しるし <後>
「人間の方ですかね」
そしてニヤニヤと手を叩く唯一。
「こっちの世界の人間も怖いですよね。やっぱどこの世界でも欲深い人間って……モンスターより怖いですよ」
一歩、踏み込む。
「人間……」
「これまで転移でいろいろ振り回された鏑木サンなら……どこを調べればいいかわかりますよねぇ?」
「――《探索者協会》」
どれだけ時間が経っても不信感は拭えなかった。
一度ではなく、二度……烏真は《ライセンス試験》で転移事故に巻き込まれている。
「そんな……意図的に、モンスターをダンジョンに呼び寄せたのか?」
「できる人間がいるんでしょうね……《探索者》の《協会》なんですからぁ……自分もまんまと誘われてここに来てしまったんですよねぇ」
モンスターの素材は産業を豊かにする。烏真の住む国のインフラさえモンスターの素材で作られている。
「魔石、鉱石、特殊な植物、モンスターの体組織……この世界のダンジョンじゃ、手に入らないものだっていくらでもありますし、だったら――」
唯一は嗤った。
「向こうから持ってこさせれば解決ですよね」
烏真の眉が寄る。
「……それが、転移実験?」
「そうですよぉ」
唯一はあっさりと答えた。
「強い個体なら、より価値のある素材が手に入る」
唯一の声には、呆れたような笑いが混じっていた。
「そうやってモンスターを誘い……それを繰り返していたんですよねぇ」
世界から世界へ転移すれば更に力は酷く弱まり、唯一ですら大半の力を失ったと言った。そんな弱まった状態ならばどんな強大なモンスターですら討伐は容易だろう。
唯一は上手く逃げ、そして力を取り戻すために時間をかけた。だから今こうして烏真の目の前にいるのだが。
「でも、事故が起きたんですよね」
唯一は何でもないことのように言った。
「転移先を間違えて、座標がずれた。転移させたモンスターが強すぎた。理由はいくらでもありますけどぉ……そうして地上に出てきたモンスターを――」
唯一が指を立てる。
「転移事故」
理由はわからない。モンスターが突然現れた――そんな無責任に。
「そう呼んで片付けてるんですよ?」
烏真の拳が強く握られる。
「……じゃあ」
「ああ」
「今まで起きた転移事故の中には《協会》が意図的に起こしたものもある。本当に偶然起きた事故もあるかもですけどぉ……だが、連中が自分たちの利益のために起こした事故も確実にある」
唯一は短剣を消した。
「自分たちの国でしか取れない素材。他国が持っていない魔石。希少なモンスターの素材……それを独占できれば、《探索者》産業そのものを支配できる」
そこで、唯一の顔から笑みが消えた。
「だから連中は、強いモンスターを欲しがった」
視線が――眠っているイエルへ向く。
「……そして、《それ》を見つけた」
烏真がイエルを見る。
「イエルを……」
「ええ、まぁ……」
唯一の声が低くなる。
「だってそれは連中が今まで集めてきたどんな素材より価値があった。身体そのものが特殊だった。魔力を結晶へ変える。しかも――」
唯一が一瞬だけ言葉を止める。
「使う力は、一つだけじゃないですしね」
烏真はイエルの力を何度も目の当たりにしてきた。
転移だけじゃない。結晶の剣を生み出すことも。白い空間を作り出すことも。傷を治すことも――様々な力を見て来た。
「自分が教えたんですよ」
「……何を?」
「地上にモンスターが溢れたあの日、あれは確かに偶然だった。だけど……自分は逃げたかったですし、《協会》に教えたんですよ」
そして短剣を取り出す――《§》が刻まれた短剣。
「別に信じてもらえなくていいんですよ。《協会》のエラい人を操ればそれでいい」
あの短剣で傷つけられた者は、唯一に操られる。
《探索者協会》の《上層部》――その人間たちを駒にして、唯一は裏側から操っていた。
「だって、元の世界でも殺されかけて……こっちの世界に来ても殺される。自分が生きる場所がどこにもないんですよ? つらいじゃないですかぁ?」
その表情は少しも恐怖を抱いているようには見えなかった。そしてゲラゲラと声を上げて嗤い出したと思えば、急に動きを止める唯一。
「まぁ……ぶっちゃけると利用しました」
そして、
「自分一人で戦うよりも――人間をけしかけた方が楽ですし?」
烏真は黙って唯一を見る。
「《協会》のみなさん喜んでましたよ――確認されていない終焉級の素材が手に入る、と――研究できる、と。他国にはない力を手に入れられる、と。そして何より――」
唯一は思い出すように嗤って、
「自分たちは戦わなくていい」
その言葉だけは、妙に冷たかった。
「《探索者》を送り込んで――殺させて、死んだら死んだで補充する。手に入った素材は研究施設へ送る。そんなことをずっと繰り返していたわけでした」
烏真は拳を握った。
「この世界の人間も、怖いヒトばかりじゃないですかぁ」
「……違う」
烏真が言う。
「少なくとも、俺が知ってる《探索者》は違う」
烏真が、《探索者》を目指したのは――
「はい?」
「誰かを助けるために、命を懸ける」
烏真は、《探索者》になる夢を諦めなかったのは――
「全ての《探索者》がそうじゃない……俺の父さんは、違った」
唯一の嗤いが僅かに歪んだ。
「……あ~……あのヒトはねぇ……」
短い沈黙が流れ、すぐに唯一は口を開く。
「自分は半身を潰されて、また死にかけましたよ」
唯一は自分の身体を撫でる。
「逃げ惑う人々から守りながら……素晴らしい《探索者》ですね」
しかし唯一の声が低くなる。
「死にたくなかったからそんな人々を攻撃しながら戦いましたよ」
最悪の手段で、勝利したのであった。
「《探索者協会》の連中は半身を潰された自分まで素材として利用しようとしたので……また逃げるハメになりましたよ。それでまた十五年……ひっそりと、ね――」
「なら、ずっとそうして欲しかった」
唯一と出会わなければ、烏真は父の死の真相も――世界の裏側も見ることはなかった。
だが、そうはならなかった。
烏真はイエルと出会ったあの瞬間から、終わりが始まっていたのだから。
「いいえ、鏑木サンと出会うことはなくても……自分は必ず表に出てくるつもりでしたからねぇ」
そして短剣を振り回しながら、唯一は声を上げる。
「《探索者協会》をどうするつもりだ?」
「どうするって?」
「お前は《協会》に何をするつもりだ――」
「……」
唯一は少しだけ目を細めた。
そして、
「別に」
「……別に?」
「ああ」
あまりにもあっさりした答えだった。
「鏑木サンさっきも言いましたよね。モンスターですよモンスター。結局、人の言葉を喋れても、人の形をしていても……自分はただのモンスターなんです」
「ああ、そうだな……」
誰かを傷つけることも、苦しめることも――異形の存在であるモンスターは破壊するだけだった。
「怖いものから逃げることはあっても、面白いものがあったら楽しまないとねぇ……せっかくこんな素晴らしい世界に転移できたんですからぁ!!」
「だから……今、この状況を愉しんでいるのか……?」
「いえいえ、もっと面白いことをするためですよぉ~」
「……面白いこと?」
唯一が周囲を見渡す。
「《探索者協会》ってのは、何を掲げていますか?」
「人々の生活をより豊かにするために……ダンジョンに潜る――」
「そうですよねぇ」
うんうん……と、唯一は頷いた。
「――《探索者》を支援する組織」
だが、烏真の言葉に対して唯一の表情には明らかな嘲笑が混じっていた。
「それで? そんな立派なことを言っておいて裏で何をしていたんですかね?」
烏真は何も言わない。
「素材欲しさにモンスターを呼び寄せたり、《探索者》たちの知らないところでこんな施設まで作ったり、《深層》とか言っておきながらずっとそのゲートは隠匿してきた。クランが死にかけても助けには来ない。事故が起きれば、全部ダンジョンのせいにする」
「……」
「その事実が世間に知れ渡ったら」
唯一は楽しそうに嗤い続ける。
「どうなると思いますかねぇ……?」
烏真は答えない。
「今まで信じていた人間が……自分たちを守っていると思っていた組織が、実は裏では自分たちの利益のためにモンスターを呼び込んでいた」
そして事故は起き、地上にモンスターを呼び出してしまいそれすらも隠し通した。
「その事実を知ったら――」
唯一は指を鳴らした。
「絶対面白いですってぇ」
「……お前」
「自分はねぇ……鏑木サン――連中を殺したいわけじゃない。殺したら、そこで終わっちゃいます。一瞬で楽になっちゃう」
そんな唯一は大袈裟に首を左右に振り、
「そんなの、つまらないじゃないですかぁ」
額を指先でコンコンと小突きながら唯一は言う。
「だから、全部残してあるんですよ。証拠も、記録も、転移実験の場所も……死んだ《探索者》の名前も――連中が隠してきたものを全部」
烏真の表情が変わった。
「十五年も何をしていたと思う? ただ休んでただけだと思います? 力を取り戻すまでの暇つぶしをしてたんですよ
「……」
「これは愉しくなるなぁ……でも、その前に――」
唯一は結晶の短剣を再び取り出し、
「白い竜のスキルは自分が頂きますんで、その後に全部まとめて暴露して……高みの見物としますかね」
イエルのことも、《協会》のことも。
唯一も、最初から知っていた。
「いや……ダメだ」
全てが遅すぎた。
魔力も、スキルも無い――《探索者》になれなかった。
しかしイエルと出会い……もう一度、夢に向かって進んだ。
遠回りの果てに烏真は《探索者》になれた。
未来を繋いでくれた。
血は繋がっていなくても、烏真にとって父であった鷹文。その父を唯一に殺されたことも――もう十五年も経ってしまった。
しかも《協会》によって間接的に死んだと言ってもいい。
――それでも、いまはただ唯一をここで止めることだけに意識を集中した。
イエルは渡さない。
烏真の腕の中で眠ったままのイエルと、もう片方の手に握られる結晶の剣。
左眼は――何も映し出さない。
構わない……烏真はただ念じる。
「――俺の力はイエルがくれたものだ。残り僅かな余命を繋ぎ止めてくれたのもイエルのおかげだ……」
だから、
「ええ……鏑木サン、それってぇ……?」
唯一は烏真の握る《踏破ノ担イ手》を見る。
失われていたはずの刀身が、少しずつ形を取り戻していく。
「イエルが俺に力を貸してくれた……俺はイエルに頼ってばかりだった」
この力はイエルのものだと思っていた。
だから、これまで通り烏真は自分には何もないと思っていた。
だけど――それは違った。
烏真は自ら願い、剣に力をこめた。
それは魔力によってではなく、スキルが開花したわけでもない。イエルとの契約によって、烏真はイエルの力を自らの意志で使用することができたのだ。
「そうか、そっかああぁっ……なるほどなぁぁあぁ……」
唯一は何かに納得し、周囲に短剣をばら撒いた。
「わかりましたよ、わかりました……鏑木サンを殺してから、その子をバラして……全部の力を頂きますよ」
結晶の剣と、短剣の先端が互いに向けられる。
今度こそ――決まる。
最期が、すぐそこまで来ている。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
もし良ければ↓↓の☆☆☆☆☆から応援して頂けると嬉しいです。
ブックマークも追加してもらえるとモチベが上がります。
それでは次回もよろしくお願いします。




