本当の標的
「ど、どういうこと?」
表示されたコメントを見た緋尋はそう呟くしかできなかった。
「わからない……でも、不気味だね」
たった一行だけ表示されているコメント。
『クラン本部があぶない』という内容――そもそも誰が書き込んだのかすら分からない。
しかも結局、燐牙や蒼奈たちの安否はわからないまま。
「……みんな~、燐牙の配信どうだった?」
だが緋尋は自分の配信ドローンに向かって視聴者に問い掛けた。
するとすぐに大量のコメントが流れ出す。
――<ひひろんたちと分かれるまでは映ってたけど、急に真っ暗>
――<そうそう、それまでは特に問題なかったのに>
――<モンスターと戦い始めてからだよ>
――<そっからずっと画面真っ黒で無音のまま>
――<口悪いし、態度デカいし、いい気味や>
――<あいつはどうでもいいけど、いっしょにいた子が心配>
――<それはそう>
相変わらず緋尋の配信では燐牙に対しては微塵も心配されていなかった。それは本人の日頃の行いが原因なので仕方がないが、蒼奈のことは心配されていた。
結局、燐牙の配信画面は途中から表示されず――しかし配信は継続されたまま。
だが、その直後――流れてきたコメントに緋尋の表情が変わった。
――<ちょっと待って>
――<ひひろんのクラン本部の近くにいるんだけど>
――<なんか変じゃない?>
――<人がめちゃくちゃ集まってる>
「……え?」
緋尋がドローンから映し出されているコメント欄に顔を近付ける。
――<本部の前、封鎖されてる>
――<一般人は離れろって>
――<へんな刺青してる奴がいた>
――<へんってなんだよ>
――<なんかSみたいなのが二本重なってるやつ>
――<なんじゃそりゃ>
緋尋の顔から血の気が引いた。青ざめたままコメント欄を眺める緋尋の横で烏真も画面を見ていた。
「緋尋さん」
「は、はい……」
「本部には連絡が繋がらないの?」
「……それが――」
緋尋は既に本部に電話をかけていたが、
「ダメなんです……繋がりません……」
烏真がコメント欄を再び見る。
コメント欄は緋尋たちのことよりもクラン本部の話題で埋め尽くされていた。
烏真は静かに息を吐いた。
「《深層》にいる俺たちじゃなくて、どうして本部を……?」
「わたしたちのクラン本部って《協会》のすぐ隣ですよ……むちゃくちゃすぎます」
緋尋も下唇を噛み締める。
コメント欄を見れば【§】のことを言っている。
まず間違いなく【REVER§E】が緋尋たちのいるクラン本部を襲撃しているのは明らかだった。
「そんなところで暴れたら……すぐに他の《探索者》たちも来るのに……」
「いくらなんでも見境がなさすぎる……何が狙いなんだ――」
烏真も眉をひそめ、緋尋はスマホの画面を見つめている。
「……辷さん」
緋尋はリーダーの名を呟く。
緋尋や燐牙が《深層》へ出ている今、本部にはクランのメンバーが残ってはいるものの主力の多くは《深層》へ出ている。
「わたしたちが《深層》へ行ったのを確認して……」
「いや……だからって堂々と正面からクラン本部を襲撃するとは思わなかったよ」
それは烏真も読めなかった。
闇夜に紛れて《探索者》を襲うような連中が、よりにもよって真正面から《探索者協会》のすぐ隣にあるクラン本部を狙うようなことをするなんて考えもしていなかった。
「は、はやく戻らないと……」
「そうだね……でも――」
烏真は首を横に振った。
「消えてしまったみんなを探さないと」
「そうですが……」
燐牙や蒼奈――そして、他のクランメンバーは《深層》のどこかにいるかもしれない。
――<いやひひろんのクラン本部って都心でしょ>
――<難波ダンジョンからじゃ遠すぎるって>
――<それにもう《協会》も動いてくれてるし>
コメントの言うとおりである。
《深層》にいる烏真たちは難波にいる、都心にまで移動するにはあまりにも遠い。
だが――烏真にはイエルがいる。
「……おじさま」
緋尋は理解している。
イエルの力を使えば、都心のダンジョンを経由しそのままクラン本部まで移動できる。
「……あ」
そして、今になって緋尋のスマホが鳴り響く。
ディスプレイに映し出される画面には燐牙の名前が――
「あいつ……」
緋尋はすぐにスマホを耳に当てる。
「……燐牙、さっさと出なさ――――」
しかし、そこから聞こえたのは、
『緋尋せんぱい!』
緋尋の言葉が止まった。
その声は蒼奈のものだった。
「蒼奈ちゃん!? どうしたの……!!?」
『やっと繋がった……ごめんなさい、ワタシたち――モンスターの相手をしてたら突然別のところに飛ばされて――』
「ど、どういうこと……」
『わかんないっす……でも、その……』
「……だいじょうぶなの!?」
『はい、でも……ここがどこだかわからなくて――』
「ううん、ちゃんと位置情報は取れてる……すぐに迎えに行くよ」
『ありがとうございます……みんなは無事っす。燐牙せんぱい強いので』
「まぁ、性格はアレでも強いからね……うん、わかった……すぐに行くね!」
スマホを切り、烏真に視線を移す緋尋。
「おじさま……ごめんなさい――リーダーを……本部にいるみんなを……」
「うん、本部は任せて……それより分かれたみんなは緋尋さんにお願いしちゃって申し訳ない」
「お気になさらず。合流したらすぐに地上に戻って、おじさまに追いつきますので」
そう言って、緋尋は敬礼のような仕草でにこりと笑う。とても頼もしかった。
「じゃあまた後で――リーダーさんの様子を見てくるよ」
「軽い感じの人ですけど、それでもわたしたちのリーダーですし……わたしをクランに入れてくれた恩人さんです。その……どうか、よろしくお願いします」
緋尋がぺこりと頭を下げる。烏真はそのまま手を上げて走り出す。
ここからはイエルの力も使う――配信ドローンに映るわけにはいかない。すぐにその場から立ち去り、道を曲がる。
「マスター」
イエルが姿を現し、烏真に声をかける。
「本部まで通常の移動では、時間が掛かります」
「お願いできる?」
「もちろんです。転移します」
烏真は頷いた。
「コメントはきっと俺がいなくなったことでいろいろ言われてそうだ」
「そこは緋尋さまの手腕でどうにかしてもらいましょう」
「……ごめん、緋尋さん」
上手い言い訳も思いつかないので逃げるように走り去ってしまったが、心の中で緋尋に謝っておく。
《深層》で分かれてしまったクランメンバー。
「……しかし、また――」
電話の向こうから聞こえる焦燥した蒼奈の声。
気が付けば別の場所――嫌な予感しかしない。しかしいまは確かめにいく余裕はなかった。
地上のクラン本部と、《深層》で分かれたメンバー。
二つの危機を同時に対応するには烏真と緋尋が二手に分かれる以外、他に手立てがなかった。
クラン本部では、リーダーである辷が襲撃されているかもしれない。
どちらも放ってはおけない。
今すぐ助けに行くには烏真はイエルの力がなければ不可能だった。
「……イエル」
「はい」
「クラン本部に急ごう」
「承知しました」
イエルの足元に、淡い光が広がっていく。
光が強くなり、烏真とイエルの姿がゆっくりと薄れていく。
「……【REVER§E】」
何の為に暴れ回り、他者を傷つけ、その理由もわからぬまま。
「命を奪うようなことをするなら……」
そこまで呟いて、烏真は言葉を呑み込んだ。




