後悔を斬る
右の道を進むと、すぐに人影が見えた。
『……いました』
イエルが呟く。
前方――壁際に、人影が倒れていた。
「《探索者》……なら、いいが……」
緋尋が駆け寄ろうとする。
しかし烏真が先に進み、手で制して緋尋を下がらせた。緋尋もすぐに察して小さく頷く。
倒れているのが《探索者》を装った【REVER§E】の者の可能性はゼロではない。
こんな危険な場所にまで潜り込んでいるとは思いたくないが、警戒するに越したことはない。
「大丈夫ですか!」
烏真が声を掛けるが返事はない。だが、胸が僅かに上下している。
「生きてる……ただ怪我をしている」
片腕を庇うようにしており、その腕からは血が流れていた。
「よかった……」
緋尋は安堵の息を吐く。
倒れていたのは《探索者》と判断しても警戒は怠らず、烏真は慎重にその場を確認した。
防具が破損し、武器は床へ転がっていた。
「どうしてこんなところに《探索者》が……」
「わたしたちのクランの人間ではありませんし……別のクランでしょうか――」
《深層》は未だ攻略されていない領域であり、そこで手に入る素材や物資は《下層》よりも価値のあるものがある可能性が高い。
終焉級と遭遇する危険な場所だと分かっていても、人は欲望に勝てず、価値あるものを求めて足を踏み入れてしまうのかもしれない。
「わからないけれど……まずはこの人たちを助けるのが先だ」
そのとき座り込んでいた《探索者》の一人が烏真たちに気づき、
「悪い……オレたちは――」
懐からライセンスカードを取り出す。それは《深層》への立ち入りを許可された《探索者》のライセンスだった。
表示された顔写真も本人と一致している。少なくとも他人のライセンスを持っているわけではなさそうだ。
「……う」
奥から、小さな呻き声が聞こえた。
「まだいます!」
緋尋が走る。
少し離れた場所に、もう一人倒れていた。
「だいじょうぶですか!」
「……に……げ、ろ」
「え……?」
「まだ……いる……」
かすれた声に緋尋の表情が強張る。
「何がいる?」
烏真がすぐに駆け寄ると、
「……も、モンスター……」
それだけ言って、《探索者》は意識を失った。烏真はゆっくりと立ち上がり、緋尋と目を合わせる。
「モンスター……と、いうことは人間に襲われたわけではないか」
「しかもこの感じ……」
「近くにいる可能性があるね」
「どうします?」
「怪我が酷い……この人たちを地上へ戻すことが先かな」
「そうですね」
緋尋は迷わず頷いた。
いっしょに行動しているクランメンバーたちに緋尋が声をかける。
「ああ、こっちは任せろ」
負傷者を担ぎ、来た道を戻る。
「モンスターが近くにいる以上、俺たちはここで待機しよう」
「人間じゃなくてよかったです」
烏真も同意するように頷いた。
別にモンスターの相手をしたいわけではない。それでも同じ人間同士で刃を向け合うよりは遥かにいい。烏真も心底そう思う。
緋尋たちと同行していたメンバーが負傷者を連れて引き返していく。その背中が見えなくなるまで、緋尋は見送った。
「……行っちゃいましたね」
「うん」
烏真は周囲を確認する。
残っているのは烏真と緋尋、そしてイエルだった。
『やっとお二人だけになってくれました』
だが配信は未だ続いている。イエルは姿を隠したままだ。
(イエル……何かわかったら教えて)
『もちろんです』
しかしそのままイエルは烏真へ近付いた。
『マスター』
「ん?」
『転移を使えば、先ほどの方々をすぐに地上へ送れましたが……』
(そうだね……)
烏真は頷く。
(でも今は配信中だから――)
緋尋の背後にはふわふわと配信用のドローンが浮かんでいる。
(イエルのことも、その力のことも配信に映したら……どう説明したらいいかわからないからね)
イエルが何者なのか烏真自身も未だにわかっていない。
そして彼女が持つ力はあまりにも大きい。公にしていいものではないと思った。だからこれまでもずっと姿を消してもらっていた。
『マスターの言うとおりです。配慮……ありがとうございます』
イエルは素直に烏真に感謝し、それ以上は何も言わず静かに佇んだ。
そしてコメント欄も、先ほどまでとは空気が変わっていた。
――<なんかヤバい感じじゃね>
――<ひひろんたちも逃げた方がいいって>
――<でも、モンスターがいるんだろ?>
――<もし前から来たら……>
――<おま、そういうこと言うな>
そんなコメントが流れる中、烏真は前方を見つめたまま足を止めた。
通路の至るところに走る亀裂――そして、そこから漏れ出るように生える蔓。
知っている。
烏真だけではない、緋尋もそれが何なのかを知っている。
「まさか、こんなとこにまで生えてるなんてね……」
緋尋は静かに息を吐き、双剣を構えた。
烏真はすぐに緋尋の後ろに回り配信ドローンのレンズから見えない位置へ移動した。
(イエル……頼む――)
イエルは小さく頷き、祈るような仕草で何もない空間から《踏破ノ担イ手》を召喚する。
その結晶の剣が烏真の手の中に収まった。
「……あのときの、わたしじゃない」
「あのときの俺は……もう、いない」
迷い、嘆き、苦しみ、何もできなかった五年前のふたりはここにはいない。
「SYAAAAAAAAAAAAAa!!!!」
亀裂の隙間から無数の蔓が伸び、その先から赤い花弁が顔を覗く。
それは五年前のライセンス試験で遭遇した禁忌級――《血吸花樹》だった。
あのときは一体しかいなかった。
しかし、いまは亀裂の至るところから《血吸花樹》が姿を現し、烏真たちに向けて蔓の先端を伸ばしている。
それでも烏真も緋尋も決して臆さなかった。
五年前の後悔ごと斬り伏せる――ただ、それだけだった。
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