二つの道
――<え、今日配信あるの!?>
――<久しぶりじゃん!>
――<待ってた>
――<ひひろん!?>
――<しかも深層!?>
――<最近<探索者>が襲われてるって話あるけど大丈夫なの?>
――<それな>
――<怖すぎだろ>
――<でも緋尋ちゃんいるなら大丈夫でしょ>
――<燐牙もいるじゃん>
――<あれ? 新人っぽい子もいる?>
――<かわいい>
――<後ろのおっさん誰?>
――<前の配信見てないのかよ>
――<しゃーないアーカイブ残ってないから>
――<003知らんはもぐり>
――<男いらんけどおっさんなら許すわ。なんか顔モザイクかかってるけど>
流れていくコメントを横目に、緋尋は小さく苦笑した。
緋尋もあれから色んなことがありすぎて配信活動は疎かになっていた。配信用のドローンに向かって立つのは久しぶりだった。
それでも緋尋が配信を始めれば数え切れない程の視聴者がこの配信を見ている。そして送られてくるコメントも滝のように流れていく。
けれどそれはいつもの光景だ。
しかし今日は、少しだけ勝手が違った。隣にいる人物のせいである。
「……お、おじさま」
「ん?」
「その、ほんとに良かったんですか? 配信に映っちゃってますけど」
緋尋がカメラの横に表示されたコメント欄を指差す。烏真は少しだけ目を細め、コメント欄を眺める。
「うん、今回は依頼だからね……まぁ、おっさんの顔が配信に映っちゃうのは視聴者の皆さんにも悪いから顔は映らないようにしてもらってるけど」
イエルの力によって配信中であっても烏真の顔はモザイクがかかったようになっている。
正直これに意味はない。
《探索者》として登録された今となっては調べられてしまえばすぐに顔は割れてしまうだろう。
「まぁ、俺は俺の出来ることをするから緋尋さんは気にしないで」
「み、みんな~……突然の配信でごめんねぇ。今日は前回途中で撤退しちゃったけど《深層》攻略の続きをしていくからね~」
緋尋が作った笑みを浮かべて配信ドローンに向かってピースしている。その横で烏真も困ったように笑う。
「その……今日は前回わたしたちを助けてくれたおじさまに協力を依頼してもらってます」
そして緋尋は小さく咳をしてから、
「だからみんなコメントでおじさまのこと悪く言っちゃダメだからね」
烏真はどうしていいかわからず、配信ドローンに向かって頭を下げるだけで何も言わなかった。
しかし緋尋との会話は配信に乗っていたので視聴者たちは初めて烏真の声を聞くことになった。
――<おっさん喋ってるぞ!>
――<声めっちゃ普通だな>
――<このおっさんが終焉級倒したとかマジ?>
――<というか緋尋ちゃん距離近くない?>
――<そこ気にするのかよw>
――<まぁ、ひひろんの命の恩人だし耐えるわ>
――<なんでそんな上からやねん>
――<それはそう>
コメントがさらに流れていく。
緋尋は少しだけ頬を赤くしながら、カメラへ向き直った。
「もう、みんな~へんなこと言わないで。そろそろ《深層》の奥へ進んでいくからコメント見られなくなるかも……そこは勘弁してね!!」
――<おk>
――<待ってました!>
――<また終焉級はやめてくれよ>
――<フラグ立てんなw>
笑いを誘うコメントが流れる。
緋尋は苦笑しながら続けた。
「前回は終焉級も現れて大変だったし無理な戦闘は避けて、安全を第一に進んで行くから地味な配信になるかもだけど、そこはごめんね」
と、緋尋はそう言うがダンジョンでも最も危険な領域なのだからそれに関して批判のコメントは全くなかった。終焉級が危険だというのは前回の配信で誰もが知っている。
――<おっさんがなんとかしてくれ>
――<終焉級は003がタイマンでよろ>
烏真は酷い無茶振りをされていた。しかし烏真はコメントを見ていないので気付かなかった。
そしてそんなコメントが流れていく中、配信ドローンのカメラは周囲を映していた。
緋尋も他のメンバーに目線を配り、全員が静かに頷いていた。一度、撤退を余儀なくされた《深層》の奥へと再び進んでいく。
「それじゃあみんな行くよ!!」
そのまま先へと進んで行く。
進むにつれて全体の緊張感が増していくのがわかる。冷たい空気が流れ出してきたが緋尋が先頭を歩く。
その後ろに燐牙と蒼奈が――そしてクランの《探索者》たち。
烏真はこの中でも最年長だった。
本来なら前を歩くべきなのかもしれない。しかし依頼を受けてここにいるとはいえクランの人間ではない。
あくまで部外者なのだ。だから自然と最後尾に近い位置を歩いている。
その隣には、誰にも認識されない少女がいる――イエルはここにいることはきっと緋尋しか気づいていない。
「いつでも動けるようにしとけよ」
燐牙が振り返る。
「問題ないっすよ」
蒼奈が答える。
「……」
そして全員が《深層》を進んで行く。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《深層》へ入ってから三十分ほどが経過していた。
モンスターとの遭遇は一度もなかった。
だが前回とそれは同じ。終焉級が出てくるまでそれよりも下位のランクのモンスターは逃げるように動き、その途中で緋尋たちと遭遇しただけだった。
しかし遠くから聞こえる咆哮も壁の向こうから感じる魔力や何かが動く音。そういったものが何一つなかった。
「……静かすぎねぇか?」
燐牙が呟いた。
「前もそうだったけど……《深層》なのにモンスターが殆どいないよね」
緋尋が答えると燐牙は周囲を警戒しながら歩く。
「なんか嫌な感じっすねぇ……」
蒼奈も周囲を見回した。
「……何が来ようが俺がぶっ飛ばしてやるよ」
拳銃のグリップを強く握りながら燐牙は目を細める。
「蒼奈、警戒怠るんじゃねぇぞ」
「……はいっす」
蒼奈が首を縦に振った――その時だった。
『マスター』
イエルの声が烏真の脳内に響く。
(どうしたの?)
『気を付けてください……前方、複数の反応ありです』
(モンスター?)
『わかりません……魔力を感じるのですが――』
イエルは前方を見つめる。
烏真も前を見ると少し先の通路が二つに分かれていた。
左右に分かたれた道はどちらも奥は暗く、先が見えなかった。
「道が二つに分かれてる……?」
緋尋が立ち止まるとクランの《探索者》が地図を確認した。
「なぁ……前回こんな道あったか?」
燐牙がいう。緋尋は無言で首を左右に振った。まるでこの領域そのものが生物のように、前回とは違う構造をしているようだった。
『右側……先程の反応はモンスターではなく人間です』
(まずいな……)
その人間が《探索者》ならいい。しかしもし【REVER§E】ならば衝突は必至だった。
(左の道は?)
『モンスターが複数……クラスは禁忌級です。ここにいるメンバーで問題なく対応できるかと』
どちらも危険な道であることに変わりはない。
なら、ここは――
「あの……俺は……右の道に行ってもいいかな」
あえて烏真が先に手を上げて、そう言った。
「おじさま……?」
「なに勝手なこと言ってやがる?」
しかし燐牙が烏真の発言に異を唱える。
「あんたが依頼でオレらと行動すんのは勝手だが、進む道を決めるのはこっちに合わせてもらおうか?」
「左の道はモンスターがいるかもしれない……」
「根拠は?」
「……無い、ね」
烏真には説明できなかった。
なぜなら烏真が見たわけではなく、イエルが魔力の反応を感知して左右の道の先に何があるか教えてくれただけだ。
「……勘ってか?」
しかし烏真は燐牙を納得させる言葉を持ち合わせてはいなかった。
だが、それと同時に――悲鳴が聞こえた。
「右の道からだ……ッ!!」
烏真が悲鳴のする方に視線を切り替える。
しかし、
「おいおい……いきなりのご登場かよ」
左の道からモンスターがゆっくりとこちらに向かって進んで来る。
「本当に《探索者》かどうかはわからない……罠かもしれない」
「でも、おじさまは行きますよね?」
「えーっと……俺が行ってもいいのかな?」
緋尋が燐牙に向かって、
「ここは任せてもいい?」
「ああ……」
燐牙は不機嫌そうに言う。
「この程度なら問題ねぇよ……さっさと行け」
蒼奈も頷いた。
「ワタシも残るっす」
「だいじょうぶ?」
緋尋が心配そうに聞くが、
「ワタシひとりじゃないっすから。他の方もいますし……はやく助けに行ってあげてください」
燐牙と蒼奈だけではなく何人かクランのメンバーは残ってくれる。モンスターは禁忌級だ。それなら問題なく対応できるはず。
「蒼奈ちゃん……じゃあ……うん」
チラリと緋尋が烏真を見た。
「何があるかわかりません……わたしと残ったメンバーもおじさまに着いて行きます」
「ありがとう。お願いしてもいいかな?」
「はい!」
緋尋が大きく声を上げて、両手に双剣を構える。
「行こう」
烏真たちは右の道を突き進んだ。
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