本気を出したら
烏真は光の刃を構える。
唯一が叫ぶ。
「……こ、こんな、バカなことがぁ……」
「《協会》は人間が起こした問題だ……俺だけじゃどうにもできないけれど――お前には何もさせない」
烏真は、ただ一つの線を見つめた。
そして、
「――終わりだ」
烏真は結晶の剣を振り抜いた。
唯一は右腕の刃を砕かれながら後退する。
《踏破ノ担イ手》から白い炎が噴き出し新たな刃となる。そのまま唯一の身体を一本の線に沿って真っ二つに切り裂いた。
静寂。
唯一は何も言わない。
ただ、崩れ落ちる。その身体から、無数の結晶が零れ落ちていった。
そして、最後に残ったのは烏真の手に残る一本の剣だけだった。
「また、折ってしまった――」
しかし、それは根本から崩れてしまう。
そして剣は柄だけになってしまった。
それはまるで烏真が初めてイエルと出会ったときと同じように朽ち果ててしまった父の形見の剣。その柄が烏真の手の中に残っている。
「はは……ははは……」
両断された唯一が、床の上に転がり落ちる。
血は流れていない――それはもうただ人の形をした物質でしかなかった。肉を斬った感覚も烏真には感じられなかった。
「いやぁ……ほんと、鏑木サンがいなければ……もっと楽しく過ごせたのになぁ……」
「どれだけ楽しくても、それはいつか終わる。お前は……この世界で暴れすぎた」
たくさんの人を傷つけ、殺した。
「お前は、《探索者》の未来を奪っている……だから、俺の手で――」
支倉 晃――今度また会ったときは一緒にダンジョンを潜ろうと約束をした。
しかしそれは叶わなかった。
だからこそ唯一を止めなければならない。
「お前が死ねば……操られている人も元に戻るのか?」
「あー……まぁ、そうですねぇ……」
【§】の傷をつけられた者は、唯一の意のままに操られる。【REVER§E】という名の組織を作って、《探索者》たちを傷つけた。
「なら……【REVER§E】は……今日で解散だ」
「ええ、まぁ、……もう終わりですので、どうでもいいですよ」
少しずつ身体が崩れていく唯一。
捕らえて、罪を償わせる――本当はこちらを選ぶべきだった。
「まぁ……自分は捕まるくらいなら最後まで抵抗しますけど」
その笑みには、最期まで反省の色はなかった。
「それに――」
唯一の身体が、さらに崩れる。
「もう、全部残してありますから」
「……なに?」
唯一は満足そうに嗤った。
「自分が死んでも、あいつらは逃げられませんよ」
「…………」
「だから、鏑木サン」
最後に、唯一は烏真を見る。
「自分を倒したこと――後悔しないでくださいよ」
「……消えろ」
烏真は突き放すように言った。
「あーあ……残念、ここまでか……もっと愉しみたかったですねぇ――」
その言葉を最後に、唯一の身体が完全に崩れ落ちた。そして粉々になり、地面へと散っていく。そこにはもう人の姿は残っていなかった。
「…………」
烏真はしばらく、その場から動かなかった。
そして、
「……マスター」
その横でイエルが小さく呟く。
「みんなのところへ行こう」
だが、まだ終わりではない。
「……イエル?」
しかしイエルは何も言わない。
烏真はゆっくり振り返る。そこには戸惑うように、動かないイエルがいた。
白い髪、白い肌――けれど、その姿は以前とは少し違っている。前髪の一部は黒く染まり、右眼には黒と赤が混ざった光が宿っていた。
「……身体は大丈夫?」
「……はい」
イエルは自分の胸元へ手を当てる。
「正常です……」
しかし表情はどこか悲しそうに見える。
「そうか……」
だが、烏真は安堵の息を吐く。
「私は――ダンジョンコアではありません」
「…………」
「モンスターです」
烏真は目を伏せる。
しかし烏真は知っている。唯一が言っていた。イエルの正体はモンスターで、白い竜なのだと。それが、目の前にいるイエルだった。
「……ああ、知ってる」
だから正直に答える。
「はい」
イエルは頷く。
「……十五年前、倒れていたのはイエルだったんだね」
「すみません……もう記憶が殆ど、なくて――ですが、マスターの顔だけは、はっきりと覚えています」
烏真の左眼が疼いた。
十五年前、瓦礫の中で見つけた傷だらけの白い竜。そして近づいた瞬間、その爪が左眼を裂いた。
あの日、あの出来事が、すべての始まりだった。
「私は、あのときマスターに力を譲渡しました」
イエルは自分の右手を見ていた。
「私は傷ついていました。そして、力の大半を失っていました」
「……どうしてそんなことをしたの?」
ビクリと、イエルは震えていた。開いた両目も、閉じられていた。ただ叱られた子供のように怯えているように見えた。
どうして、そんなことをしたのか――
「そ、れは……その、私は……もう、死ぬ、と……思って……」
もう記憶は消えてしまって、何も思い出せないイエル。
「いえ……わかりません――」
イエルはぐったりと項垂れている。
「……近くに、マスターがいて……それだけは覚えています」
烏真は左眼を閉じる。
「マスターが近くにいた――ただ、それだけです」
イエルが烏真を選んだわけではなく。
未来を予見していたわけでもなく。
運命が、二人を引き合わせたなんて物語もない。
あの日、あのとき、ただ、偶然通りかかっただけだ。
もし烏真ではなく他の誰かが――白い竜の姿をしたイエルと出会っていたのなら、きっと烏真ではなく、その別の誰かを選んでいた。
「ただ意味もなく、消えてしまうのが怖くて……きっと誰かが私を見つけてくれることを……祈るためだけに、力の一部を渡したのかもしれません」
――だから、そんなものは呪いです。
イエルはただ悲痛な顔をしたまま、そう言った。
「それから……気がづけば、身体は小さな少女になって……《協会》に捕らえられて――解体されなかったのは、不思議ですが……」
モンスターの素材を欲する《協会》たちは、イエルを解剖することも、解体することもなかった。
いまはもう答えが見つからないが――イエルを解体することができなかったのかもしれない。
だから解析するためにあの女神像のような機械に詰められて――ずっと長い時間、誰にも知られることなく……閉じ込められていた。
だけど……烏真はイエルと出会えた。
イエルがくれた力のおかげで。この眼は――イエルのものだった。
「私のせいです」
「…………」
「マスターの余命が二年なのも――」
「…………」
「私は、ただマスターの、命を弄んで……」
「イエル」
烏真が遮る。
「その……なんだ……」
だが、烏真はあごに手を置いたまま、じっとイエルを見つめている。
「マスターって言うのやめてもらって……いいかな?」
「……あ、あ、……そ、そう、ですね――――……私には、そう、呼ぶ権利なんて……」
床にぺたりとしゃがみ込むイエルに対して、烏真は屈んでイエルと同じ目線に合わせる。
「これからも、いっしょに生きるのに……その呼び方はおかしいなってずっと思ってたんだよ」
「ですが……なんと、お呼びすれば……」
「緋尋さんの言葉を借りるよ。名前で、呼んでもらえないかな?」
烏真は笑った。
「イエルが俺の余命を二年にしてしまったとしても……そのおかげで俺は残りの時間で……本気を出せた」
余命二年――その半分は絶望して、諦めて……何もしなかったけれど、それでも残り一年になったとき、烏真は動き出すことが出来た。
それから色んな人たちとの出会いによって……烏真は《探索者》になれた。
夢を叶えることができた。
「この左眼のおかげで、イエルと出会えたんだ」
見えない入口を見つけたのも。
夢を叶えることが出来たのも――
「全部、イエルのおかげなんだ」
「……マスター」
イエルが烏真を見る。
「だから――」
烏真は手を差し出した。
「これからも、一緒にいてくれると嬉しいな」
イエルの目が僅かに見開かれる。
「私は、ダンジョンコアではありません」
「知ってる」
「モンスターです」
「それも知ってる」
「本来の姿は、白い竜です」
「それも聞いた」
「……私は、マスターに余命を――」
「それも聞いたよ」
烏真は苦笑する。
「イエル」
「…………」
「どうしたい?」
余計なことは言わなかった。
イエルは黙って烏真の手を見る。
そして、小さな手に烏真は自らの手を重ねた。
「……わ、……私は――――」
烏真は無言のままぎゅっと重ねた手を強く握った。
イエル上目遣いのまま烏真を見つめて――
「マスター……い、いえ――烏真さまと……いっしょにいたいです」
「……ああ」
烏真は笑う。
「でも、その呼び捨てでいいんだけどね……」
「それだけはお許しください。それだけは……」
イエルの顔が少し赤くなり、目元には涙を浮かんでいる。しかし烏真は見ていない振りをしたまま、
「じゃあ、帰ろうか」
そして、イエルの手を握ったまま、
「でも、その前にみんなを助けに行こう」
唯一は倒せても、クランメンバーを助けに行った辷と緋尋が心配だ。すぐに向かわなくてはならない。
「了解しました」
そして、いつもの口調に戻るイエル。
いつもの――烏真はこれで良かった。
イエルが何であれ、烏真はイエルと出会ったことで夢を叶えることができた。
緋尋ともう一度、会うことも――真実を知ることもできた。
あのとき、余命二年と告げられたとき。
最期に、本気を出して良かった――
――《不治なる不死》――
――《進行率:89%》――
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