《踏破者》千ヶ峰 緋尋
難波ダンジョンの下層に無数のライトが照らされている。どうやら新たな未開の深層へと繋がる巨大なゲートが発見されたのだ。
ドローンが飛び交い、いま全世界にその様子が配信されている。画面越しに映し出される光景を前に世界中の視聴者たちが興奮しながらコメント欄も賑わっている。
「はいっ、みんな注目〜!」
そんな扉の前に、一人の女性がくるりと振り返り叫んだ。
腰まで伸びた赤みがかった鮮やかな髪がふわりと揺れている。黒を基調とした軍服を思わせるようなゴシック調の戦闘衣装を身に纏い、短いスカートの裾には赤い刺繍。左右非対称の黒いロングブーツ。
そして腰元には鋏を二つに分けたような二つの刃が見えていた。
可憐を絵に描いたような女性が持つには凶悪な装備だ。しかし彼女は満面の笑みを浮かべたまま、宙に浮く配信用ドローンに向かって両手でピースをしている。
さながらハサミ型のその双剣のようにチョキチョキと二本の指が開いたり閉じたりしていた。
「おはひひろ〜。どんなときでもあいさつは大事だからね!!」
同時に元より溢れかえっていたコメント欄が濁流の如く流れ始める。
――<うおおおおおおおおお>
――<きたああああああああ>
――<ひひろ今日もかわいい>
――<まってた>
――<おはひひろ>
――<夜だけどおはひひろ>
――<新規か? いつもの挨拶だ。時間関係ないぞ?>
――<最後まで絶対見る>
そして流れ続けるコメント欄を見つめたまま――千ヶ峰 緋尋は笑った。
「は~い、ついにやってきました〜!!」
そして大袈裟に両手を広げたまま、
「今回、わたしたちが挑戦するのは~……数日前に難波ダンジョンの下層で発見された《未確認領域》を攻略配信しちゃいます!!」
声は聞こえない。それでも勢いよく流れ続けるコメントがまるで熱がこもった歓声のように見えた。
――<例のあれ>
――<帰還者:0人>
――<マジでやばいとこやん>
――<こんなん《踏破者》案件やろ>
背後にそびえる巨大なゲート。
もっとも広大と呼ばれている難波ダンジョンにて数日前に別の探索者たちが発見した新たな深層へと繋がる前人未踏の奥地。
これまで確認されていた上層域、中層域、下層域。
そのさらに下を《未確認領域》と呼び……《深層》と呼ばれていた。
ダンジョンが現代社会に現われて五十年――それだけ経っているにも関わらず未だにそれが何なのか究明されていない。
ダンジョンは日本だけでなく世界中に無数の入口を持つ。
だがその全ては最終的に一つの巨大な世界へと繋がっている。どこまで続いているかもわからない。だから人類がダンジョンを攻略することは永遠に不可能なのかもしれない。
五十年経った程度では何も変わっていないのだ。
しかしダンジョン内部には地球上には存在しない未知の鉱石や、結晶、特殊金属、そしてモンスターが内蔵している《核》と呼ばれる素材。
それらは人類の文明を大きく発展させてしまった。
もはや人類はダンジョンなしでは生活できない。だから探索者は単なる冒険者というわけではない。
「このゲート自体は最初に発見したのは他所のクランだったみたいだけど……」
そこで今まで笑っていた緋尋は目を細めて、
「入った探索者は誰一人として帰ってこなかったんだよね……」
そして再びコメント欄の流れが変わる。
――<政府が即進入禁止にしてたよね>
――<そら何人も行方不明者でりゃ……>
――<国が送り込んだ調査チームとやらも帰って来てないとか>
――<そんなんもう無理ゲーやん>
――<×んでるやろ>
そんなコメント欄の空気が悪くなっていってるのを見た緋尋が大きく手を叩く。
「もう一般探索者じゃ手に負えないレベルにまで発展してるからさ――」
腰に掛けてある双剣を引き抜き、緋尋は高らかに声を上げる。
「ということで今回は私たち【ver.hologram】が攻略しちゃうよ!!」
国ですら手に負えない前人未踏の領域――だからこそ《踏破者》が呼ばれた。
【ver.hologram】――日本の配信に特化した国内最大級クラン。
攻略映像、情報発信、企業契約――その影響力は既に国家レベル。
世界に十二人しか存在しない《踏破者》がなんと二人も所属しているのである。
――<最強クランきた>
――<はい最強>
――<そもそも《踏破者》二人いるのバグ>
――<勝ったな、風呂入ってくる>
――<こんなんもうクリアしたもんやろ>
そう、そんな世界最強と呼ばれる探索者を超えし者である《踏破者》と呼ばれてる緋尋と、もうひとり――
「おいおい緋尋〜、あんま一人で喋んなよ」
隣から男が歩いてきた。
面倒くさそうに首を左右に揺らして、頭を掻いている。金髪に黒いジャケット。一見すると緋尋と違って何も持っていない丸腰だった。とてもダンジョンに潜る姿とは思えない。
だが、この男もまた怪物だった。
神代 燐牙。
探索者には強さをアピールするためにランキングが備わっている。その中でも世界ランキング十一位に位置するのがこの男である。そして燐牙をまた《踏破者》と呼ばれる一人である。
「主役はオレだろ?」
「え〜、でもこれわたしのチャンネルで配信してるんだけど?」
「今日は共同だろうが。いつもソロで潜りやがって」
「……潜ったら、真面目にやってね?」
「オレはいつも真面目だが??」
「…………どうだか」
先程まで柔和な表情だった緋尋の目は明らかに冷たかった。
――<また始まった>
――<燐牙プロまでいて草>
――<てかこいつらいっつも仲悪いな>
――<喧嘩するほどなんとやら>
――<だったらよかったんですけどね(白目>
――<ひひろしか勝たん>
――<燐牙帰れ>
――<嫌われすぎで草>
――<でも《踏破者》二人揃うとやっぱすげぇわ>
――<そうか? ひひろたんの配信に男とかいらんが>
コメント欄を見た燐牙が顔を引き攣らせる。
「お前んとこのリスナー嫌いだわ」
「わたしのアカウントで配信してるんだから仕方ないでしょ」
「あとで覚えとけ」
「やめなって……」
まるで顔の上から笑顔を貼り付けたかのような作られた笑顔を燐牙に向けて、ゲートへ一歩近づく。
凛牙は露骨に舌打ちをして、緋尋から目を逸らした。
だが緋尋は笑う。明るく、天真爛漫――誰が見ても人気者だった。それもそうだ。もはや彼女のチャンネル登録者数は軽く千万人を超えている。
ひたすら配信ドローンを飛ばしてダンジョンを攻略し続ける緋尋の様子を世界に流し続けた。それだけだった。
気付けばそんな偉大な存在にまでなっていた。誰もが羨むような、憧れるような、そんな探索者に――《踏破者》にまで登りつめていた。
だが、そんな彼女の笑顔の裏側を知る者は誰もいない。
(深層だろうが……何だろうが……絶対に――)
ゲートがゆっくりと開き、緋尋はその中へと踏み入れる。
(私は……もっと強くならなくちゃ……)
誰よりも。
もっと強く。
あの日からずっと。
胸の奥に沈み続けている後悔を消すために。
「よしっ……」
笑顔へ戻り、配信ドローンに視線を移す。
「行こうみんな!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
攻略は順調だった。
何せ世界最高クラスの探索者が二人――そして《踏破者》には及ばずとも緋尋と同じクランに所属する十数人の高レベル探索者たちで揃った最強パーティだ。
「右から三体来ます!!」
探索者の一人が叫ぶ。
「先陣、行くねッ!!」
緋尋が笑顔のまま一歩前へ出る。
腰元へと両手を伸ばし、左右対称に分かれた禍々しくも美しい赤黒い双刃が姿を見せる。
《国家認定迷宮攻略武装》――第二等級《天災》《墓守ノ両鋏》
――<第二等級って世界に何本あんの?>
――<そら《踏破者》と同じだけじゃね? 知らんけど>
――<この武器見れるだけで配信見る価値あるからな>
――<そりゃそうや。国宝みたいなもんやぞ>
――<でも第二なんやからその上ってあんの?>
――<さぁ? 都市伝説じゃね??>
「わたしも第一等級は見たことないなぁ……ってかこの武器もたまたま禁忌級のボス倒したときにドロップしたから運が良かっただけなんだけどねぇ……」
と、コメントの問いに答えながら緋尋は地面を蹴った。
「赫刃軌道ッ!!」
刀身が赤く燃えるように染まった。
一瞬、世界から緋尋の存在が消失したが、三体の犬型のモンスターが反応するよりも先に赤い軌道が通り過ぎていた。
ズバァッ――!!
遅れて三体同時に両断し、そのままモンスターは崩れ落ちていた。
――<速すぎてなんも見えんかったw>
――<ひひろんが強いだけなんだろうけど、今のモンスター弱すぎない?>
――<深層なのに下層にいる《シャドウハウンド》だったぞ?>
――<弱いって下層クラスのモンスターなんだが?>
――<そうだけど下層クラスなら《踏破者》いらんくね?>
――<それはそう>
緋尋は《墓守ノ両鋏》を軽く振って血を払う。
彼女が使用している《墓守ノ両鋏》に備わる武装機能――《赫刃軌道》
それは武器そのものに搭載されている限定機構によって、加速性能を極限にまで引き上げ目にも止まらぬ速さで敵を真っ二つにしていた。
そんな圧倒的強さを誇る緋尋を前にコメント欄はにぎわっている。緋尋は「ありがと~」と感謝を返して、
「そんなことないってぇ……大げさだって~」
しかしコメント欄はずっと勢いよく流れ続ける。
――<ひひろんっていまレベル【600】なんでしょ?>
――<【600】www普通【100】~【200】で限界なんでしょ?>
――《そうやで。一般の探索者とかそれで頭打ち》
――<付き添いの探索者の人らも【400】ってすごいな>
――<ヌルゲーすぎて安心して見れるわ>
「レベルはどこかで打ち止めしちゃうからね……わたしはほんと運がいいだけだよ」
コメントに照れるように微笑みながら緋尋は深層の奥へ進もうとしたのだが、その後ろで燐牙が馬鹿にしたように鼻で笑っていた
「レベルなんて関係ないけどな。そもそもオマエは世界で数人しかいない《二重所持者》なんだからよ」
「そういう言い方やめてくれない……?」
「でもぶっちゃけ瞬殺してるんだから事実だろ?」
「別に好きでスキル二つ持ってるわけじゃないのに」
「贅沢な悩みだな――手に入るスキルは一つのはずなのによ」
緋尋は今にも舌を打ちそうだったが配信中は視聴者にそんな一面を見せるわけにもいかないのでグっと堪えて、燐牙から視線を逸らしたまま前を向いた。
だが燐牙の煽りよりも、緋尋は一つの疑問に思考が揺らいでいた。
深層を進んで、現われるモンスターの数が少ないことと下層とそれほど変わりの無いレベル帯のモンスター。深層と呼ぶには危険度は高くないことだ。
広大な空洞に、生物の気配をほどんと感じない。
いま襲い掛かってきた犬型のモンスターも、本来ならもっと群れをなして襲ってきておかしくない。
なのに恐ろしい存在から逃げてきたようにしか見えなかった。
深層そのものが、何かを恐れているかのように。
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