因縁との再会
「はえぇ……いや、その……すごいものを見ちゃったね」
辷はイエルの力を目の当たりにして感心していた。
そんな烏真たちはいま《深層》に辿り着いた。
都心ダンジョンまで移動し、そこからイエルの転移によって難波ダンジョンにある《深層》まで一気に戻ってきたのだ。
「イエルちゃんって何者?」
「私はダンジョンコアです」
緋尋に所属するクランのリーダーである辷に対して、イエルは隠しごとすることなく正直に答えていた。だから烏真は何も言わなかった。
「ボクもダンジョンコアって見たことないけど……こんなちっちゃな女の子なんだねぇ」
烏真もイエルの存在は辷に知られて良かったのか不安だった。
「ダンジョンコア……かぁ――」
辷がそう言ってイエルを見つめていた。
「辷さま」
「なんだい?」
「私は、あなたのことを知りません」
「だろうねぇ」
「辷さまは、私のことを何か知っていますか?」
「うーん……」
《深層》で分かれた緋尋たちを見つけなければいけない。ここで立ち止まって話をする余裕はなかった。
「似たような子を見たことはあるんだけどね」
「似た……?」
イエルが首を傾げている。
「あー……帰ったらいろいろ教えてあげるよ」
そう言って辷は今度は烏真に視線を映して、
「そういや今更こんなこと聞いちゃうけど、鏑木くんは遅咲きの《探索者》だね」
「父親が《探索者》だったもので……夢でした」
「お父さんがねぇ……鏑木……やっぱどこかで聞いた苗字だなぁって思ってたよ」
「知ってるんですか?」
「鏑木……鷹文だっけ?」
鏑木 鷹文――本当の親がいない烏真を引き取ってくれた血の繋がらない父親だが、烏真にとっては《探索者》の夢はこの人の背中を見たことで今日まで追いかけてきた。
「……優秀な《探索者》だったよ」
「十五年前に地上にモンスターが溢れたあの事件で……死にました」
「あの男は一人でも多くの人間を助けて《《死んだよ》》」
烏真は大きく目を見開いていた。
「鷹文とは同期だよ。一緒にダンジョンを潜ったこともある」
「……あのとき俺は何もできませんでした。魔力もスキルどころかレベルも低くてどうしようもなかった」
「でも、いまのキミは違うだろ?」
辷の言葉に、烏真は無言のまま頷いていた。
逃げることしか出来なかったあの頃の自分はもういない。
「緋尋さんのたちのところへ……急ぎましょう」
「ああ、そうだね」
烏真の走る速度が増す。
「約束は、守るさ」
小さく呟いた辷の言葉は、烏真もイエルにも届かなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《深層》を駆ける烏真たち。
薄暗い通路を進み、二つに分かれた道まで辿り着く。
「ここにはいないようだね」
辷は腕を組んだまま分かれた道を前に首を傾げている。
「少しお待ちください」
数秒。
「……左の道です」
「わかるの?」
「緋尋さまの装備は私が修復しましたので――緋尋さまの装備に用いた素材から反応を追えます」
「イエルちゃんそんなこともできんの?」
辷は感心したように声を上げている。
「もうさぁ、鏑木くんもイエルちゃんもウチ来ない? ふたりが来てくれたらボクのクランも安泰なんだけどなぁ」
「ははは……」
返事に困る内容で、烏真は乾いた声を出すことしかできなかった。
「マスター」
イエルの声に烏真は頷く。
「左の道だね……行こう」
三人はさらに奥へ進む。
モンスターの強襲に注意しつつ、走ることは止めて歩いて行く。難なく進んで行くと通路の先にひらけた場所が見えた。
「……ここは?」
烏真が呟く。
だが広場に近付くにつれて空気が震えていることに気付いた。
音が響き、地面を叩く音が聞こえた。そして声がする。
「――っ!」
広場に出るとその中央にいたのは緋尋だった。そんな緋尋の顔が見えたと同時に烏真の足が速くなる。
「……」
烏真は言葉を失った。
広場の中央に立つ緋尋を囲むように赤黒い花が無数に咲いている。だがそれはただの花ではなく巨大な茎と地面を埋め尽くす根。
そんな無数の《血吸花樹》が緋尋に襲いかかる。その群れの中心で緋尋が双剣を振るっていた。
「……しつこいッ!」
緋尋が斬り払う。巨大な蔓が切断される。だが倒れた蔓の後ろから新たな花が咲きその数を増やしていく。
《血吸花樹》一体だけなら今の緋尋の敵ではなかった。しかしどれだけ倒し続けてもモンスターの数が減らないのである。
「……まだ……!」
緋尋が息を切らしながら剣を構える。それでも退かない。
一体、斬る。
するとその後ろで一体また増える。
一体、斬る。
だが、その後ろでまた一体増えている。
どれだけ倒しても新しい《血吸花樹》が生えている。
「……同じだ」
烏真が呟く。
緋尋と分かれる前に烏真も《血吸花樹》と戦ったが、一体は脅威ではないが、いつまでも姿を現し、倒し切れない。
「これは……」
イエルも静かに広場を見つめる。
「《血吸花樹》って禁忌級だから緋尋一人でも余裕だと思うけど、いつまでも増え続けられたら話は別だね」
辷が烏真の横でそう言った。
休む間もなく、ただひたすらに緋尋に襲いかかる《血吸花樹》の群れ。それでも緋尋は諦めない。
烏真の手には既に《踏破ノ担イ手》が握られている。
「緋尋さん!」
烏真が飛び出し、左眼が《血吸花樹》を捉え――その身を走る黒い線をなぞり、両断する。
緋尋がこちらに気付いた。
「……お、おじさま――」
その声には驚きと安堵が混ざっていた。
「遅くなってごめん……間に合ってよかった」
「いいえ……だいじょうぶです。ありがとうございます」
会話しつつ《血吸花樹》を倒していくがそれでもやはり減ることはなく、いつまでも姿を見せるモンスター。
「ごめんなさい……燐牙も蒼奈ちゃんもまだ見つからなくて……」
「仕方ないよ……これはいくらなんでも異常だよ」
緋尋がどれだけ強くても、《血吸花樹》が無限に現れ続けるせいで緋尋は消えてしまったクランメンバーを探すことができなかった。
「……こんなこと初めてです」
緋尋は苦しそうな表情で剣を振る。一人でずっと戦い続けていたのだ無理もない。
それでも体力が消耗している状態で延々と《血吸花樹》の群れを斬り伏せていた。
「おじさまが来てくれてよかったです……ちょっと、数が多すぎて」
その瞬間、広場の奥で新たな《血吸花樹》が一斉に花を開いた。
そして生まれた赤黒い花弁がまるで獲物を見つけたように一斉にこちらを向く。しかし広場の入口から戦う烏真と緋尋を見て辷が小さく息を吐く。
「……手伝おうかぁ~」
こんな状況で辷は軽い口調でそう問い掛ける。
「え、ええ!? なんでリーダーがここに??」
緋尋は辷の姿を見て驚いている。
「鏑木くんのおかげで死なずにすんだけど、この数は酷いなぁ……緋尋ぉ~、なんとかしてくれないとボクも死んじゃうよ?」
「だ、だったらリーダーも手伝ってくださいよぉ!!」
緋尋の言い分はごもっともだった。
烏真が緋尋と合流したことで《血吸花樹》を討伐する速度は倍以上だった。しかしそれでも数がゼロになることはなかった。
「緋尋より弱いボクが混ざっても役に立たないけどなぁ……それに鏑木くんの邪魔にならないようにするって約束してるしぃ」
「もう~……じゃあ、なんで来たんですか!!」
《血吸花樹》の群れと戦っているとは思えない温度差の会話をしている。
だが精神的にも余裕が生まれたことで緋尋の顔色は良くなっていた。一人で戦い続けていた先程とは違う。
しかし突然、《血吸花樹》がピタリと動きを止めた。
「な、なんだ?」
唐突に時間が止まったように動かなくなった《血吸花樹》に烏真も首を傾げる。
緋尋も双剣を構えたまま、一歩後ろに下がっている。
無数の《血吸花樹》も烏真と緋尋から離れていき、横一列に並びだす。
「どういうことだ……?」
烏真は目を疑った。
どこに潜んでいたのか、黒ずくめのフードを被った男たちが《血吸花樹》のいっしょに並んでいた。
「モンスターと行動してる?」
緋尋も信じられない光景を前に驚嘆していた。
そんな《血吸花樹》と並んで武装した男たちの奥に一人だけフードを外している人影が見える。
「ありえませんよ……モンスターと人間がいっしょに並んでるなんて……」
緋尋は目の前の光景を気味悪く眺めている。
「あっちゃあ~……いやいや、間に合うのそれ? どんだけすごいの……」
しかしその奥に見えた人影がゆっくりとこちらに近づいてくる。
「おまえはッ……」
その姿と見て、烏真の怒りが真っ直ぐ向けられた。
目の前で笑いながら短剣をクルクルと回しながら立っていたのは――
「いやぁ、困ったなぁ……どうやってやっつけようかなぁ……」
蕃弥 唯一だった。
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