狙いは――
最も危険だった辷を烏真が救出できた時点で、ここでの戦いは既に決着していた。
轟音と共に、異常を察知した他の【REVER§E】の面々が辷のいた部屋に入り込んでくる。
それと同時に外にいた《探索者》たちは烏真の突撃をきっかけにクラン本部に突入してくれた。
「そっちを頼む!」
「任せろ!」
リーダーである辷が追い詰められたことで劣勢だったクランメンバーたちも、辷が助かったことを知り、形勢は逆転した。
こうしてクラン本部の襲撃事件は瞬く間に鎮圧されていくのだった。
「逃がすな!」
クランの《探索者》が一人を組み伏せる。
「ぐっ!」
体勢を崩したところへ、別の《探索者》が踏み込む。
「これで終わりだ!」
そのまま男が床へ叩き伏せられ、残った襲撃者たちも次々と武器を落としていく。
烏真はその様子を静かに眺めていた。
思っていたより早かった。敵は数こそ多かったが、そもそも統率が取れていない。辷を救出してからは烏真自身が手を出すまでもなかった。
そして、
「全員、制圧しました!」
声が響き、辷は小さく息を吐いた。
「つかれたぁ……」
そのまま倒れている襲撃者たちへ辷が視線を向ける。
「治療費どこに請求すりゃいい?」
クランメンバーに拘束された男が床に座らされる。
辷は無表情のまま、目の前に荒い息を吐く男に向かって、
「まぁ、いいや……それより聞きたいことがあるから答えてくれるかい?」
「……」
「こんな滅茶苦茶なことして何がしたいの?」
男は黙っている。
「……その刺青は【REVER§E】って名乗ってる連中のものらしいけど、これで全部?」
辷はわざと知らないふりをしていることに、烏真も内心気付いてはいる。
《探索者》を襲う集団の中で名前がわかっているのは蕃弥 唯一だけだった。
しかしこの場にその男がいない。
「……ハハ……ハハハハ……」
そこで、男は突然気味悪く笑い出す。
「どっちでもいいんだ。《《どっちでも》》」
「はぁ? わかるように喋ってくれよ」
辷は笑い出す男に苛立つ。
「はは、【003】サンがこっち来てくれて良かったです~」
違和感。
声は、男から発している。
しかしその口調に烏真は反応した。人を小馬鹿にしたような言い方に、烏真が男の胸倉を掴んだ。
「……その喋り方……蕃弥 唯一と同じだ」
しかし男の顔は緋尋を襲ったときに姿を見せた唯一とはあまりにも違う。
顔も、声をも違う。
それでも烏真はその男から発する声が違えども――唯一が喋っているようにしか思えなかった。
「はは……そうですよぉ。まぁ、これでだいぶ時間稼げたんで――あとはこっちの好きにさせてもらうんで、さようなら」
そのまま男の身体から力が抜けた。
「おい?」
クランの《探索者》が肩を揺するが返事がない。まるで眠ってしまったかのように、静かに目を閉じている。
「……気絶した?」
先ほどまで話していたとは思えないほど、完全に意識を失っていた。
「前回捕らえた男と同じだね」
辷も男を見下ろす。
「俺も聞きました……捕まえた男たちはみんな眠ったように動かなくなったって」
「この男は蕃弥 唯一と名乗っていた……でも、顔は違う――」
「まるで遠くから操ってるみたいだ」
「はぁ……」
辷が溜息を吐いてしゃがみ込む。
「とりあえず他の捕らえたヤツらにも何か知っていることがあれば聞いて」
他のクランメンバーにそう指示すると大きく頷き、走っていく。
「いったいなぁ……もう――」
やっと落ち着いたのか、辷は怪我をしている脇腹を押さえたまま、
「ごめんね、鏑木くん……ちょっと待ってくれるかな」
脇腹を押さえたまま何か呟いている。三十秒近く何か唱えているが何を言っているのかは烏真にはわからなかった。
しかし言葉を終えると、辷の手に淡い緑色の光が手のひらに集まった。
「……傷が」
烏真が呟く。
「治癒魔法は使えるんだよね……詠唱に時間が掛かりすぎるし触れたとこしか治せないから戦闘中とか全然使えないけど――」
柔らかな光が傷口を少しずつ塞がっていく。
「すごい……」
魔法は殆ど見たことがないので目の前で奇跡のように傷口を塞いだ辷の力に感動していた。
「こんなもんでいいか……」
辷はそう言って立ち上がる。
「蕃弥 唯一はここにはいないようだね」
「しかも時間を稼いだ……なんて、おかしなことを」
「まぁ……鏑木くんをここに来させたってことは……《深層》に潜ってるウチのメンバーが狙いなんだろうね――」
「やっぱり……」
さきほどの男の口から発した言葉を聞けば、烏真をクラン本部に移動させて《深層》に残っている緋尋たちが本当の狙いなのかもしれない。
しかし、わからない。
「真っ昼間から堂々と爆弾で吹っ飛ばすとかイカれすぎだよ」
クラン本部は半壊し、正面からリーダーである辷を狙う。
これが囮だとしても、もし烏真がここに来なければ辷がどうなっていたか想像したくなかった。烏真は後悔していない。
それに、
「緋尋さんは強いです。こんな連中に負けませんよ」
「ウチのクランの中でもいちばん強いからね……でも、手段を選ばない連中だ。すぐに《深層》に向かった方がいい」
辷の言い分はごもっともだった。
「緋尋は配信を続けるはずだ……どうなってる?」
烏真はすぐにスマホを取り出し、配信アプリを起動する。緋尋の配信は今も継続されている。
画面は黒く、よく見えない。
しかしコメント欄の文字は流れたままだった。
――<ひひろん、まだ《深層》だよな?>
――<さっきから配信止まってるけど大丈夫か?>
――<さっきまで画面は映ってたのに>
――<おっさーん!!! はやくきてくれぇーー!!>
烏真の顔が険しくなる。
「……まだみんな見つかってないのか――」
辷は烏真の横で無言のまま画面を見つめていた。
「鏑木くん」
「はい?」
「助けてくれたことは感謝してる。でも急がないと……」
烏真が辷を見る。
「ですね……」
それは烏真も理解している。
緋尋と分かれる時点で、燐牙や蒼奈はいたはずの場所から消えていた。そして烏真はクラン本部へ向かう際に緋尋と分かれてしまった。
そして《時間稼ぎ》という言葉。
烏真はクラン本部へ誘導され、蕃弥 唯一の狙いはわからないが緋尋たちが危険なことに変わりはなかった。
「わざわざ目立つことしてまで、ボクを狙ってくるなんて……腹立つなぁ」
辷は首と腕をぐるぐると回しながら関節をポキポキと鳴らしている。烏真はただ黙っていた。
「……俺がこっちに来るってわかってたのか?」
「みたいだね」
独り言を呟いた烏真に辷が肯定した。
「鏑木くんが地上に戻ってきて、ボクのいるところまで来たのを確認してから動きを変えてる」
烏真の表情が変わった。
「早く……緋尋さんのところに行かないと」
烏真が振り返る。
「待って待って」
辷が呼び止めた。
「ボクも連れてってくれる?」
「え?」
「こんな正面から暴力バラまいてくる連中だよ? これで終わりかわかんないしさぁ……」
「いや、それでしたら《協会》に避難するという手もありません?」
烏真が言いかける。しかし辷は首を横に振った。
「やだ。《協会》には借りを作りたくないんだよね」
その声音は、ほんの僅かに冷たかったような気がした。
「……鏑木くんもいろいろ知ってるでしょ。《協会》ってきな臭いでしょ。最近は会長辞めちゃうし。いまの《協会》に頼るのなんかイヤなんだよね」
辷はげんなりしたようにそう言った。
「まぁ……」
烏真も五年前のライセンス試験の件や転移事故の件もあり、不信感は完全に拭えてはいない。《協会》を擁護する側には立てなかった。
そして、烏真の隣に立つイエルを見る。
辷の表情が変わった。
「……イエルちゃんだっけ」
辷がイエルを見る。認識阻害で他の人間には気づかれていないのに辷だけはイエルを認知していた。
「イエルが……どうかしましたか?」
烏真が尋ねる。
「ううん」
辷は首を振った。
「あのさ」
けれど、辷はイエルに向かって――
「……イエルちゃんって、何も憶えてないの?」
その問いに対して、
「私はマスターに救われるまでずっと眠っていました。どうして眠っていたのかも……眠る前のことも何も憶えていません」
その言葉に辷は目を見開いた。
しかし、すぐにその目は細まる。
「へんなこと聞いてごめんね。それで鏑木くんと一緒に行ってもいいのかな? 邪魔にならないようにするからさ」
「それは……」
「これでもリーダーなんだ。やられたらやり返さないとね。ウチのクランばっか狙いやがって」
表情や声色こそいつもと変わらない。それでもふつふつと湧き上がる怒りが烏真に伝わっている。
「他のメンバーの方はいいんですか?」
「ここの処理をしてもらわないとね。ごめん。ぶっちゃけボクがやるべきことなんだろうけど」
床を強く踏み締める辷。
「いまはもう蕃弥 唯一の顔面潰れるまで殴る以外、頭にない」
拳を握り締めたまま辷の額には青筋が浮かんでいた。
「……わかりました」
辷がついて来ることはもう避けられそうになかった。
しかし、ここから《深層》に向かうにはイエルの力が必要だ。普通に移動しているのでは時間がかかりすぎる。
『マスター』
(リーダーさんといっしょに《深層》まで転移してもいいの?)
『緋尋さまが信頼する人物です。構いません。ただ――』
(ただ……?)
『辷さまは、私のことを知っているのでしょうか?』
イエルの問いに、烏真は答えることは出来なかった。
何故なら烏真自身も同じ疑問を抱いていたから。




