ボクのクラン
淡い光が弾ける。
次の瞬間、烏真の足が地を踏みしめた。
「……着いた」
周囲を見渡す。
《深層》の冷たい空気とは違う。
難波ダンジョンから離れた都心のダンジョンまでイエルの転移によって、一気に移動してきたのだ。
「マスター」
イエルが隣に立つ。
人目につかない岩陰に上手く転移してくれたが、ここからクラン本部まではまだ遠い。
「目的地までは、ここから約十キロです」
「すぐに行かないと」
「それでは――」
イエルが両手を重ねて、烏真の耳では聞き取れないほど早く何かを呟く。
すると同時に何も無い空間から召喚される黒と紫に染まったバイク型の乗り物。以前、終焉級に襲われる緋尋たちを救出するために乗った以来の代物だ。
「えっと……これ……」
「ここからクラン本部までマスターの力なら走っても問題ないかと思いますが、少しでも体力は温存しておいた方がいいかと」
「そ、それは確かにそうだけど――」
バイクの形をしてはいるものの金属というより結晶で出来ているようなこの世のものとは思えない不思議な代物だ。
「ち、地上に出ていいのかな……」
「緊急事態ですので」
イエルの言うとおりではある。
しかし車輪の無い浮遊するこの世界には存在しない科学を超越したこの乗り物で移動するのは気が引けるが、今はすぐにでもクラン本部に行かなくてはならない。
「前回同様にハンドルだけ握っていただければ」
「わかったよ」
そして機体にまたがり、烏真はイエルに手を伸ばした。
「クラン本部まで全速力で行きます」
「また……前みたいな無茶な移動は――」
言い切るよりも早く、音を立てず機体は直進する。タイヤはない。そもそも地面を走ってすらいない。浮遊する機体はそのまま空中を滑るように進んでいく。
そのまま都心ダンジョンの入口ゲートを突き抜ける。
烏真は今回もハンドルのようなものを握っているだけで勝手に動き出す。イエルがどうやって動かしているのかはわからないまま。
イエルは烏真の後ろで腰に両手を回してギュっと抱き着いている。
風が頬を叩き、街の景色が後方へ流れていく。浮いたままの機体が、徐々に烏真の身体が宙に浮かび上がっていく。
「そ、空……飛んでるんだけど……」
「容易です」
「前も思ったけどこれどういう構造なの?」
聞いたところでどうせ理解できないのはわかっているけれど。
「目的地まで最速で駆け抜けますのでこちらのがいいかと」
「た、確かにそれはそうだけど……」
車や通行人、信号など様々な要因を全て無視して終点まで一直線で突き進んでいる。
「……間に合ってくれよ」
呟きは、突風と共に消えていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一方。
緋尋の所属するクラン本部。
その正面玄関には数人の男たちが立っていた。誰もが武器を手にしている。そしてその身体には【§】の刺青が刻まれていた。
「いくらなんでも……正面から突っ込んで来るとは思わなかったよ」
正面玄関の扉が爆発物で吹き飛んだようにえぐれている。クランメンバーの数人が爆風に巻き込まれ、その場に倒れ込んでいる。
そして五人ほど玄関から堂々と入って来た。
男はスマートフォンの画面を見る。そこには、先ほどまで配信されていた《深層》攻略中の映像が映っている。
「主力のメンバーがダンジョンに潜ってくれてるから楽で助かる」
「《踏破者》を率いてるリーダーの割には……やけに弱いな」
辷は抵抗したが、呆気なく物量に押され攻撃を受けてしまった。そのまま奥にある自室まで逃げ込み、テーブルを背にして右脇を庇いながら座り込んでいた。
「雑務処理全般担当で……戦闘はてんでダメなんだよね」
しかし血を流す辷は、絶体絶命の状況でも軽く言ってのけた。
「別にあんたに恨みはないけど、いいタイミングだったんでな。ここで死んでくれ」
「酷いなぁ……何の恨みもないなら殺さないでくれよ。ボクだってまだ長生きしたいのに」
白昼堂々と襲撃したのか緋尋を襲ったときの軽装とは真逆で上から下までアーマーのようなものが装備され武器も銃火器だった。
その銃口が辷向けられているというのに、辷は軽口を叩くことを止めない。
「目的もないのにこんなことして……何がしたいの?」
「さぁ? こちらは命令を受けているだけだから答える必要はない」
「そう……」
辷は男たちを前に命乞いをすることもなく、会話を続ける。
「殺すならさっさとしなよ」
「死ぬのが怖くないのか?」
「はは、殺すやつがそんなこと聞くなよ」
辷は嘲笑する。
「なら、なんでお前はここにいる?」
辷は笑うのを止めた。
「はぁ……? なに言ってんの? これはボクのクランだぞ?」
たった一人の満身創痍な人間を前に、絶望せず低い声で答える辷に男の顔が引きつる。
「……【REVER§E】ね――別にボクを殺しても、どうせキミらは終わるよ」
「なんだと?」
「ボクは間違ってなかった……キミらは必ず潰す」
その選択は辷にしかわからない。
瞳から光は消えていない。この状況を前にして一切、恐怖すら抱かず口を開く辷に不気味さすら感じた男たちは、
「……殺せ」
その一言を合図に。
男たちが一斉に動いた。銃口を構え、引き金に指がかかる。
だが辷は決して動かなかった。
反撃すらせず、ただ死を受け入れているようにすら見えた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「マスター」
「目的地が見えてきました」
「分かった」
機体の速度が増していく。
烏真はただハンドルを握っているだけだが、その手に力がこもる。視界の先には高層ビルの間からクラン本部の建物が見えた。
建物の周囲には、《探索者》たちが中の様子を伺うように立っている。突入はまだしていないようだった。
「……あれか」
烏真の目が細くなる。
「複数の戦闘反応があります」
「建物の周りにいる《探索者》は中の様子がわからなくて突入できてない」
「辷さまが危険です」
「だろうね……」
クラン本部の前では戦闘音が響いていた。
銃声に怒号。ガラスの割れる音。
「どうする……」
別の建物の屋上に降りる。そのままイエルはクラン本部をジっと眺めている。
「先日、辷さまと話をした部屋……そこにいます」
「時間がない。このまま――」
「襲撃した者たちが銃口を向けています」
もう間に合わない。
それでも烏真は諦められない。
「突っ込むぞ」
「……それしかありませんね」
もはやこれしか方法がなかった。
時間がない。ここで迷っていれば、辷の救出が間に合わないかもしれない。
「リーダーのいるところまで全速力でお願い」
「了解しました。しっかり捕まっていてください」
と、いいながらイエルは烏真の腰にしがみついたまま、
「ああ……」
烏真の返事と共に、空を駆ける機体。
正面玄関は爆弾でも落ちたみたいに原形を失っていた。クランメンバーの数人も倒れたまま、まだ動けるメンバーもいたが襲撃した男たちと接戦を繰り広げている。
そこには【§】の刺青を入れた者たちが見える。
「……突入まで、三秒――」
イエルがカウントダウンを始める。
同時に機体の前部が左右に展開され、その内部からは銀色に染まる一本の杭が突出する。
空中を浮遊したまま烏真とイエルがまたがる機体はクラン本部の壁を突き破り、そのまま辷がいる部屋めがけて烏真とイエルは突入した。
「間に合った――」
烏真は静かに呟いた。
轟音と共に壁が吹き飛ぶ。そして、その音が響いたと共に戦場が止まった。
「……なんだ!?」
「この……あの男は!!」
敵の視線が集まる。崩れた壁と共に現われた烏真に向けられている。しかし、烏真は容赦なく機体の側面を男たちにぶつけて吹き飛ばす。
男たちは悲鳴を上げながら、辷とは反対側へ吹き飛ばされた。
時間がゆっくりと流れていくように、烏真は辷を見た。辷の顔がゆっくりと動く。そんな辷は微笑んだ。
「鏑木くん……こっち来ちゃったのか」
何故か残念そうな顔をしていた。助かったというのに歓喜することなく、死を受け入れているようにすら見えた。
「大丈夫ですか!?」
しかし、烏真はすぐに辷に近づく。
「ああ、うん……大丈夫だよ。痛いけどね」
瞬間、背後から敵の一人が烏真へ襲い掛かった。
「死ね!」
腰元に装備していた剣を抜き、そのまま烏真めがけて振り下ろされる。だが烏真は振り返らない。
烏真は片手を上げた。
そのまま拳は男の顔面に叩き込み、壁へ叩きつけられる。
烏真は倒れた男を一瞥してから、辷を見る。
「……話は後にしようか」
辷は苦笑する。
「そうだね……まずは――」
烏真は無事に辷のところまで辿り着けた。
しかしこれで終わりではない。
「この場を乗り切らないと」
【REVER§E】たちは部屋の外にまだいる。怒号が扉の向こうから聞こえる。
「力を貸してくれるかい……鏑木くん」
「もちろんですよ」
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