救った人たちが放ってくれません
――冬。
あの日から、いくつものことが変わった。
《探索者協会》
長きにわたってダンジョンと《探索者》を管理してきた組織は、唯一が残した証拠によってその内側に隠されていた事実を世間に晒されることになった。
転移事故。
それは、ただの事故ではなかった。
《協会》上層部の一部は、意図的に転移先を用意し、別の世界からモンスターをこちらへ呼び込んでいた。
目的は、モンスターから得られる素材。そして、この世界では確認されていない希少な素材。強力なモンスターほど、価値がある。
だから連中は、モンスターを呼び込んだ。
そして――その後始末を《探索者》へ押し付けた。
死んだ《探索者》に消えたクラン。事故として処理された事件。これまで誰にも知らされなかったものが、次々と明るみに出ていった。
それだけではない――イエルを封じていた、あの巨大な女神像。あれもまた《協会》上層部によって作られたものだった。
調査によって、上層部の中に特殊な創造系スキルを持つ人間がいたことも判明した。
ただし――その人間は、すでに死んでいる。
唯一に殺されたのだろう。そして、そのスキルを奪ったはずの唯一は結局、その力を使うことなく死んだ。
何を考えていたのか。その答えを知る者はもういない。唯一が残した資料にも、それだけは記されていなかった。
そして――《探索者協会》は解体された。
当然だった。これまで人々を守るために存在していると思われていた組織が、裏では自分たちの利益のためにモンスターを呼び込んでいたのだ。
失われた信頼は、あまりにも大きかった。
もう一度、同じ名前を掲げたところで誰も信じない。
だから、一度、全部を終わらせて――始めることになった。
そのために、各地のクランに協力を求められた。
大手クランだけではなく、他のクランにも、クランに所属せず個人で活動する《探索者》たちにも。とにかくダンジョンに関わる全ての《探索者》――いや《探索者》だけではなく、全ての人たちに。
一つの組織だけに権限を集中させず互いに監視し、互いに支え合う。それが、新しい《探索者》組織の形だった。
そして、その協力を求める先の一つに――
【ver.horogram】の名前があった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
雪が降っていた。
街の道路脇には、薄く白い雪が積もっている。
吐く息が白くなる――そんな冬の日。
烏真は一つの建物を見上げていた。
「……行くか」
【ver.horogram】のクラン本部だった。
烏真は扉を開ける。
「お邪魔します」
「お、来たか」
すぐに声が返ってきた。そこには見慣れた顔。
「辷さん」
《探索者》殺しの事件から何度か辷とは顔を合わせている。
そしてその主犯であった蕃弥 唯一 によってクランメンバーは窮地に立たされた。
だが、烏真が唯一を倒したことで――増殖し続けるモンスターは活動を停止し、無事に誰一人死者が出ることなく帰って来れた。
燐牙や蒼奈――もちろん救出に向かった辷や緋尋も無事だった。
「久しぶりだね、鏑木くん」
「はい。お久しぶりです」
相変わらずの辷だった。
だが、いつもと違う――何故ならその隣には、
「……え?」
烏真は足を止める。
「なんで……」
「こんにちは」
そこにいたのは、かつて《探索者協会》の会長だった男――大堰 継匡だった。
「か、会長……?」
「いや元……会長だね」
そう言って、継匡は笑った。
「もう会長ではないので名前でいいよ」
「……そう、ですか」
烏真は少しだけ戸惑った。これまで大堰 継匡といえば、《探索者協会》の頂点に立つ男だった。だが今は違う。その肩書きはもうない。
「実はね……」
辷が口を開く。
「ボクと継匡は昔からの知り合いなんだよ」
「……そうだったんですか?」
継匡が頷くと、
「会長をやる前は《協会》の職員をしていたんだが……」
昔を思い返すように継匡が語る。
「問題児だったねぇ……」
「失礼だな」
辷は口をすぼめてそう言った。
「いやいや、でも優秀だったからこそキミは【ver.horogram】というクランを作ったんだからね……でも、やっぱりキミの無理難題を毎度処理させられたワタシとしては――」
「昔話やめない? 鏑木くんもね、聞きたくないよね??」
会長であった継匡が職員だったことの話や、辷がクランリーダーではなく一人の《探索者》として活動していた過去。
正直、とても興味があったが辷のあまりの嫌そうな顔に聞き出すことはできなかった。
「そういえば……辷さんと父さんも同期でしたね」
烏真の言葉に、辷と継匡が顔を合わせる。
「ワタシも辷くん……それに――鷹文くんのことはよく知っているよ」
継匡から父の名を聞くと思わなかった。
「そう、でしたか……」
「あの子も、なかなかどうして……よく動く――」
継匡は懐かしそうな顔をしたまま、
「誰かが困っていれば、真っ先に動いてたな」
辷がそう言って、烏真はただ黙って聞いていた。
「鏑木くんもよく似てるよ」
「……俺が、ですか?」
「自覚がないところまで、そっくりだね」
辷がそう言って微笑んでいる。継匡は無言のまま頷いている。そんな二人の様子を前に烏真は少し困ったように頭を掻いた。
「……そうですかね」
「そうだよ」
辷も笑っていた。
「それで――会長……いえ……」
「名前で構わないよ」
「ありがとうございます。その……継匡さんは、どうしてここに?」
「そうだね……」
それまで笑っていた継匡の表情が真剣なものに変わった。
「ワタシが会長を辞めるといった、あの日……キミも見てくれていたね」
「事故が続いたことへの責任……ですよね」
「そうだね」
継匡は頷いた。
「だが、それだけじゃない」
「……」
「ワタシは《協会》を調べるために動いていた」
烏真は黙る。
「転移事故のことを……」
継匡はそう言った。
「何かを隠している……そう思っていた」
だから会長を辞めた。責任から逃げたわけではない。
むしろ――
「会長という立場にいる限り、調べられないことが多すぎた」
「……」
「だから、辞めた」
継匡は静かに笑う。
「肩書きがなくなったら、随分と動きやすくなったよ」
「それで……」
「調べていた」
そして、
「その途中で……ワタシの元に送られて来たものがあってね」
そう言って茶封筒を取り出した。
「結果として、ワタシが追っていた情報のほとんどがこの中に入っていて……怖かったね」
「ああ……」
烏真はそれですべてを理解した。
唯一が言っていた――自分がこの世界から消えても、《協会》の不正を明らかにするような……その証拠の数々を継匡に渡していたとは。
「まるで、これまでのことを見てきたような内容だったよ」
「……でしょうね――」
烏真は目を細めて、そう言った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「鏑木くん」
それから少し時間が経って、辷が机の上に一枚の紙を置く。
「これだ」
そこには、新しい《探索者》組織の設立計画が書かれていた。
「もう一度、《協会》を作る」
烏真は紙を見る。
「……また、《協会》を?」
「同じものを作るんじゃない」
辷が言う。
「各クランにも権限を分散させる。研究機関も参加させる。《探索者》自身の意見も取り入れる」
「時間はかかるだろう」
継匡はそう言った。当然だろう。一度失った信頼は、そう簡単には戻らない。
「何年かかるか分からない」
「……」
「それでも、やるしかない」
継匡は窓の外を見る。
「ダンジョンがこの世界にある以上、《探索者》も必要だ」
誰かがダンジョンへ潜らなければならない。誰かが人々を守らなければならない。
だから、
「ダンジョンがある限り、この世界はずっとそれと向き合っていかなくてはいけない……ワタシも、みんなと力を合わせて行きたい」
継匡の言葉に烏真は小さく頷く。
「……そうですね」
その言葉に、烏真は一つだけ思う。
唯一は決して許されないことをしたが、あの男の行動によってこの世界が変わった。なんて皮肉な話だろうか。
「ところで鏑木くん」
継匡がこちらを見る。
「キミはこれから、どうするんだい?」
「俺ですか?」
「ああ」
「どうする、と言われましても……」
「新しい《協会》を再建するんだ……参加するつもりはないかな?」
「……」
烏真は少し考える。
「もちろん協力はします」
「それはありがたい」
「ええ……俺も《探索者》ですから」
ただ、辷が割って入るように――
「おいおい抜け駆けかぁ? 鏑木くんはウチのクランに入ってもらいたいんだよねぇ」
「はい?」
辷がニヤリと笑った。
「ってことで、もう一度、勧誘させてよ。鏑木くん、ウチのクランに来てくれない?」
「……え?」
「言ってくれればどんな条件でも吞んじゃうぞ」
「いや、それは……」
「じゃあ新しい《協会》ができるまでの間でもいいよ?」
「それは……」
安定した生活。仲間。十分な報酬。《探索者》としての将来も保証される。少し前の烏真なら、迷ったかもしれない。
けれど、
「……すみません」
烏真は頭を下げた。
「俺は……もうしばらくはソロで活動したくて――」
「そっかぁ……」
だが、辷は残念そうな表情をしているがしつこく誘ってくるようなことはしなかった。
「もちろん……俺で良ければできる限り協力しますから」
なぜこのままがいいのかと理由を聞かれれば、烏真には一つしかない。
「俺には……一緒に生きたい人がいるので」
それ以上は言わなかった。しかし辷は微笑んで――
「……そうか」
何かを理解したように、烏真から視線を逸らして背中を向けた。
「なら、仕方ないかぁ」
「すみません」
「謝らないでよ。それに、何かあれば協力してくれるでしょ?」
「それは、もちろん」
「なら……また依頼の形でお願いするよ」
辷は笑う。
「それに……鏑木くんが自分で選んだことにボクらがどうこう言う資格ないからね」
窓の外では、雪が静かに降っていた。
世界は変わった。壊れたものもある。失われたものもある。
もう二度と戻らないものだってある。
それでも、新しく作れるものもある。
信頼も、居場所も。
これからの未来も。
その未来のために烏真が少しでも力になれるなら――
「……」
烏真は立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ帰ります」
「今日は久しぶりにキミに会えて良かったよ」
手を差し出す継匡に、烏真も手を伸ばして――
「……俺もです」
二人は固い握手を交わした。その握手に、烏真の顔が少しだけ緩んだ。
「それじゃあ、気を付けて」
「はい、ありがとうございます」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
扉を開ける。
冷たい風が吹き込んできた。
白い雪が舞う。その向こうに――。
「烏真さま」
白い髪に雪を乗せながら、イエルは烏真を待っていた。あれからイエルは烏真のことをマスターと呼ぶことはなくなった。
「終わりましたか?」
「寒いでしょ……頭に雪が――」
「大丈夫です。寒さは感じませんので」
確かにイエルの格好は常に薄着で、冬でも変わらずその恰好なので見ている烏真の方が寒くなるほどだ。
しかしイエルは表情一つ変えず、首を傾げたまま、
「じゃあ帰ろうか」
「はい」
二人並んで歩き出す。
もう、烏真は余命を数えていなかった。イエルとの契約が続いているのなら――身体の調子もずっと変わらない。
もしイエルと出会わなければ、余命を告げられることはない。だが、夢を叶えることは出来なかっただろう。
イエルと出会い、余命二年となった。
余命二年は次の春が来たときが、烏真の最期である。しかし契約したことで命が尽きることなく繋がっているはずだ。
イエルを信じている。
ただ、烏真は今日を生きる。
その次の日も。
そのまた次の日も。
イエルといっしょに――雪の降る街を、二人はゆっくり歩いていった。
――そして。
物語は、ひとまずの終わりへ向かう。
しかし烏真は勘違いをしている。これまで烏真に救われた人たちは彼に感謝している。
そんな救った人たちが、烏真を放ってはくれないだろう。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
もし良ければ↓↓の☆☆☆☆☆から応援して頂けると嬉しいです。
ブックマークも追加してもらえるとモチベが上がります。
それでは次回もよろしくお願いします。




