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【余命二年】探索者を夢見たおっさんは、田舎で生き直す ~最期に本気を出したら、救った人たちが放ってくれません~  作者: 待雪 妥当


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最期に――

 烏真自身に力はなかった。


 それはいつまでも変わらなかった。


 魔力もスキルも、烏真には無い。レベルが上がっても、突然新たな力に目覚めることも――覚醒することもなかった。


 烏真はイエルと契約した。


 しかし、左眼の力は――イエルと出会う前、見えない入口を見つけたときに発動していた。


 白い竜に傷つけられた左眼。


「……あれは、イエルだったんだな」


 これまでの話を聞けば、それがイエルだというのは容易に理解できた。しかし地上で出会った白い竜は傷ついたまま飛び去ってしまったが――


「自分と同じでそれに居場所はありませんよ」


 ダンジョンに巣くうモンスターは《探索者》にとっては討伐するだけの存在。そして倒したモンスターは素材として再利用される。


「俺が、作るさ」


 帰る場所がある。


「そこを、退いてくれ」


 烏真はまだイエルに何も返せていない。


 《協会》の行為が悪しきことで――それでも責任はこの世界の人間で片付けるべきだ。


「退きませんが?」


「退け――」


 烏真の持つ《踏破ノ担イ手》が完全なる形を取り戻す。


 透明な刀身は透き通り、烏真の左眼が再び白く光った。


「どうして……その竜を刺しても、殆ど力を真似ることができないのか……」


 烏真の左眼に再び視界が広がり、唯一の身体に黒い線が描かれている。人間には映し出されることのない線が――唯一にははっきりとなぞられる。


「……鏑木サンに能力を譲渡――してたんですね。ズルいなぁ……」


 烏真の左眼も、それはイエルの力で。


 烏真単身で《踏破ノ担イ手》を再生成することができるのも。


 イエルは自分に何があっても、烏真だけで戦える力を――渡していた。


「なら、もう……やっぱ鏑木サンから奪うしかないってことかぁ」


 唯一が、右手を掲げた。


 これまでとは違う。空間そのものが歪んでいた。生み出されていた無数の短剣が、唯一の右腕に戻り――それは一本の巨大な刃へと形を成す。


「……あなたに傷さえつければ、それでいい」


 そして唯一の右腕が巨大な結晶の刃と変形する。それは剣と呼ぶにはあまりにも巨大で、この空間そのものを斬り裂くほどの密度を持っていた。


「鏑木サン」


 唯一が目を見開いたまま、


「これ、本当にこれを受けるつもりですか?」


 それは歪こそ、烏真の持つ《踏破ノ担イ手》に似た結晶の刃。


 振れば必ず触れる刃。烏真の高いレベルをも関係なく、身体を裂かれた。浅かったのは唯一がまだ力を上手く使いこなせていないからなのか。


 しかし、烏真は臆さない。


「……いや」


 烏真は《踏破ノ担イ手(クリア・ベアラー)》を構えた。


「終わらせる」


 烏真の左眼は唯一の身体に集う線の……その中央に集まる太い線に目掛けて刃を向ける。


 烏真はもう唯一の命を奪う手前にいる。しかし、それでも唯一はニタリと笑みを浮かべ巨大な結晶の刃が振り下ろした。


「――終わるのは、そっちじゃないですか」


 轟音。


 大地が砕ける。


 烏真は両腕で剣を構え、その一撃を受け止めた。


「ぐ……ッ!」


 烏真は《踏破ノ担イ手(クリア・ベアラー)》を振り切ることが出来なかった。唯一が放った一撃は遥かに速かった。


 巨大な右腕の剣は、唯一がこれまで集めた数多の力が込められている。攻撃速度を増すスキルも使われているのか、巨大な結晶の刃が恐ろしい速度で振り下ろされる。


 しかし振り切らなければ結晶の刃は対象を斬ることはできない――烏真の胴体は繋がっている。


 烏真の身体が沈む。足元の床が、耐えきれずに砕けそうだった……腕が軋む。肩が悲鳴を上げている。それでも、それでも――烏真は倒れない。


「踏ん張りますねぇ……」


 あと少し刀身を振り切ることができれば唯一は烏真よりもはやく結晶の刃が烏真を斬る。


 唯一の方が優位なはずだった。


 なのに、唯一は烏真を前に笑みが消える。


「まだ、だ……」


 烏真は歯を食いしばった。


「……俺だって」


 一歩、踏み込む。


「ずっと……逃げてきたんだ」


 もう一歩。


「俺には、何もなかった――」


 さらに一歩。


「だけど――……」


 命を救ってくれた父も喪い、《探索者》になる夢も諦めかけて、何度も、自分には何もできないと思った。


「それでも――ッ!!」


 烏真の左眼に、はっきりと線が映る。その一本だけが、唯一の巨大な結晶の刃へと伸びていた。


「最期に、本気を出したから――……」


 唯一は刃を押し切れると、思っていた。 


 ――キィン。


 しかし、唯一の右腕に生える巨大な剣に一筋の亀裂が入った。


「な……」


 唯一が目を見開く。


「それは…………?」


 唯一の疑問に烏真は答えない。


 次の瞬間、《踏破ノ担イ手(クリア・ベアラー)》の刀身が、中央から左右に割れた。


「――ッ!?」


 烏真の持つ結晶の刃が二つに開き、その中心から――純白の光が伸びた。やがて光が刃となる。


 いや、刃というより――白い炎だった。


「……なんですか、それ」


 唯一が初めて怯えた。


 烏真は答えない。ただ、その光の刃を握り直す。


「これで――」


 烏真は咆えた。


「終わらせる!!」


 烏真が力強く握った柄を、そのまま押し返す。


 白い炎を前にしたとき唯一は遅れた。その炎を知っている――白い竜が、開いた顎から放った……あの、炎に似て――


「――――GAAAAAAA!!!!」


 それは人の発する声ではなかった。


 唯一の喉奥から漏れ出る獣のような――いや、モンスターそのものだった。 烏真の力が一層増す。しかし唯一も負けじと巨大な結晶刃を押し込み烏真を押し潰そうとする。


 そして、唯一の背後から無数の短剣が飛来する。


「まだですよォ!」


 焦燥したのも一瞬、唯一は歪んだ笑みを浮かべたまま空中に浮遊した短剣の切先を全て烏真に向ける。


 全ての短剣を右腕に重ねたわけではなかった。


 イエルを抱き寄せたまま、右手一本で唯一の結晶刃を受け止め――あともう少しのところで烏真が押し切れたはずだった。


 しかし雨のように降り注ぐ短剣を回避する余力はない。


 だが烏真は振り返らない。


 避ける時間などない。唯一の刃を防ぐだけで精一杯だった。


 イエルが死ねば、烏真も死ぬ。この短剣の雨からイエルを庇う選択肢が浮かばない。


 短剣が迫る。


 数え切れないほどの刃が、烏真へ向かって飛んでくる。


「自分がアナタに勝つにはこれぐらいしないと……終わってくださいよ、鏑木サン」


 正々堂々など唯一にはなかった。


 そして、無数の短剣が烏真へ到達する――













































「いえ、終わるのはあなたです――蕃弥 唯一……いえ、《魔剣統覚ブレイドメーカー》」


 射出された短剣は確かに烏真めがけて降り注いだ。そして爆炎が烏真を包み込み、イエルもろとも爆風に呑み込まれたはずだった。


 しかし、そこに立っていたのは――


「イエル……、なのか?」


 烏真は何が起こったのかわからなかった。


 腕の中にいたはずのイエルがいない。


 だが、煙の中から現われたのは――イエルだった。


「はい、マスター……遅くなり、申し訳ありません」


 髪色の一部と左腕、そして右眼が黒に染まっていた。


「……イエル」


 イエルが凶刃に倒れてから、まだ長い時間は経っていない。しかし、烏真にとっては永遠のように思えた。


 もう、このまま目を醒まさないのかと――そして、イエルが傷ついた責任は烏真にある。


「マスター」


 その声は――いつものイエルとは少し違った。


「私が防御します」


 だが、会話は続かない。


 再び撃ち出される無数の短剣が、一斉にイエルに向かって来る。


「イエルッ!!」


 烏真が叫ぶ。


 しかし短剣はイエルの身体に触れた瞬間、金属が弾ける音を立てて砕け散る。まるで巨大な壁にでも衝突したように弾け飛んだ。


 唯一が呆然とする。


「……ほんと、デタラメすぎません?」

 

 全ての短剣をイエルが叩き落とし、粉々に砕け散っている。


 イエルの身体が黒く染まるその部分は《深層》で緋尋たちを襲った《黒甲百足》と同じ、漆黒の硬質な外殻へと変わっていた。


「……アナタの、攻撃は――私には届きません」


 そして尻尾のようなものが生えていた。百足のものに似ている。


「な……」


 《黒甲百足》のコアによって傷を治しただけではない。イエルは《黒甲百足》の特性までも自身に宿していた。


 イエルは自分の胸元へ手を当てる。


「……そんな馬鹿な」


 唯一がわなわなと震える。


「自分の……生み出した、剣が――……」


 イエルは唯一を見る。


「あなたの攻撃は――」


 イエルが烏真のかたわらに立って、

 

「私には、届きません」


 唯一の表情が歪む。


「なぜだ……!」


「あなたは――」


 白金色だったはずのイエルの瞳の右眼だけが赤く光る。


「私を刺したことで能力を得ることができたと思っていますが……あなたは全てを奪ってはいません」


「……だろうねぇ」


「私の力はマスターに譲渡しています」


 イエルが烏真を見る。


「私には記憶がありません……あなたを追って、この世界に来たことも――それからのことも、なにも……ただ、これだけは、はっきり覚えています」


 イエルの背から伸びた百足の尾が、唯一の足元を払った。態勢を大きく崩す唯一だった。


「あなたも、私と同じです――この世界に、いてはならない者だ」


 それと同時に烏真は全体重を《踏破ノ担イ手》に乗せる。


「……イエル」


「はい」


 振り返るイエルの表情はどこか悲しそうだった。


 ダンジョンコアではなく、唯一と同じモンスターならば――この世界にとっては討伐の対象であり、《探求者》に狙われる対象だろう。


 それでも、


「いてくれないと、困るよ」


 烏真は小さく呟く。


「マスター……」


 そんな小さな声は、イエルの耳にはっきりと届いている。


 烏真もイエルに言いたいことがある。だが、まだ戦いは終わっていない。まずはこの戦いを終わらせることが先だ。


 だから、今はこの言葉だけを――


「ありがとう」


 今はただ、生きてくれるだけで嬉しかった。


「……はい」


 イエルも、それ以上は何も言わず頷いた。

ここまで読んで頂きありがとうございます。


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それでは次回もよろしくお願いします。

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