《深層》再攻略
難波ダンジョン。
平日の朝だというのに、関西最大級のダンジョンには《探索者》たちが集まっている。
装備の点検をする者や仲間と地図を確認する者。配信機材を準備する者もいる。その中でも今日は、どこか落ち着かない空気が漂っていた。
「昨日も襲われたらしいぞ」
「また《探索者》か?」
「人間に襲われるとか笑えねぇよ……」
聞こえてくる小さな会話。
烏真は何も言わず、その横を通り過ぎるがやはり《探索者》が襲われる事件は未だなお続いている。
そしてそれは地上だけでなくダンジョンの中でも起こっている。そのせいでダンジョンを攻略する《探索者》たちの数が減っているようだ。
「……いまのおっさん、一人だったよな?」
イエルは認識阻害を使い、他の《探索者》は気付かない。
「こんな状況でよく一人でダンジョンに潜れるな」
「いや、怪しくないか? もしかして……」
「ほっとけよ」
背後では様々な声が飛び交っていたが、烏真は聞こえないふりをして《深層》を目指した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《深層》のゲート前に烏真とイエルは到着していた。
「おじさま!」
先に待っていた緋尋が軽く手を振る。
「おはよう、緋尋さん」
烏真が挨拶をすると緋尋は小さく頭を下げる。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
そこへ。
「……あ?」
ゲートの近くに不機嫌そうな顔をした男が一人。
そこには二丁の拳銃を装備した青年が立っていた。
「マジかよ」
神代 燐牙だった。
緋尋と同じく《踏破者》の称号を持つ者。
しかし前回《深層》で緋尋を助けに向かった際に、燐牙は終焉級の一撃を受けて行動不能になっていた。配信で顔も映っていたので名前も当然知っているが、まともに話をしたことはなかった。
「……ほんとに来やがった」
どうやら燐牙も烏真がこの場に来ることは知っているようだ。同じクランの人間なのだから情報は共有しているのだから当然だろうが。
「依頼で、緋尋さんと一緒に《深層》を潜ることになりました――」
名乗る前に燐牙は手で制止する。
「あー……リーダーからは聞いてるから別にいい……」
そしてチラリと緋尋を見た燐牙。
「ほんとにこのおっさんといっしょに潜るのか?」
烏真を視界に入れず、緋尋を見つめたままそう言った。
「リーダーが正式に依頼したんだよ。知ってるでしょ?」
緋尋は目を細め、
「わかってるよ……」
だが燐牙は納得できないような顔をしていた。
「オレの邪魔にならなきゃそれでいい」
「言い方……逆じゃない?」
「なんだと?」
配信越しでも二人の仲はよろしくないのは烏真もわかっていた。
しかし烏真は部外者であり介入するべきか迷ったいた。自分のせいで喧嘩になるのは困るので何か言った方がいいかと考えていた。
「燐牙さ~ん!!」
そんなときダンジョンに元気な声が響く。
駆け寄ってきたのは、小柄な少女だった。肩まで伸びた蒼いの髪を揺らしながら、小走りで近付いてくる。
「すみません、お待たせしました!」
「おまえ、どこ行ってた……」
険悪な空気が、少女の言葉で掻き消される。舌打ちをしながら燐牙が蒼い髪の少女に訊ねる。
「準備してたんですよぉ……あたしは燐牙せんぱいと違ってまだまだ未熟なんですから――」
だがその声を覚えている。
「あ! お兄さん!!」
その蒼い髪は烏真が前回受けたライセンス試験にいた――
「一ノ瀬 蒼奈です。覚えてますか?」
蒼奈がささっと烏真との距離を詰めるように走って来た。
「も、もちろん……覚えてるよ」
人懐っこい笑顔だった。
しかし勢いのある動きと声に烏真は反応が遅れてしまう。
「今日はよろしくお願いします!」
ライセンス試験のときはモンスターに襲われて、拘束されていたこともあって元気がなかったように見えたがいまはとても明るく、その様子をみた烏真は安心した。
「あのあとの再試験で無事に合格できたんですよぉ。しかも、あの……【ver.horogram】のクランに入れるなんて夢みたいっす」
「合格おめでとう。この前の試験はいろいろあって大変だったね……」
烏真がそう言うと蒼奈の笑顔が、ほんの一瞬だけ止まる。瞳がわずかに揺れた。しかし一瞬で表情は元に戻る。
「ありがとうございます!」
すぐにいつもの笑顔へ戻る。
そんな笑顔を見つめていたのはイエルだった。
イエルだけが静かに蒼奈を見つめていた。しかし、蒼奈がその視線に気付くことはなかった。認識阻害によって今のイエルは、烏真以外の誰にも認識されない。
「まさかオレたちのクランに入るなんてな」
燐牙が笑う。
「今じゃマジで誰も使ってねぇ魔法も使える珍しいタイプなんだろ」
魔法はいまのダンジョン攻略では最も廃れてしまった能力の一つだ。魔法は詠唱しなければ使えない。
そして現在でも無詠唱というものは存在せず、必ず呪文を唱えなければ発動できない。
その呪文を覚えるのが面倒だから――なんて酷い理由だ。
強力な魔法は覚える呪文が長くなる。そして確認されている魔法の数も少なすぎるせいで、魔法を開拓する者がそもそもいない。それよりもダンジョンに落ちている強力な武器を見つけた方が効率がいい。
烏真はそもそも魔力がゼロなので覚える意味がないのだけれども。
それでも、
「でもパーティなら役に立てますよ。あたしを守ってくれてる間に魔法を唱えるっすよ」
「んで、誰がおまえを守るんだ?」
「そりゃあ燐牙せんぱいっすよ~」
「ふざけんな……」
入って間もない割に燐牙にグイグイと言っているのは烏真は内心感心していた。
燐牙は《踏破者》として実力もある――試験に合格し、《深層》に潜ることが許された《探索者》である蒼奈では実力差は絶対にあるというのに。
「魔法を使えるのはすごいよ……そもそも俺は魔力がゼロだからね――」
「別に魔法なんか使えなくてもお兄さんは強いっすよね?」
蒼奈は唖然としたまま答える。
魔力もスキルも烏真自身には何一つない。それでも蒼奈の言うとおり、終焉級を討伐しているのは事実だった。
「いや、あれは……」
なんと答えていいのかわからず烏真は言葉を濁す。
「蒼奈ちゃんは《深層》潜るのはじめてだよね?」
だが助け船を出してくれたのは緋尋だった。割り込むようにそう聞くと、
「はいっす! でも、みんなの役に立てるならどこまでも着いて行きますよ」
「ふふっ……心強いよ」
ぐっと両手を握る蒼奈を見て緋尋は優しく微笑んだ。
「なぁ、そろそろ行こうぜ……」
しかし不機嫌そうな燐牙に、明るかった空気がまた沈んだ気がした。だが、燐牙の言うこともわかる。クランのメンバーもこくりと頷いている。
《深層》は未開の場所だ。
前回の攻略では終焉級が現れる事態となった。
また《黒甲百足》のような凶悪なモンスターが現れないとは限らない。しかしいちばんの問題はモンスターではなく――
「……ここに来る途中で【REVER§E】の名前こそ出ていなかったけど《探索者》らが襲われている事件のことは知ってるみたいだった」
「わざわざ《深層》まで潜って来て襲ってくるかはわからないですけど……もし現われたときは――」
「うん、今度こそ逃がしちゃダメだね」
「……蕃弥 唯一」
「でも本人が来るとは限らないか……」
「とにかく普段どおりダンジョンを攻略しましょう。《深層》攻略は人類の願いの一つでもありますし」
「俺もみんなの役に立てるようにがんばるよ」
蒼奈の言葉を借りるように烏真は呟く。
「先に行くぜ」
そんな烏真と緋尋を置いて先頭を燐牙が進む。
蒼奈も深呼吸を一つして、前へ。緋尋も追うように歩いて最後尾には烏真が。その隣には、誰にも見えないイエルが静かに歩いていた。
《深層》へと繋がるゲートの中へ。
ゲートを超えた先、《深層》に到着するが不意にイエルの足が止まった。
『……マスター』
テレパシーのように烏真だけにイエルの声が響く。
(どうしたの?)
小さく問い返す。イエルは前方を見つめたまま答えた。
『前回足を踏み入れたときの《深層》とは何かが違います』
烏真の表情が強張った。自然と左眼に手が伸びた。
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