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【余命二年】探索者を夢見たおっさんは、田舎で生き直す ~最期に本気を出したら、救った人たちが放ってくれません~  作者: 待雪 妥当


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1E7L

 見慣れた光だった。


 烏真はいつもその光に包まれて、ダンジョンと田舎の家を行き来していた。


 しかしその光はイエルではなく辷が放ったものだった。烏真は辷の手を取り、光に包まれた。

 

 次の瞬間――烏真の足が、硬い床を踏みしめた。


「……ここは」


 顔を上げる。


 そこに広がっていた光景を見て、烏真は言葉を失った。


「…………」


 見覚えがある。


 目の前に広がっているのは、ダンジョンとは思えない場所だった。


 石でもなく、土でもない。壁も床も天井も、すべてが滑らかな金属のような素材で構成されている。


 一定の間隔で埋め込まれた照明が淡い光を放ち、壁には黒い板状の機械がいくつも並んでいた。


 だが、烏真はこの異質な場所を知っている。


「……ああ」


 烏真の口から、無意識に声が漏れた。


「鏑木くんは知ってるんだよね」


 烏真の様子を見る辷は、


「ええ……」


 烏真は周囲を見渡す。


「はい、知っています」


 誤魔化すつもりはなかった


「やっぱり」


「え?」


 辷はそれ以上何も言わず、先へ進んだ。


 そんな中で緋尋が不安そうに烏真を見る。


「おじさま……?」


「緋尋さん……驚かせてごめん。いまは……大丈夫だよ」


 そう答えながら、烏真は腕の中へ視線を落とした。イエルは眠ったままだった。目を閉じて、烏真の腕の中に身体を預けている。


「イエル……」


 呼びかけても返事はない。


 ここへ来る前に、イエルは唯一ただかずの攻撃を受けて倒れた。烏真が一手遅れたことで、イエルは傷つけられた。


 それから一度も目を覚ましていない。


「こっちだよ」


 辷の声に、烏真は顔を上げた。


「この施設なら、イエルちゃんを助けられるかもしれない」


「治癒魔法は……」


 烏真は辷が魔法で自分の傷を治しているのを見ていた。だからそれでイエルを治せないか――そう訊ねようとしたが、


「ボクの魔力じゃあイエルちゃんの傷を塞ぐのは無理だよ――だから、ここに来たんだ」


「……そう、ですか――――」


 烏真はイエルを抱き直した。


 そのまま辷の後を追う。


「ここは……いったい、どこなんですか?」


 緋尋が尋ねる。


「《下層》でも……《深層》でも……ない、ですよね……」


「ここは《1E7L層》だよ」


 そう言って、辷が指差すと壁にはアルファベットと数字で文字が描かれている。架空の文字でもなく、現代世界で使われてる文字だった。


「《1E7L層》……?」


「この《深層》に存在する特殊な場所っていえばいいかなぁ……」


 辷は歩きながら答える。


「ただし普通の《深層》とは違う」


 廊下の壁に手を添える。


「ここはダンジョンじゃない」


「……え?」


「ダンジョンの中に存在する研究施設だよ」


 烏真が振り返る。


「研究施設……」


「《探索者協会》が作ったんだよ。そしてボクはずっとこの施設を調査してた。そして見つけた――」


 辷は自分の胸元へ指を向ける。


「ボクがスキルで転移の能力を手に入れてから、ここには何度も潜っていたよ」


 そしてピタリと辷が足を止める。


「ボクのスキルは《転移陣ムーンレイル》――記録したポイントに移動させるんだけど……」


 そのまま再び辷は歩き始める。


「ボクのスキルは便利なんだけど……記録できるのは二つが限界でね」


 イエルは一度、足を踏み入れたダンジョンならばどこへでも移動できる。しかし辷は一つのポイントを記録して、飛ぶことしかできない。


「いや……十分すごすぎますよ――」


 烏真は辷のスキルを聞いて感服した。


 イエルの転移は確かにすごすぎるが、《探索者》の持つスキルの中でもダンジョン内を移動できるならあまりにも便利すぎる。


「でも、それならクラン本部を襲撃されたときこれを使って逃げれば良かったのでは……」


 クラン本部を襲撃されたとき、辷はそれを使わなかった。


「このスキルって制限強すぎてね……この《1E7L層》を記録してあるからここしか移動できないし……もう一つは帰ることを考えて、ダンジョンの入口に設定してる」


 そして辷は息を整えてから、


「まぁ……地上からダンジョンへは移動できないからいつでも使えるわけでもないけどね」


 だが、それはイエルも同じだ。イエルも確かに万能のような力を使えるが、転移はダンジョンを経由しなければ使えない。


 力は強ければ、強いほど――制限があるのはスキルの唯一の欠点だろう。


 イエルの能力はスキルなのかわからないが。


「それで……どうしてこの施設を――」


「十五年前のモンスターが地上に突然現れた……事件」


 その言葉に烏真の足が止まった。


「……十五年前」


「そうだよ。ボクはそのことをずっと調べていた」


 辷が歩きながら振り返っている。


「モンスターが突然、地上へ現れた事件」


 烏真は左眼へ手を添えた。


「この施設は、あの事件と関係しているんですか?」


「関係しているどころか……」


 辷は奥を見つめる。


「そうだね……原因の一つが、ここにあると思ってる」


 そのときだった。奥の扉がゆっくりと開いた。その先には巨大な空間が広がっていた。


「……なに、これ」


 緋尋が息を呑む。


 部屋の中央――そこには、一体の巨大な像が横たわっている。


 白い外装はところどころ崩れ、その像はただ静かに目を閉じている。まるで女神を思わせる姿。けれど、その身体には無数の機械的な継ぎ目が走っていた。


 烏真は、その像を見た瞬間――


「……あ」


 烏真の呼吸が止まる。


「ここで……俺はイエルと出会いました」


 残り僅かな命を、叶わない夢にもう一度向き合い、そして誰にも見えない入口を烏真は見つけてしまった。


 そしてその最奥で――この女神像の中で眠るイエルを見つけた。


「そうか……」


 辷が呟いた。


「イエルのことを……知っていたんですね」


 初めて辷と出会ったとき、認識阻害をしているイエルに対して辷は気付いていた。


 気付いた理由を勘と言っていたが、辷は最初からイエルのことを知っていたからこそ認識を阻害されなかったのかもしれない。


「この施設に封印されていたのも知っていたよ」


 だが崩れて動かない女神像を見つめたまま、


「近づけば、女神像(こいつ)が襲ってきたからね……まるでイエルちゃんを守るように――だから、ボクはなにもできなかったよ」


 烏真もこの場所に辿り着いたとき、女神像が動き出し襲われた。


「見つけたのも実は最近の話でね……ボクひとりで奥まで行くのも結構キツくてさ。ほら、ここおっきなモンスターいなかった?」


 烏真がこの場所に足を踏み入れた時、巨大なモンスターに襲われた。


 だが、奇跡的に烏真は倒せてしまったのだ。


「まぁ、逃げて無理そうなら帰ってを繰り返してやっと奥まで来たら……イエルちゃんが眠ってたのは見つけたんだけど――そこで壊れてる女神像に襲われて……」


「俺が……その……」


 イエルを助けることが出来たのは運が良かっただけだ。


 しかし、烏真は女神像を破壊し機能を停止させたことでイエルを解放できた。


「鏑木くんがこれやっつけたの? やっぱすごいんだね……いや、イエルちゃんを助けてくれたのが鏑木くんで良かったよ――」


「……? どういうことですか??」


 あの日、確かに烏真はイエルを解放することができた。


 しかしそんなイエルはもう動かない。


 胸元に深々と突き刺さる短剣が痛々しい――にも、関わらずイエルの身体からは血が流れることもなく、本当に人形が目を瞑って眠っているようにしか見えなかった。


「お、おじさま……!」


 そんなイエルの状態を見ていた緋尋が驚いた声を上げる。緋尋が指を差したのはイエルに刺さった短剣だった。


 パキパキ……。


「結晶……?」


 短剣が白く染まり、刃そのものが凍り付いたように白い結晶が短剣を覆っていく。


 ――パキィンッ!


 そのまま短剣は跡形もなく消えてしまった。しかしイエルの傷は塞がっていない。胸元に空いた傷だけが痛々しく残っている。


「イエル……」


 だがイエルの胸元から血は流れず、傷口だけが開いている。開いた傷の向こうは骨も臓器も見えない。ただ真っ黒の闇が広がっている。


「……いろいろ話はしたいだろうけど、最優先はイエルちゃんを助けないとね」


 烏真も無言で頷く。


「ここに来た理由はイエルちゃんが眠っていたところだから……なにかイエルちゃんを助けられる機械とかあるかなって思ったんだけど……」


 しかしこの場所で烏真はイエルを取り込んでいた女神像と戦ったことで荒れ果てていた。機械はどれもこれも壊れてしまっているし、イエルを助けられそうな装置も見当たらない。


「どうしよう……」


 緋尋は青ざめた顔をしている。


「イエルちゃんはダンジョンコアなんだろう?」


 辷は近くに倒れた台座を起こし、そこにイエルを寝かせるように烏真を誘導した。


 烏真もイエルの正体は知らないが、イエル自身はそう言っていた。


「人の形をしたダンジョンコアなんて聞いたことがないけど……いまイエルちゃんが動かないのはコアが損傷してしまったからだろうね」


 その時だった。


 イエルの瞼がゆっくりと開いた。

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