リーダーからのおねがい <前>
辷は紅茶のカップから手を離した。
先ほどまでの柔らかな雰囲気が消える。声色そのものは変わっていない。けれど、それだけで部屋の空気が一段重くなったように感じられた。
烏真も自然と背筋を伸ばす。
「昨日の襲撃の件……ってのは電話でも言ったよね」
この流れだとそれしかないだろう。
「すでに《協会》で事情聴取は受けたみたいだけど」
「それは、さっき終わったところです」
「だったら――」
そこで一度言葉を切る。
「蕃弥 唯一についても?」
「それも聞きました」
十五年前――《探索者》を狙った連続殺人事件。
自ら犯人だと名乗り出て、捕まることなく姿を消した男。それから表舞台には一度も姿を現さなかった。
生きているのか。
死んでいるのか。
それすら分からなかったというのに。
「まさか、そんな事件が十五年前にあったなんて知りませんでした」
烏真も今まで知らなかった。
「あと……《協会》からは、あまり外で話さないようにも言われました」
「まぁ、そう言うよね」
辷は少し考えるように目を伏せる。
「混乱させたくないからでしょ」
「混乱?」
「十五年間、何も起こらなかったんだから」
辷が顔を上げる。
「少なくとも、表向きには――だけどね」
その言葉が妙に引っ掛かった。
――表向きには。
「それが突然、戻ってきた」
「しかも狙われたのが……」
烏真と辷の視線が緋尋へ向けられる。
「《探索者》ではなく《踏破者》」
緋尋は黙って聞いていた。
「その……」
烏真が尋ねる。
「緋尋さんは《踏破者》だ。そんな実力者にも平然と襲いかかるなんて普通じゃないですよ」
ランキングでは七位の実力。
当然、失敗した場合の危険も大きい。生半可な覚悟で手を出せる相手ではない。にも、かかわらず【REVER§E】は緋尋を狙った。
「本当にただ無差別に犯行を繰り返してるって感じだね」
辷は小さく息を吐いた。
「この前、《探索者》が殺された事件が報道をされたでしょ。それをきっかけに《探索者》を狙ってる感じかな。とにかく手の届くところに《探索者》がいたなら刃を向けてる」
そしてチラリと緋尋を見て、
「それが《踏破者》であろうとも」
「……緋尋さんのクランのメンバーも襲われたそうですね」
「そうだね……幸い死者が出てないのが救いだよ。重傷を負っている者はいるがね」
そして辷が机の上に置かれていたタブレットを手に取る。指先で操作し、画面をこちらへ向けた。
そこには、いくつもの報告が並んでいた。
襲撃。失踪。行方不明。不審な接触。
【§】の目撃情報。
それらが一つ一つ記録されている。
「でも……十五年も何も起きなかったのに、急すぎません?」
緋尋がそこで初めて口を開いた。
「緋尋の言うとおりだよ。十五年も逃げていた男がいまになってわざと目立つようにこんなことをしている。しかも昔と違って単独犯じゃない」
「……【REVER§E】と名乗って、集団で《探索者》を襲う――何がしたいんだ……」
烏真も顎に指先を当てて、じっと辷のタブレットを見つめている。
「襲われている《探索者》の共通点も気になるね」
辷の指先を辿る。
「狙われてるのは若い《探索者》ばかりだ」
烏真の眉が寄った。
「若くて、レベルの高い人ばかりじゃないですか?」
烏真が呟く。
殺された支倉 晃もレベル【500】に到達するところまで来ていた。
無差別に《探索者》を狙っている割に、襲われているのはみんなレベルが高い《探索者》ばかりだ。それに加えて《踏破者》である緋尋すら襲っている。
「偶然とは思えないね」
辷がそう言って、しばらく誰も口を開かなかった。
やがて烏真が尋ねた。
「この唯一という男は……十五年前も同じように《探索者》を襲ったんですか?」
「そうだね……十五年前と似ているんだよね」
烏真の視線が止まった。緋尋も僅かに目を見開く。
「十五年前……?」
「十五年前にもあった《探索者》殺し――当時も無差別に襲っていたと思っていたよ。だけど後から調べてみれば……狙われていたのは、当時の《探索者》たちの中でも優秀な者たちばかりだった」
「…………」
「だから十五年前と似ていて気味が悪いよ」
辷の声が低くなる。
「強い《探索者》から消えていった」
その言葉だけが重く残った。
「そして……もう一つの《事件》が――」
しかし辷は言葉を止める。
それを口にしたとき、烏真の表情が固まった。それを見ていたのは辷だけだったが。
「いや、これは話さなくていいか」
「すみません」
しかし烏真はすぐに声を出し、
「いや……ともかく蕃弥 唯一はボクたちだけじゃなく他のクランもずっと危険視している。十五年前は逃げられた……でも今回はあのとき以上に規模が大きい。今度は逃がさない」
辷の視線には決意が宿っていた。
「……それで、俺は――」
だが烏真はどうしてここに呼ばれたのか。
「だからね、鏑木くん……お願いがあるんだ」
「お願い?」
「ああ、しばらくの間だけど――」
辷は一度緋尋を見た。
それから、もう一度烏真を見る。
「緋尋といっしょに行動してくれない?」
「……………………はい?」
突然の申し出に烏真は間の抜けた声を上げてしまった。
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