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【余命二年】探索者を夢見たおっさんは、田舎で生き直す ~最期に本気を出したら、救った人たちが放ってくれません~  作者: 待雪 妥当


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十五年前/終わりの始まり

「……十五年前、か――」


 もうすぐ傷が完全に塞がるであろうイエルは台の上で横たわったまま動かない。ただ静かに眠っているようにしか見えなかった。


 そんなイエルを見つめたまま烏真はそう言った。


 緋尋が顔を上げる。


「十五年前……」


 緋尋は当時は五、六歳に満たない子供だった。そして事件が起こった難波ではなく東京に住んでいたのでテレビやネットでしかその事件のことは知らない。


「そうだね……」


 烏真は迷った。


「でも十五年前の事件以前に……父さんに助けてもらった話をしておくよ。もっと前の……俺が子どもだった頃の話だけど」


 別に話したくないわけじゃない。ただ、当時のことは自分でもあまり思い出したくない記憶だった。


「俺は昔、迷宮孤児だったんだ」


「……え?」


 緋尋が目を見開く。


「迷宮孤児……って、あの――」


「ダンジョンに捨てられた子供のことだよ」


 後ろで辷が説明してくれる。

 

 今でも社会問題になっている痛ましい問題だ。


 育てられないとか、邪魔になったとか、金がないとか――理由なんていくらでもあった。その理由のどれもが子どもにとっては酷い話でしかない。


 だが、無責任な親にとっては――ダンジョンに捨ててしまえば帰って来れない。どこかでモンスターにでも食われてしまえば、死体すら残らない。


 ――都合がいいなんて、最低の発想。


「俺は自分の父親も母親も知らないんだ」


 烏真は淡々と続ける。


「本当の名前だって知らない……俺がどうしてダンジョンに捨てられたのかも」


「……」


「もしかしたら、親が《探索者》だったのかもしれない」


 《上層》なら保護される可能性も十分にある。しかしその奥へ進み、棄てれば見つからない可能性は上がる。


 しかしダンジョンの奥は《上層》よりも危険度が増す。そこまで連れて来れるなら両親が《探索者》の可能性は高い。


 今になっては実の親が何者なのか知る由もないのだが。


 だが、ダンジョンに棄てられた子供の頃の烏真は、きっとこう思っていたことだろう。


 もし仮に親が《探索者》だとすれば――《探索者》なんて最低な人間がやることなのだろう、と。


 そう思わなければ、あんな場所に捨てられた自分を納得させられなかった。


「……でも――」


 烏真は目を細める。


「そんな俺を拾ってくれた人がいた」


 ――鏑木 鷹文たかふみ


 彼もまた《探索者》だった。


 血の繋がりはない――それでも、彼は烏真を自分の子供として育ててくれた。


「名前もくれた」


 鏑木 烏真。


 それが、自分に初めて与えられたものだった。


「父さんは、すごい人だったよ」


 人を助ける。


 困っている人がいれば手を差し伸べる。ダンジョンの中で取り残された人間がいれば、自分の命が危なくても助けに行く。


「俺が思ってた《探索者》とは、全然違った」


 だから、いつしか――烏真もそんな鷹文のような《探索者》になりたいと思うようになった。


「……それで、《探索者》になったんですか?」


「そうだね……なろうと、した」


 烏真は苦笑した。


「でも、現実はそう甘くなくてね――」


 烏真には何もなかった。


 魔力もスキルも、レベルすら上がらない。どれだけ訓練しても、どれだけダンジョンへ潜っても。


 何一つ、得られることはなかった。


「だから、十五年前には……もう諦めかけてた」


 夢は、叶わない。


 父親のようにはなれない。


 そう思い始めていた――そんな時だった。


「突然、空が赤くなった」


 緋尋の表情が強張る。


「空が……?」


「……そして――」


 夕焼けなんかじゃない。


 空そのものが不気味な赤色に染まった。そして、地上にモンスターが溢れた。


「建物が崩れて、火事が起きて……」


 悲鳴と共に逃げ惑う人々。道路を埋め尽くすモンスター。地獄のような光景を前に魔力もスキルもない、レベルすら上がらない自分がどうにかできるはずがなかった。


「俺は逃げた」


 緋尋が黙る。


 しかし烏真は、首を左右に振って――


「いや、父さんに逃げるように言われたんだ。俺も本当は力になりたかったんだけどね……」

 

 なんの力も無い烏真がいっしょに行ったところで何の役にも立てない。むしろ足手まといになってしまうだけだった。


「そ、それで……お父さまは――」


 緋尋は恐る恐る聞いて来る。


「……父さんは」


 鷹文は逃げ遅れた人たちのところへ向かった。


「助けに行った」


 烏真にはできなかった。


「俺には無理だった」

 

 自分が行ったところできっと一瞬で殺されるだけだろう。


「だから、俺は逃げた」


 その途中だった。逃げる先の瓦礫の向こうに《白いもの》が見えた。


「この左眼の傷も……十五年前のものでね――」


 あの時のことを思い出すように、遠くを見るような目で烏真は続ける。


「……白い竜が、倒れていたんだ」



 巨大な身体に白い鱗――そのモンスターは何故か傷だらけだった。


 周囲には《探索者》の姿はなく、ただ瓦礫の下でぐったりと横たわっていた。


「死んでると思った」


 そのまま通り過ぎてばよかったのに、何故か烏真は足を止めてしまった。


 ダンジョンの奥深くを探索したことなどなかった烏真にとって竜のようなモンスターを見るのは初めてだった。


 モンスターは恐ろしい存在だというのに、傷だらけで動かないその白い竜が気になってしまった。どうしてこんなところにいるのか。


 烏真は近付いた。


 一歩、また一歩……、と。


「それで……」


 烏真がゆっくりと白い竜に近づいたとき、身体が僅かに動いた。


「――っ」


 一瞬だった。


 気が付いたときには白い竜の右前脚が振り抜かれ、


「じっとしてたから助かったのかもね」


 余計な防御態勢や、回避行動を取らず――白い竜の爪先は烏真の左眼に一本の傷を生じただけですんだ。


「俺の左眼はその白い竜につけられて――」


 鋭い爪が目元を裂いた。


 熱と共に痛みが走り、左側の視界が真っ赤になった。


「そのまま俺は倒れて……」


 最後に見たのは、瓦礫の向こうへ消えていく白い竜の姿だった。


「次に目を覚ました時には、病院だった」


 幸い――命に別状はなかった。


 けれど、


「左眼の視力は……」


 緋尋は黙っていた。


「それから知ったことは……」


 烏真は話を続ける。


「父さんも死んだ」


「……」


「人を助けていたところを、モンスターに殺された」


 それが烏真が知っていた父親の最期だった。父は最期まで誰かを助けるために戦った。そして、モンスターに殺された。


「……だけど、俺は――」


 烏真は左眼に触れた。


「《探索者》になることを諦められなかった」


 父親のようになりたかった。


 あの日、逃げることしかできなかった自分のままではいたくなかった。しかし、どれだけ想いが強くても烏真には力がなかった。


 そして余命二年と告げられ――今にいたる。


「これで俺の話は終わりだね……」


 烏真はイエルを見る。


 誰にも見えない入口が見えて、その奥で――烏真はイエルと出会った。


 イエルはまだ静かに眠っている。だが傷が少しずつ塞がっていた。


 緋尋が小さく呟く。


「……おじさま」


「うん」


「その白い竜って……なんだったんですか?」


 烏真は答えなかった。いや、分からないというべきか。


 結局、あの竜が何だったのか。なぜあの場所にいたのか――何一つ、分からないまま。




































「で、その白い竜はどうなったのか気になりますねぇ~」


 通路の奥から声がする。


 烏真たちはその厭な声がした方に勢いよく視線を映した。


「やっとここまで来れたぁ。いや~良かった良かった」


 そこには消えたはずの蕃弥 唯一が再び現れるが、


「あ、大丈夫ですよ。これで最後なんで」


 再度、顔を合わせた唯一がそう言うと――


「その子、渡してもらえれれば何もせず帰りますんで」

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それでは次回もよろしくお願いします。

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