキに言われた言葉を思い返していた。
そして、自分自身に言い聞かせるように呟いた。
「……あれは私を試そうとしたの? それとも……本気だったの?」
一方その頃、FCI研究所の近辺に住む家族たちを、一つの捜査チームが聞き込みしていた。
四十代ほどの女性が首を横に振る。
「怪しい人は見ていません。本当にすみません。何の役にも立てなくて……。近くのお店に聞いてみたらどうでしょうか」
「ありがとうございます。それでは、行きましょう」
捜査官はそう言って、チームと共に次の家へ向かった。
激しい雨の中を歩いていると、チームの一人が苛立った様子で口を開いた。
「もううんざりだ。証拠もない。手がかりすらない。そろそろ捜査を打ち切るべきじゃないのか?」
すると、別の捜査官が冷静に答えた。
「俺たちに決定権はない。今のところ、大統領が俺たちに捜査を続けるよう命じている」
そして、彼は続けた。
「それに、まだ終わっていない。近隣の店への聞き込みも残っているし、あの研究所について知っていた人物についても調べる必要がある」
「もし、あの研究所のことを知っている人物を一人でも見つけられれば……犯人を捕まえられる可能性がある」
彼らは激しい雨の中を歩き続けた。
疲労に包まれながらも、彼らは依然として犯人の正体を明らかにする希望を捨ててはいなかった。




