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【余命二年】探索者を夢見たおっさんは、田舎で生き直す ~最期に本気を出したら、救った人たちが放ってくれません~  作者: 待雪 妥当


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【ver.horogram】のリーダー

 緋尋が所属している【ver.horogram】のクラン本部は《探索者協会》のすぐ隣にある。専用の渡り廊下で建物同士が繋がっていた。


 歩いて数分。ガラス張りの近代的な建物が目の前に現れる。入口にはクランの紋章が掲げられ、多くの《探索者》が出入りしていた。


「協会も立派だけど、ずいぶん大きいな建物だね」


「国内でも一、二を争うほどに大きなクランだから……ですかね?」


 どうしてここまで大きな建物なのか、緋尋自身も詳しくは知らないようだ。


 しかし《探索者》としても《配信者》としても有名人である緋尋が歩いているだけで、周囲の人々の視線が自然と緋尋に集まっていく。


 だが二人が中へ入ると、その視線は次第に隣を歩く烏真へと移っていった。



――「誰だ?」


――「誰って……このまえの試験で活躍したって……」


――「あの千ヶ峰さんといっしょに歩いてるぞ!?」


――「そういや……《深層》攻略の配信に映ってたのって……」


――「あのおっさんが? 嘘だろ!?」


 

 ざわざわと騒がしくなる空気を前に、緋尋は横目で周囲を見渡す。無言の圧を感じ、《探索者》たちは何も言わなくなった。


「嘘じゃないもん……」


 とても小さな声で、不満を口にしていた。


 本当ならここにいる全員に烏真がどれほどの存在なのか教えてやりたかった。


 けれど、ここで烏真の偉業を声高らかに語っても、きっと烏真本人を困らせてしまうことだろう――緋尋はぐっと堪えるのだった。


「お帰りなさい、昨日はいろいろと大変でしたね」


 受付の女性がそう言うと、


「遅くなってごめんなさい。どうしても帰れない要件があって……」


「あなたが無事ならそれで構いません。それで今日はどうしました?」


「えーっと……リーダーに呼ばれてまして……」


「そちらは存じております。御用があるのはそちらの鏑木さまですよね?」


 受付の女性はすぐに端末を確認しながらそう言った。


「そうです。おじさ……か、鏑木さんに用があるみたいで――」


 緋尋が烏真の名前を呼んだ気がするが聞かないふりをする。


「はい、来たら通すように仰せつかっております……こちらです」


 受付がそう言った瞬間だった。近くにいた《探索者》たちが小さく顔を見合わせる。まさ空気が騒がしくなった。



――「リーダーが?」


――「ってか、なんで千ヶ峰さんといっしょなんだよ」


――「だーかーら……あのひとが、千ヶ峰さんを助けた……《003(おっさん)》ってひとじゃないの?」


――「配信のときは顔がよく見えなかったけど確かに雰囲気は似てる……かなぁ?」



 烏真の耳にも聞こえているが、何を言えばいいのかわからないので苦笑いを浮かべていた。


 いきなりこんなおっさんが国内でも有名なクランの真ん中に立っているなんて烏真本人も思っていなかった。


 しかし、


「おじさま……こっちです」


 緋尋が小さく手招きしている。


 そして再び回りを横目で見渡していた。それだけで騒がしかった空気は消沈した。


「本人だもん……」


 また小さく何か言っているが、烏真の耳には届かなかった。


「こちらです」


 そのまま案内役の女性の後ろをついて廊下を歩く。すれ違う《探索者》たちの視線が自然と集まる。その度にひそひそと交わされる声に烏真は居たたまれなかった。


「いきなりこんなおっさんが来たらそりゃね……」


「ご、ごめんなさい」


 緋尋が申し訳なさそうに肩をすくめた。


「わたしのせいですね……周りには何の説明もせずにおじさまをここまで連れてきちゃいましたし」


「大丈夫だよ。気にしてないから」


 烏真は特に気にする様子もなく歩き続ける。


 その姿はどう見てもどこにでもいる中年男性だった。


 《探索者》特有の威圧感もなければ、高ランク《探索者》が纏う張り詰めた空気もない。


 だからこそ誰も気づかない。


 目の前を歩いている男が、世界に十数人しか存在しない踏破者クリアラーですら倒せなかった終焉級を討伐した男だということを。


 やがて廊下の突き当たり。


 一枚の重厚な木製の扉の前で案内役が足を止めた。


「リーダー、お連れしました」


「入って、入って~」


 やけに軽い感じの女性の声が返ってくる。


 案内役が会釈すると、その場を後にし緋尋が扉を開ける。


「失礼します」


 烏真も一歩遅れて部屋へ入る。


 広々とした執務室だった。本棚には探索資料が隙間なく並び、壁には歴代のクラン活動を写した写真が飾られている。


 窓際の机から、一人の女性が立ち上がった。


 驚いたのは緋尋よりも背丈は小さく、中性的な顔立ちに短く切り揃えられた銀の髪。右の耳にたくさんのピアスが刺さっている。そんな細身の身体で少年のような無邪気な笑顔を向けていた。


 一見すれば、どこかの少年と見間違えてしまいそうな容姿だった。


「ああ見えてわたしよりずっと年上ですから……」


 緋尋が小声で烏真に教えてくれるが、とてもそうは見えない。


「初めまして……ボクは――」


 そこまで聞いて、烏真は一瞬だけ戸惑った。少年のような容姿に、少年のような口調。だが声は女性。


「じょ、女性……ですよね?」


「ひどいなぁ~ちゃんと女だよ、ボク」


 そんな辷はケラケラと笑いながら、


「この【ver.horogram】のリーダーを務めてる――物部もののべ・オリベリン・すべりです。よろしく」


「リーダーほんと見た目と声が合ってなくて初見の人はみんな混乱しちゃうんです」


「余計なこと言わない。そもそも行先も言わずにクランのエースがどこをほっつき歩いていたのかなぁ?」


 挨拶の続きには緋尋を咎めるように辷は言った。だが緋尋の返す言葉もないので「すみません……」と頭を下げている。


「緋尋が迷惑をかけてごめんねぇ」


 そして烏真の家にいたことは先の電話で知っていたようなので今度は烏真に礼を言う辷だった。


「お気になさらず……緋尋さんは何一つ怪我もありませんよ」


 烏真がそう言うと辷は安堵したように小さく息を吐いた。


「頼むから一声掛けてよね……昨日はさすがに眠れなかったわ」


 同じクランのメンバーにその場を離れる際に声は掛けたが行先までは確かに言わなかった。それは完全に緋尋の落ち度だろう。


「すみません」


「まぁ、謝る必要はないけどね」


 優しく笑う。


「帰ってきてくれただけで十分だし」


 その言葉だけで、この人がどれだけ緋尋を大切に思っているのかが伝わってきた。


 そして辷は烏真へ向き直る。


「昨日は緋尋を助けていただきありがとうございました」


 辷は深く礼をする。


「いえ……俺がいなくても緋尋さんは大丈夫でしたよ」


 苦戦しているようにも、あれが窮地にすら見えなかった。緋尋の強さならばきっと烏真がその場にいなくともなんとかなっていたかもしれない。


 むしろ余計なことをしたのではないかと申し訳なかった。


 緋尋は何か言いたげな顔をしていたが、いまはリーダーとの会話なので余計なことは言わず黙していた。


「ふふ……ワタシよりも年上なのに、ずいぶん謙遜するんだね」


 その言葉と同時に辷の視線がゆっくりと烏真の隣へ向いていた。


 ほんの一瞬、その瞳がわずかに細められた。何かを探るような視線。しかし次の瞬間には、穏やかな笑みに戻っていた。


「それに、そちらの可愛らしいお嬢さんは……人見知りなのかな?」


「……え?」


 その瞬間、烏真の表情がわずかに固まった。


 無意識にイエルがいる場所を横目で見てしまった。


(見えてる……?)


 しまった――そう思ったときには遅かった。 


「どうぞ。座ってくれて構わないよ」


 しかし何事もないように辷はイエルを誘う。


「ええ……?」


 思わず声を漏らしたのは緋尋だった。


 認識阻害によって、イエルは普通なら意識の外へ追いやられる。見えていたとしても、存在を認識することは難しい。


 それなのに辷はごく自然に席を勧めたのである。


「ありがとうございます」


 だがイエルは何事もなかったように椅子に腰かける。小さな身体なので足が床についていない。


 烏真も少しだけ驚いた表情を浮かべた。


「……分かるんですか」


 辷はふっと微笑む。


「ううん、ただ――」


 少しだけ視線をイエルへ向ける。


「この部屋に、もう一人いるような気配がしたから……勘みたいなものだけど、ボクも長く《探索者》やってるからね」


 そう言って笑う辷だったが、その目は笑っていなかった。イエルもまた、静かに辷を見つめ返している。


 ほんの数秒。


 二人の間だけ、妙に張り詰めた空気が流れた。


 やがて辷はソファへ腰を下ろし、三人にも座るよう促した。


「こんなとこまでわざわざ来てもらってありがとうね」


 湯気の立つ紅茶が四人分運ばれてくる。


 辷はカップへ静かに手を添えた。


 そして先ほどまでの穏やかな表情を消し、クランリーダーとしての顔になる。


「では――」


 辷が一呼吸置く。


「今回、呼んだ理由について話を聞いてもらおっかな」

ここまで読んで頂きありがとうございます。


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それでは次回もよろしくお願いします。

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