リーダーからのおねがい <後>
烏真が瞬きをする。
「え? ……え?? ええ!!?」
緋尋まで驚いていた。すごい勢いで立ち上がっていた。
「俺にも蕃弥 唯一を捕まえるのを手伝えと……そう言われるのかと――」
もしそう言われたのなら微力ながら協力するつもりではいた。しかし思っていた内容とは全く違ったせいで、烏真の声は上擦っていた。
「俺が……」
「うん」
「緋尋さんと?」
「そうそう」
「……なんで?」
心底分からないといった様子だった。しかし辷が少しだけ笑う。
「だって鏑木くん強いでしょ?」
「いや、俺は――」
「終焉級倒してる時点で弱いは無いよ。そんなこと言ったら全世界の《探索者》が泣いちゃうよ?」
「でも、どうして緋尋さんと……」
「だってこれから何があるかわからないでしょ?」
烏真は言葉に詰まる。
「そうかもしれませんが……」
困ったように頭を掻いた。
「それだったら、クラン同時で行動するべきでは?」
「もちろん、その通りだよ」
「だったら――」
「言ったでしょ? ウチのクランも被害者が出てる」
遮るように告げられた言葉に、烏真の手が止まった。
「うちのクランも何人もやられてるんだよ」
「あ……」
「いちばんこわいのは蕃弥 唯一じゃない……その唯一に味方してる連中だよ。緋尋も現にわからなかったから初動が遅れた」
ギュっとスカートの裾を握る緋尋。住民に溶け込み、いきなり刃を刺しこまれた。どこに潜んでいるか全くわからない。
「そして誰が標的なのかそれすら判断できない」
辷は静かに告げる。
「だからこそ唯一とはっきり無関係ってわかってる鏑木くんがいちばん信用できるってわけ」
「…………」
「緋尋を無事に連れ帰ってくれた時点で、ね」
「でも俺が、緋尋さんといっしょに行動って……」
ちらりと緋尋を見る。
「俺みたいなおっさんが、若い人たちのクランに入るのはちょっと……」
「え?」
緋尋が目を瞬かせる。
ここまで来るときに建物の中の《探索者》たちを見たがみんな若かった。烏真のような歳の近い《探索者》をひとりも見なかった。
「鏑木くん、何か誤解をしているみたいだね」
辷が僅かに口元を緩める。
「クランに入ってくれとは一言も言ってないよ」
「……あれ?」
「依頼だよ。一個人の《探索者》に対して、リーダーであるボクからの依頼」
「依頼?」
「そうそう」
辷ははっきりと頷いた。
「この事件が解決するまででいいからさ、緋尋といっしょに行動して欲しいだけ」
烏真は目を瞬かせた。
「……いや、でもそれは――」
話が違ってくる。
「リーダー……お、おじさまにそんなこと……迷惑ですから……」
緋尋が口を開き、そう言うが表情はどこか沈んだように見える。なぜか残念そうだ。
「なにも常にいっしょってわけじゃないよ。ダンジョン探索のときだけでいいからさ。そこまでは求めないよ」
「……ダンジョン?」
「今後の活動についてなんだけどね」
辷がタブレットへ手を伸ばす。
「緋尋には、これまで通り《踏破者》として動いてもらう」
「この危険な状況で?」
地上のどこかに潜んでいる【REVER§E】が、常に地上にいるとは限らない。もしダンジョンに潜っていることを知られれば、やって来るかもしれない。
だから烏真が尋ねた。
「緋尋は《踏破者》としてダンジョンへ潜るし、そのときはいつも通り配信もする」
烏真が眉を上げた。
「配信まで?」
「いや、むしろ配信してほしいかな。監視にもなるし」
烏真の表情が変わった。
「映像が残るし、緋尋の位置も分かる。何が起きているのかもリアルタイムで確認できる――まぁ、元々配信する理由なんてこれがメインなんだけどね」
視聴者を楽しませる娯楽のように見えて、《探索者》たちの安全のためでもある。
「地上で襲われた《探索者》とは別にダンジョンでも襲われている《探索者》もいるみたいなんだ……」
そして一呼吸置いて、
「死者がいないとは言ったけれど、ボクたちの知らないところで他の《探索者》たちが殺されていたら?」
誰に知られることなく、ダンジョンでもし襲われたのなら地上よりも遥かに危険だ。一目につかない場所で殺されれば証拠も残らない。
「結果的には囮のような扱いだから……緋尋に負担をかけるけどね」
「……緋尋さんは、それでいいの?」
烏真がいちばん気にしていたのはそこだった。
自ら危険な道を歩くこととなる。それでも緋尋は――
「お……」
「お?」
「お、おじさまといっしょなら……」
《探索者》としても頂点に近い存在である緋尋であっても相手が人間なら話は変わって来る。もしまた対峙したとき、どうなるか分からない。
しかし烏真といっしょならば――
「お、俺といっしょで……本当にいいの?」
「いいですぅ……」
緋尋が目を伏せてそう言うものだから、烏真はそれ以上何も言えなかった。
「緋尋さんがそう言うなら、俺も同行するよ」
緋尋は烏真の言葉を耳にすると即座に顔を上げた。
その表情は太陽のように明るくなっている。そんな緋尋を見て烏真は少しだけ戸惑った。
(本当にこんなおっさんと一緒にダンジョンに潜るなんて大丈夫なのかな……)
それに、
「配信ってことは俺の顔を映っちゃうよね……」
《探索者》として認められている烏真は《協会》にも顔は割れている。ライセンスを持たずにダンジョンを潜ったときとは違う。もう隠したところで意味はないだろう。
「諦めましょうマスター」
「イエルはやけに前向きだね……」
「マスターの初デビューですよ」
「なんだ、それは……」
どこで覚えた。
「じゃあ……その……俺たちはどこのダンジョンに潜れば?」
「《深層》をお願いしたいね」
烏真が遠い目をした。
「それはまた……危険ですね」
《深層》は人類が未攻略の領域だが、未熟な《探索者》ではまず《深層》の入口にすら辿りつけない。
そして……《深層》に入れたとしても何が待っているかはわからない。未確認の終焉級が現れるかもしれない。
「危険だからこそ【REVER§E】とやらが《深層》まで活動を広げているかどうかもわかるしね」
「ああ……なるほど……」
【REVER§E】のメンバーがどれだけいるかはわからないが、あえて配信したまま危険な領域に足を踏み込むことで、相手の動向を探れる。
来なければ、そのまま《深層》を攻略する。
しかし来るか、来ないかに関わらず――そこが烏真たちにとっても危険な場所であることには変わりない。
「正直、そっちの成果は別に求めてないよ。今回は【REVER§E】とやらの連中をどうにかするのが先だし――」
そして辷が立ち上がる。
「まぁ、終焉級を倒してるキミならどこまでも行けそうだけどね」
と、不敵な笑みを浮かべる。烏真は何も答えなかった。
「それで……この依頼は受けてくれるんだね?」
「ええ……俺が《探索者》になれたのは緋尋さんのおかげでもありますから。俺でよければ力になりますよ」
これまで誰かに頼られることもなかった。
だから烏真もう一度強く頷いた。
「マスター」
「ん?」
「頑張りましょうね」
「怖いんだけど……」
イエルが祈るように手を握っているのが何を意味しているのか烏真にはわからなかった。
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