向けられた刃
烏真の目の前で、巨大な蔓が地面へ叩きつけられた。
轟音とともに石床が砕ける。
「……っ!」
緋尋が横へ跳んだ。
直後――彼女が立っていた場所を、別の蔓が薙ぎ払う。
空気が唸った。緋尋は身体を捻りながら着地し、その勢いのまま双剣を振り抜く。鋭い斬撃が蔓を断ち切り、黒い血液のような液体が飛び散る。
「……ふぅ」
緋尋の持つ双剣……《国家認定迷宮攻略武装》――第二等級《天災》《墓守ノ両鋏》は前回の《深層》攻略で終焉級の攻撃を防いだことにより半壊してしまった。
しかしこれもイエルに修復してもらった。
修復に終焉級の素材を使用したことで強度、攻撃力が増し《血吸花樹》の身体を容易に切断していく。
緋尋が息を吐く。
切断された蔓が地面へ落ちる。
《血吸花樹》の攻撃は今の緋尋にとっては問題なく対応できた。回避しつつ根本から切り裂く刃。
いまここにいるのは五年前の緋尋ではない。
《踏破者》としての緋尋の敵ではなかった。
しかし――地面が震えた。
ズズズズズ――
「……なに?」
緋尋が振り返ると倒したはずの《血吸花樹》の死骸の陰から、新たな蔓が這い出してきた。
暗闇の中から、無数の赤黒い花が顔を覗かせる。
「数が多い……」
緋尋が呟き、烏真は周囲を見渡す。
「大丈夫だよ――」
烏真は五年前はたった一体の《血吸花樹》を倒すことすら叶わなかった。
でも、いまはちがう。
「――」
それは烏真も同じだった。
無言のまま緋尋の横を通り過ぎ、右から左へと横一文字に剣を振り抜いた。
たった一撃で三体の《血吸花樹》は両断される。
左眼が《看破》するっ必要もない。
ただ振り放たれた斬撃だけでモンスターを刈り取っていく。《血吸花樹》が攻撃するよりも早く、その身は次々と斬り裂かれていく。
――<はっや……>
――<なんもみえん>
――<おっさんってレベルって【3】じゃないの?>
――<んなわけ……終焉級倒してる時点でありえんって>
――<003不正疑惑>
――<俺らが勝手にそう言ってるだけで、絶対レベル高いから>
コメントでは烏真のレベルに対して言い合っていた。
烏真のレベルは緋尋が《鑑定》したときに出た数字を、緋尋が口にしたのを配信に映してしまったのが原因ではある。
(おじさまのレベルはわたしよりも遥かに高いのなんてわかりきってる)
終焉級に殺されかけた緋尋を助けてくれた烏真。
そしてその終焉級を討伐した烏真のレベルは緋尋の遥か上だと思っている。
《鑑定》で烏真のレベルを確認して、あのとき確かに【003】と緋尋の視界には表示されていた。
前人未踏の領域――レベル四桁台に到達しているのではないだろうか。
緋尋には、そんな確信すらあった。
「緋尋さん?」
草を刈るように無造作に《血吸花樹》を刈り取っていく烏真を前に、緋尋は呆然としていた。
「ご、ごめんなさい!」
戦闘中に呆けている場合ではない。緋尋は自分を叱咤する。
しかしバラバラになった《血吸花樹》が死体となって枯れ果てても、再び亀裂の隙間から何度も何度も新たに姿を現すのである。
「……また増えた」
烏真が呟く。
『おかしいですね』
イエルの言葉が烏真の頭に響く。
『この数は異常です』
視界を埋め尽くす赤黒い花。
壁を這う蔓、地面を覆う根。どれだけ倒しても、その隙間から新たな個体が生まれてくる。
(無限に出てくるね……)
烏真も緋尋も《血吸花樹》よりも強く、倒すことは容易だった。
しかし、
『増殖しているというより倒す度に、それ以上の数を送り出してるような――』
(どういうこと?)
『わかりません。ですが、マスターと緋尋さまが《血吸花樹》を倒す度に、それ以上の数を送り届けているような――』
(時間を稼いでいる……)
『そう思います』
淡々と告げるイエル。
負けることはないが、勝つこともできない状態。
「緋尋さん」
烏真が緋尋を呼び止める。
「どうしました?」
「数が多すぎるね……いくら倒しても意味がない」
「……はい」
それは緋尋もわかっていた。
どれだけ倒しても、次々と増え続ける《血吸花樹》
その言葉に、緋尋も理解した。勝てないわけではない。ただ、このままでは終わらない。それが問題だった。
「……原因もわからない。まるで俺たちをこの場に留めようとしているみたいだ」
「わたしも……そう思います。あまりにも不自然ですし」
烏真と緋尋はゆっくりと後退する。
これ以上は戦う意味がないと判断した。
「みんなと合流しましょう」
「そうだね……それがいい」
二人は来た道へ向かって走り出した。
イエルも静かについてくる。
背後では、無数の蔓が地面を叩き続けている。
まるで逃がすまいとするように。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
しばらく走る。
やがて、先ほど仲間たちと別れた分岐へ戻ってきた。
本当に時間だけを稼いでいたようで、ここまで戻ってくると《血吸花樹》が追いかけてくることはなかった。
「……あれ?」
緋尋が足を止める。
分岐していた道には誰もいない。戦った痕は残っているが誰一人いなかった。
「燐牙?」
緋尋の声に返事はない。
燐牙だけではなく、蒼奈も――そして他のメンバーもいない。
静寂だけが返ってくる。
「誰も……いないね」
「ここにいるモンスターを倒して、先に戻ったんでしょうか?」
緋尋がスマホを取り出す。
「ダンジョン内でもクラン専用の回線で連絡は取り合えますから……」
どれだけ燐牙と不仲であろうとも、同じクランのメンバーだ。そして一緒にいた蒼奈のことも心配だった緋尋はすかさず電話をかける。
『――――』
連絡は繋がらなかった。
「……繋がりません」
緋尋の表情が曇る。
「それじゃあさっき負傷していた《探索者》を地上に連れて帰ってもらったメンバーはどうかな?」
「確かに、そっちなら……」
負傷した《探索者》を運び出したクランメンバーに続けて電話をかける緋尋。
しかし、そちらも繋がらなかった。
「……どうしましょう」
「安否がわからない以上、俺たちもどう動けばいいかわからないね……」
まさか緋尋以外のクランメンバーの全員と連絡が取れない。だが、緋尋が何かに気づいたように顔を見上げる。
「いえ……燐牙もわたしと同じように配信していました」
緋尋はスマホを操作し、配信視聴のアプリを起動する。
「これで燐牙たちがどうなったかわかるはずです」
操作すればすぐに燐牙が配信している映像が映し出されるのだが、
「おかしいです……画面が全く動いてません」
配信中と表示されている画面。
しかし、燐牙視点の配信画面は暗転したまま何も映し出されない。
「俺はそのあたりのことは詳しくないけど……配信中ってことは、配信は継続されてるんだよね?」
「そう、ですね……でも画面が真っ暗でなにも見えなくて――」
配信中のランプが赤く点滅している。
未だリアルタイムで配信は続いているが、画面は黒く、音すら聞こえない。これでは状況がわからないままだ。
「……ん?」
画面は見えない。
コメント欄の文字も何も表示されていなかった。
しかし突然、コメントが流れる。
そこには――
――<クラン本部 あぶない>
そう、一行だけ表示されていた。
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