白の終わり
「これで二度目ですねぇ……鏑木 烏真さ~ん」
拍手しながらくるりと回り、蕃弥 唯一は嗤う。
「……どうしてここに」
「どうして?」
烏真の問いに対して、つまらなさそうな顔をする唯一。
「……そこにダンジョンがあるからぁ? 山があったら登るように――誰も攻略してないダンジョンがあったら潜るのが《探索者》じゃないんですかぁ?」
「お前は《探索者》じゃない……ただの人殺しだろう」
唯一はまた嗤う。
「……」
だが、烏真の言葉に唯一はぴたりと止まった。
「じゃあこうしよう。鏑木サンをどうにかして欲しいのでお金を受け取りました。なのでここで死んでもらいます」
「十五年前もそうやって金を受け取って人を殺した……と?」
「あり得ないって思う? 楽して金儲けしたい子なんてそこら中にいるよ。別に《探索者》じゃなくてもさぁ……もしかして鏑木サン、ネットはあまり見ませんか?」
殺人者の思考を烏真が理解できるはずもなかった。そしてこれ以上、話し合う意味もなかった。ここでこの男を捕らえて、この狂った事件を終わらせればいいだけだ。
「十五年前ねぇ……アレは愉しかった。しかもその後に地上にまでモンスター出てくるのはびっくりしたけどお祭りみたいにみんなおっきな声を上げて――」
その言葉だけで。
烏真の脳裏に当時の光景が浮かび上がる。
燃え盛る炎、逃げ惑う人に――無数のモンスター。
「……何か、知ってるのか?」
「知らない知らない。アレはほんとなんで起こったのか自分も知りませんって。でも、ほらタイミング良過ぎてねぇ……」
十五年前も唯一は《探索者》殺しに手を出していた。
優秀な《探索者》を殺したせいで当時、難波に溢れたモンスターを鎮圧するのに時間を要した。
その原因の一端は、間違いなく唯一にある。
烏真は剣を握り直した。
「もういい、ここで捕まえる」
「捕まえる?」
唯一はパンっと手を叩いて、
「どうやって??」
唯一の前に立ち尽くす【§】の刺青が入った男たちと、《血吸花樹》が壁のように行く手を遮る。
「こうやってだよ」
しかし、そこでずっと傍観していた辷が両手を前方に翳しその手のひらから激しい炎が吹き荒れる。
「魔法……? まだ使える人いたんだぁ……」
辷の火炎魔法で焼かれていく《血吸花樹》を前に驚きの声を上げているが、
「別に捕まえるつもりはないよ。どうせ捕まえたところで死刑だよ。だからここで死ね」
手から炎を放つ辷の表情は氷のように冷たかった。
「ほんともぉ……有名人ばっか連れて来てさぁ……困るんだよねぇ。自分の思い通りにいかないのってぇ――」
悲鳴を上げながら焼き焦げていく《血吸花樹》とは違い、武装した黒ずくめの男たちが散開し、辷に向かって行く。
しかし、
「リーダー、あぶないっ!」
緋尋が辷の横から割って入り、双剣を振り放つ。
「危なくないよ。緋尋がなんとかしてくれるでしょ」
「そんなこと言って……」
しかし襲いかかる男たちを緋尋は難なく撃退していく。
「あの《血吸花樹》が厄介だね……いつまで湧き続けるのかな――」
辷が焼き尽した《血吸花樹》の後方から新たに姿を見せるモンスター。
「……わたしの仲間はどこにやったの!?」
緋尋が苛立つように唯一に言うが、
「そりゃ《探索者》なら奥に進んでるんじゃないのぉ?」
「ふざけないで!」
「まずはここをどうにかしないと、お仲間さんは見つからないんじゃないかな?」
唯一が指を鳴らすと、更に《血吸花樹》の数が増す。もはやこれでは壁だ。
烏真でも、緋尋でも、辷でも――どれだけ《血吸花樹》を倒せる強さを持っていても、数の暴力でいつまでも時間と体力を奪って来る。
烏真の左眼は《血吸花樹》の線を映し続け、それをなぞり続ける。切断を繰り返し、モンスターの骸が床に転がっては消えていく。
しかし、《血吸花樹》は際限なく増殖する。
「……いやぁ、どれだけ強くても終わりが見えないのはキツいよねぇ。でも、まぁ……ここで永遠に戦い続けててよ」
烏真は無言で斬り続けている。
斬っても、どれだけ斬っても終わらない。
「――っ!」
烏真は迫り来る蔓を横薙ぎに斬り払った。赤黒い植物の肉が弾け、切断された蔓が床へ落ちる。
切断面から、ぬるりと新たな蔓が伸びた。
「……そんな――」
倒されることそのものを利用しているかのように、《血吸花樹》は数を増やし続けている。
「これじゃあ、きりがない……!」
緋尋が剣を振り抜く。
迫っていた花を根元から断ち切る。だが、その背後から別の花が顔を出した。
どうして人間である唯一は襲われず、《血吸花樹》は烏真たちだけを狙うのか。
唯一は《血吸花樹》に守られるように、消耗していく烏真たちを見て腹を抱えて笑っている。不愉快極まりない。
このままでは、いつか必ず誰かが動けなくなる。
――その時だった。
「……申し訳ありません、マスター」
そのとき烏真の隣に立っていたイエルが初めて声を上げた。烏真の脳内で声は響いていない。直接、イエルは声を出していた。
「私にお任せください」
小さな声がした。
「……イエル?」
烏真が振り返る。
イエルが一歩、前に出ていた。
「私が、止めます」
「ダメだよ、危険すぎる」
イエルはいつも烏真の隣か、後ろにいた。
彼女が戦う姿を見たことはない。しかし《血吸花樹》は無限に増え続ける。にも、関わらずイエルは烏真の前に立って広場を見渡している。
《血吸花樹》の全てがこちらを狙っている。
「……嫌です」
イエルが呟いた。
はじめて烏真を命令に背いたイエルの言葉。
「これ以上、皆さまが傷つくのは」
「イエル!」
烏真が止める。
「……」
イエルは少しだけ俯いた。
それから、ゆっくりと首を横に振った。
「いいえ」
いつものように、烏真の言葉を待つのではない。
「私にも、できることがあります」
そして、イエルは前へ出た。
「イエル!」
烏真が再びイエルの名を呼ぶ。
しかし、イエルは止まらなかった。彼女は《血吸花樹》の群れへ向かって、静かに手を伸ばした。
「……止まってください」
声は、驚くほど小さかった。
そのまま両手を口元に当てて、息を吹きかける。小さな身体で、巨大な壁のように迫りくる《血吸花樹》に向かってイエルは吐息を漏らす。
同時に、流れが変わった。
「……なにが――」
《血吸花樹》が突然、時間が止まったかのように動きを止める。
「なに……これ」
緋尋が呟く。
白い光が床を這い、広場一面へと広がっていく。それは《血吸花樹》の根へ触れた。
――パキッ、と。
「……?」
緋尋が目を凝らす。
同時に赤黒い蔓の表面に白いものが生まれていた。
その結晶は最初こそ小さかった。だが、それは瞬く間に広がっていく。
パキ。
パキパキ。
白い結晶が花の怪物たち覆っていく。
「……結晶化?」
辷が呟いた。
数え切れないほどの《血吸花樹》が次々と白い結晶に包まれていく。
暴れていた蔓が止まり、増殖していた根も、白い結晶に覆わて凍て付いたように動かない。広場を埋め尽くしていた赤黒い植物たちはそのまま白い結晶の中へ封じ込められていく。
やがて、最後の一本が結晶に覆われた。
「……」
誰もすぐには言葉を出せなかった。あれほど騒がしかった広場が嘘のように静かになっていた。
烏真は目の前の光景を見る。
「……すごいな」
思わず、そう呟いた。
だが――
「……」
イエルは答えなかった。
「イエル?」
烏真が振り返る。
イエルの身体が僅かに揺れていた。
「……大丈夫?」
「はい……」
返事はした。
けれど声にいつもの張りがない。イエルは自分の胸元を押さえている。
「少し……疲れました」
「少しって顔じゃないよ」
烏真が近付く。
「休んで」
「……はい」
イエルが頷いた。
「いやいや、なんですかそれはぁ……」
増殖する《血吸花樹》が瞬く間に氷像のように固められ、
「――終わりだ、蕃弥 唯一」
そして烏真は《踏破ノ担イ手》を構えた。
左眼の《看破》はダンジョンやモンスターにしか反応しない。唯一の身体に線は――
「なに……ッ!?」
線は人間には映らない。
だが、唯一の身体はこれまで烏真が戦ってきたモンスターと同じように黒い線が浮かんでいる。
「いやぁ……ほんと――」
声が、した。
その声は確かに唯一の声だった。
烏真の反応が、ほんの一瞬だけ遅れた。
人の身に描かれることのなかった線を、左眼が映し出したことで困惑し――それが烏真の動きを遅らせたのだ。
だから、
「よく視えるのも考えものじゃないかなぁ――って」
背後から聞こえた唯一の声に気づかなかった。目の前に唯一が立っているはずなのに、声だけが背後から聞こえるのは何故なのか。
イエルの声がした。
「……!」
烏真が振り返る。
しかしもう遅かった。
振り返った先、そこにいるはずのない唯一が立っていた。
おかしい――唯一と烏真の距離は遠かった。
それなのに次の瞬間には、唯一が烏真の背後に立っている。そして持っていたはずの短剣が消えていた。
「イエル!」
烏真が叫ぶ。
「種も仕掛けもないんだなぁコレが」
わざとらしく手を広げて、唯一はそのまま烏真から離れていく。烏真の身体には異常がなかった。
そう、烏真には。
「イ、……イエル――?」
唯一の手から短剣が消えていた。
しかしその短剣は、イエルの胸元に深々と刺さっていた。
「――っ」
イエルも何が起こったのかわからないまま、ただ胸元に突き刺さる短剣を前に小さく揺れていた。
イエルの長い一本の前髪がぐったりと倒れて、
「……マ、スター……」
烏真の時間が止まった。
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