《■■ノ担イ手》
烏真は眠るイエルの前に立ち、唯一と対峙する。
イエルはまだ目を醒まさない。
「どうしてイエルを狙う」
「いや、自分はどうでもいいですけどね」
唯一は心底、つまらなさそうにイエルを見ていた。
「……お前は金を受け取って殺しをしている、そう言っていたな」
「まぁ、生きていくには必要なんで」
「お前は本当にモンスターなのか?」
「質問ばっかりですねぇ。そうですよ……ここじゃない世界ではモンスターでした」
唯一は短剣を上に投げては、掴んでいた。
「なら……なぜこの世界に来た」
「なぜこの世界に来た、って?」
そこで唯一は首を傾げたまま烏真を見る。
「逃げてきたんですよ」
「……は?」
「そっちで自分を殺せるヤツがいたんで……怖くなって逃げてきたんですよ」
そう言って、唯一は虚空に短剣を振るう。
すると、何もない空間に切れ目が入った。
「まだ……未完全だけど……ホントはこれで一気に飛んで逃げてきたんですよ」
「なにから……」
「《《それから》》」
唯一が指を差したのは、イエルだった。
先ほどまで浮かべていた笑みが、ほんの僅かに消えている。
「……イエル、から?」
烏真が聞き返すが唯一は答えない。
ただ、イエルを見ていた。
眠っている――白い髪を床へ広げたまま、静かに呼吸をしている。いつものイエルと何も変わらない。しかし、唯一の眼には別のものが映っているようだった。
「本当は自分はこっちへ来たかったわけじゃあないんですよ」
自嘲気味に唯一はほくそ笑むが、すぐにその表情は真顔になる。そしてもう一度、イエルを見る。
「まぁ、お喋りばっかもそろそろ飽きてきましたし……まずは鏑木サンをどうにかしますか――」
唯一はその手に持つ短剣の切先を烏真に向けた。
「――お前がなんであれ、イエルに手を出すなら戦うだけだ」
「その……出来損ないの剣で――ですか?」
烏真の手に持っていた剣は確かに消えた。
しかし、刀身は完全に消えていない――イエルの傷が塞がったとき、刀身は半分ほど形を取り戻した。
だが、イエルの命は喪われていない。
未だ意識は戻っていない。それでもこの結晶の剣が――少しずつ元に戻りつつある。
烏真は信じている――イエルが目を醒ますことを。
だから、ここで死ぬわけにはいかない。
「厭な色だねぇ――」
唯一は、半分の刀身しか形を成していない剣を持つ烏真を前に眉をひそめている。
(左眼は……使えないか……)
だが、これまで幾度と無く烏真に力を貸してくれた左眼には何も映らなくなってしまった。
しかし、烏真に恐怖はなかった。
唯一が一歩、前へ出た。
「さて――」
その手に、一振りの短剣が現れる。
黒い刀身。
刃の根元には、見覚えのある【§】の刻印が刻まれていた。
「鏑木サン強すぎるからホントは戦いたくないんだけど……話し合いで解決しません?」
何を今更――と、烏真は会話するつもりはなかった。
ただ眠っているイエルを背中で庇うように唯一を睨みつける。
「……」
烏真は小さく息を吐いた。
「別に鏑木サンに勝つ必要はないですしね――」
唯一の姿が消えた。
直後、金属音が弾けた。烏真の持つ結晶の剣と、唯一の短剣がぶつかった。
「――ッ!」
速い――そして、唯一は烏真を狙っていない。眠るイエルに向かって刃を振り下ろそうとした。
烏真は一歩、後ろへ滑る。
なんとか唯一の凶刃を受け止めるが、そこに二本目の短剣が振り払われる。
「チッ……!」
だが烏真の放たれる剣閃に、唯一の短剣は弾き落とされ、地面に突き刺さる。
だが、その瞬間――刃から黒い煙が噴き出した。烏真はイエルを担ぎ上げ、咄嗟に飛び退く。先ほどまで立っていた場所が腐食した。
「……毒か」
「真正面からやり合って勝てるわけないですからねぇ」
唯一が楽しそうに嗤った。
烏真に魔力やスキルが備わってなくとも、烏真が他の《探索者》よりも遥かに高いレベルであることは唯一も知っている。
四桁に到達している烏真のレベルを前に、唯一は正面から真面目に戦うつもりなど毛頭なかった。
そして唯一の手にまた一本、今度は赤い刀身の短剣が握られている。
「では、今度はこっちでいきますねぇ!」
唯一が赤い短剣を投げる。
片手でイエルを庇いながら、烏真はその短剣を叩き落としたが――爆発した。
「――っ!」
爆風に吹き飛ばされる。
壁へ叩きつけられる寸前、足を踏ん張った。肺から空気が漏れる。
「……これはスキルなのか――?」
「そういうものだ」
唯一の両手には次々と短剣が生まれていく。
同じ形をした短剣だが、その刃の色はどれも違う。
そして【§】――見覚えのある紋章がを刻まれた短剣。
「……!」
烏真が息を呑んだ。唯一の短剣は周囲で生物のように動き回っている。そのまま回転しながら烏真目掛けて撃ち出される短剣。
「その子を守りながら、いつまで耐えれますかね」
烏真は何も言わない。弾き落としてしまえば――そう思ったが、さっき飛んで来た短剣は爆発した。
触れるのは危険だった。
烏真は走り、立っていた場所に短剣が突き刺さる。一本は燃え盛り、もう一本は雷のような閃光が奔っている。
一本一本が様々な効果を宿した短剣。それは次々と生み出される。
「キリがないな……」
瓦礫の裏に隠れて、烏真は息を整える。
隙間から唯一を窺うが、それと同時に矢のように撃ち出されてる短剣が瓦礫に突き刺さると時間差で爆発し、烏真は再び走り出す。
イエルを置いて戦えばいい――しかし、唯一はイエルを躊躇いなく刺した。そして能力の正体がわからない以上、単位で唯一と戦うことはできなかった。
イエルを守りながら戦う――
「やっぱりその子が大事なんですねぇ~……でも逃げてばっかりじゃ結果は変わりませんよ。本気出してくださいよ。鏑木サンなら自分なんかワンパンでしょ?」
挑発する唯一だが、烏真は決してそんな言葉に左右されることなく攻撃を回避する。
だが、そのとき一本の短剣が、唯一の手のひらから生えているのが見えた。そのまま短剣が唯一の周囲を回るように浮いている。
「……鏑木サンにはもう一度、自己紹介しておきますね。蕃弥 唯一ってのは借り物でして――本当の名前は《魔剣統覚》」
自身をモンスターと名乗り、力を見せながら人外の存在だと証明する。
「……モンスター、なのか?」
そんな烏真の言葉に対して、唯一はまた嗤った。
「剣のモンスターだっていますよ」
「あいにくまだ《探索者》になって日が浅いんでね……」
唯一の右腕がぐにゃりと歪んでいた。
肉が裂け、しかし血は出ない。代わりにそこから一本の長大な刃が伸びた。腕そのものが、一振りの黒い剣へ変わっていく。
「どうやら嘘じゃないらしい」
烏真が後ずさる。唯一の身体ではなく、生えた剣が本体だということがよくわかる。その声は、先ほどまでの人間のものとは少し違って聞こえた。
「剣を操るモンスターじゃないですよ」
そんな腕の刃が、ゆっくりと元の人間の腕へと戻っていく。
「自分自身が剣でして。おもしろいでしょ?」
唯一が自分の顔を撫でる。
「本当の目的はなんだ――」
唯一は愉しければそれでいいと、言った。
ダンジョンで出会うモンスターにわざわざ何故、人を襲うのか――なんて、聞いて回る意味はない。
それでも聞かずにはいられない。
この世界に逃げて来た、とも言った。
「自分の能力は――剣で傷つけた者の力を手に入れることができましてぇ……」
烏真の質問とは関係ない話を唯一は始めた。
「……いやぁ、この世界だとスキルって言えばいいですかね? まぁ、とりあえず結構な数の力を手に入れたんですよ?? こっちに来るまでに他人を操ったりぃ~……いまはもう使えないんですけど転移もできたんですよ?」
元の世界から、この烏真たちの住む世界に移動する際に失ってしまった――と、唯一は付け足す。
「だから、もう一度……欲しいんですよ」
「欲しい……?」
唯一の両目を見開いて、イエルを見据えている。その視線は、ただ卑しい獣のようだった。
「いや、ね? 鏑木サンもその子のおかげで今日まで生きてこれたんですよね?? それだけすごい力を持っているんですよね???」
そして、再び唯一の身体から生み出される短剣。
傷つけた者の力を使う――それが唯一の能力。
しかし、新たに取り出した短剣の刃は酷くいびつだった。刀身と呼ぶよりは結晶のような形をしている。
それは形こそ違えど――烏真がイエルによって創造した《踏破ノ担イ手》に似ていた。
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